出会いの手紙の物語

 彼らの経営する町の小さな雑貨屋。今日は珍しく開店休業状態だ。
 日常使いできるちょっとした生活雑貨や、手作りの一点物のアクセサリーを販売している。
 気さくで朗らかな店主とその“弟”の人柄も親しみやすいのか、雑談をしにきただけの主婦や若い娘などが、手土産代わりに店の雑貨を買って帰ってくれるのだ。小遣い程度の買い物でも、積もり積もればよい売上になる。ありがたい常連客たちに感謝の毎日だ。
 そんな常連客が、今日に限ってやってこない。彼女らもいつも暇という訳ではないと分かっているだけに、暇な時間がもどかしい。
 ふいに表の扉がキィと開いた。
「ああ、いらっしゃいませ」
 ようやく本日一人目のお客さまだ、と、店主であるカルザスがにこやかに出迎える。
 年齢はカルザスより片手分ほど幼いくらいか。薄紅色のワンピースに、榛色の髪をリボンで纏めた少女だ。少しこわばった表情をしているので、もしや初めて訪れた客なのだろうかと首を傾げる。だが一見の客でももちろん歓迎だ。
 すると少女は手提げバックから、何かを取り出した。
「あ、あのっ! 今日はお客さんじゃなくて」
 どうやら一見の客ではなかったようだが、カルザスの記憶に残っていない。顔を覚えるのは決して得意な方ではなかったが、それでもこの店を始めてからは、極力覚える努力はしている。常連客に「いつもありがとうございます」と言うと、誰もが喜んでくれるのでその笑顔を大切にしたいからだ。
「あの……よ、読んでくださるだけでいいので受け取ってください。よろしくお願いします!」
 少女が頬を真っ赤に染めて早口で言うと、カルザスに白い封筒を手渡してきた。カルザスは、「承知しました」と定形の言葉を返しながら受け取る。
 彼女はカルザスが封筒を手にしているのを確認すると、大きく頭を下げて店を飛び出していった。
 つつっと、“弟”であるレニーがカルザスに歩み寄り、肘で脇腹をつつく。その顔にはニヤニヤと、まるで嘲笑するような嘲るような笑みが浮かんでいた。
「やったじゃん」
「はぁ……やっちゃいましたか。ええと、やはりクレームの投書でしょうかねぇ?」
「それ、本気で言ってる?」
 レニーが腰に手を当て、カルザスの顔を覗き込むと、カルザスは素直にコクリと頷いた。店で投書を突き渡されてしまうなど、クレーム以外にあろうか。
「あのさ、おれ、こないだ言ったよね? カルザスさんに気があるっぽい女の子のこと。それが今の子だよ」
 カルザスと違い、客の顔を覚えることが得意なレニーがそう口にする。彼が見覚えがあるのだから、やはり先ほどの少女はカルザスの記憶にない常連客なのだろう。今後は覚えているように心掛けなければと、少女の姿を脳裏に思い起こしてみる。
 状況が飲み込めていないらしいカルザスを見て、レニーは嘆息した。
「今の状況、分かってる? カルザスさんが受け取ったそれは十中八九、恋文だよ」
「ええっ! ぼ、僕にですかっ?」
 カルザスが素っ頓狂な声をあげて慌てふためく。
「レニーさん! ちょっとすみません。これお返ししてきますので、しばらく店をお願いします!」
「ちょ、ちょっと待った!」
 店を飛び出そうとする“兄”を、“弟”は慌てて引き止めた。
「それってかなり残酷じゃねぇの?」
「どうしてですか? 僕にその気がないのに、こういうものを安易に受け取ってしまう方が酷いじゃないですか」
「うわマジで言ってる、それ? まぁそれも一理あるけどさ。でも勇気出して手紙渡したその場で突き返される方が惨いって」
 カルザスはほとほと困り果て、手の中の封書を見下ろした。
「あの子にとってそれが今できる精一杯の自己表現な訳だし、とりあえず中身読むだけでも読んでやれば? で、きちんと返事すりゃいいと思うけどね」
 こういった状況に慣れていないカルザスは露骨に狼狽し、それをなだめつつ面白がっているレニーは彼がどういった反応を返してくるのかじっと待つ。
「それは困ります。こういうものをいただいた経験がないので、どういったお返事を書けばいいのか分かりません」
 生真面目に過去の恋愛遍歴を告げ、カルザスは首を振る。レニーはくしゃっと髪を掻き上げ、小さく唸って彼の手の中の手紙を見つめた。
「んー、カルザスさんとしてはどう思う?」
「何がですか?」
「今の子、結構可愛かったじゃん? おれとしては、カルザスさんがちゃんと女の子と付き合うことに反対はしないよ。むしろ応援したいかな」
 レニーが後押しの姿勢を見せると、カルザスはやれやれと首を振る。
「さっきも言ったじゃないですか。僕にその気はありませんって。僕はずっとレニーさんと一緒にいられればそれで満足です」
 うっと一瞬口ごもる。他意はないとは分かりつつも、直球で真顔で言われるとさすがに照れる。
「いや、それは嬉しいけどね。あんたのそういう気持ちは嬉しいしありがたいし、おれもそれを望んではいるけど、でもやっぱりずっとそれじゃダメだと思うんだよね。少しでも気になる女の子がいるんなら、何よりおれ優先ってのじゃなく、その子のことももう少し考えてやらなきゃダメだと思うよ」
 レニーはそう言い、胸に手を置いた。
「おれとカルザスさんって、例の約束のこととか、まぁ他にも外部の人間におおっぴらに言えない問題も抱えてる訳だけど、でもカルザスさんだって一端の男だし、歳相応の考え方してもいいんじゃないかな」
 カルザスは少し拗ねたように頬を膨らませる。
「僕は何度も言うように、レニーさんから離れる気は毛頭ありません」
「だからそれは分かってる。おれだってあんたから離れられないって自覚してるから。でもね。おれの意見じゃなく、一般的な“弟”の意見として聞いてもらいたいんだけど、兄貴として人間として普通の男の幸せとか、ちゃんとした恋人とかを見つけるのも生きてくからには大事じゃないかなって思うんだ」
 自分をじっと見据える“弟”の視線を感じ、多少居心地が悪くなる。
「どうなのさ?」
「……分かりません」
 しばし逡巡したが、答えが出なかった。
「じゃあ率直に聞くけど、さっきの子、カルザスさんとしてはどう見えた?」
 真っ赤になって手紙を渡してきた少女。その姿を思い出し、彼は口元に手を当てる。そして手にした手紙に書かれた名前を心の中で読み上げる。やはり知らない名だ。
「純粋そうで、とてもいい子に見えました」
「可愛いとか可愛くないとか、好きなタイプとか嫌いなタイプとか、そういう基準では?」
「ええと……可愛い、とは思いましたけど、彼女に対して恋愛感情を抱くかと言われるとやはり難しいかと思います。だってまだあのお嬢さんとはまともに会話をしたことすらありませんし」
 顔を見知っていたレニーですら、彼女の名前も素性も知らなかったのだ。記憶の片隅にすら彼女という存在がなかったカルザスに、これ以上どんな感情を抱けというのか。
「それでいいんじゃない?」
 レニーの言葉に、疑問符を顔に浮かべたまま首を傾げる。
「相手を好きになれるかなれないかなんて、誰にも分からない訳だしさ。可愛いって思ったんなら、とりあえずお試しで付き合ってみればいいんじゃない?」
「そんな! とりあえずとかお試しとか、相手のかたに失礼じゃないですか!」
「確かに言葉は悪いけどね。でも誰だって、こういう出会い方した相手と付き合いはじめるのって、とりあえず、なんじゃないかな」
 紫玉の瞳が、目の前にいる自身を包み込むような色に変化する。
 そうなのだ。彼には辛く悲しいながらも過去に恋愛経験があり、このような問題の良き相談相手として充分な知識や選択肢を持ち得ている。それが完璧に信頼できる指針であるとは言い切れないが、従うことは間違いではない。未来がどうなるか分からないのなら、進むべき道を示す指針は必要だ。
「嫌々付き合うなら断るのもアリだろうけど、でもカルザスさんがあの子に多少でも好意的なものを感じたなら、お試し期間設けて友達からでも付き合うべきだと思うよ」
「それだとレニーさんがお嫌ではありませんか?」
「おれが? なんでさ?」
 心底不思議そうに、彼の眼が揺らぐ。
「だって僕はあなたを生涯護衛するという使命を受け入れました。もし仮に僕が彼女と正式にお付き合いするなんてことになったら、あなたの傍を離れるという状況態もあり得るということになります」
「別にそれでいいんじゃないの? さっきからおれは、カルザスさんがちゃんと女の子と付き合うようになったら応援するって言ってんじゃん」
 レニーはおかしそうに笑った。
 カルザスにとって、彼のそういった態度はあまり好きではない。自らが固く誓った信念を軽く見られているような気がしてしまうからだ。悪気がないことは理解しているのだが。
「でもそう考えるってことは、カルザスさんもさっきの子、まんざらじゃないってことだ?」
「はぁ。そう、なのでしょうか」
「そうだって!」
 レニーがカルザスの背をどんと叩く。
「よし。じゃあマジにお試し期間設けて実際に付き合ってみなよ。おれは全力でフォローすっからさ」
「ううん……分かりました。仰るとおり、とりあえず、からですが……」
 レニーに背中を押されるがまま、カルザスは複雑な心境で頷いた。ならばこの恋文の返事をさっそく書かなければならない。すでにそれが、気が重い。本当に女性から気のあるような態度を取られるといった経験が皆無だったから。

《砂の棺 if 叶わなかった未来の物語より抜粋》

サークル情報

サークル名:アメシスト
執筆者名:天海六花
URL(Twitter):@6ka6ka

一言アピール
長編作品「砂の棺」シリーズより外伝1巻「砂の棺 if 叶わなかった未来の物語」の一部抜粋を加筆しました。
作中重要な役割を担う少女との出会いのシーンです。
カルザスとレニーが新たな地で遭遇する些細な事件や幸せな日常の物語。
凄惨で過酷だった本編のさなかで願った穏やかな日々を、「誰か」はずっと夢見ています。 

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