手の鳴る方へ ~宇宙駅『神田』人情奇譚~

 旅行会社とタイアップしているVAバーチャルアイドルの歌声が薄暗い部屋に流れる。
「おはようございます。御旅行四日目、今日の天気予定は晴れ、夕方四時より三時間ほど降雨……」
 多機能万能カードバリカに入れた旅行会社のガイドアプリの声に起きあがる。宿泊客の目覚めを感知したホテルの部屋のAIが窓を遮光モードから採光モードへと切り替えた。
「今日の御予定は『神田』西地区の亀洞寺きとうじ。亀の仏閣印が愛らしいと人気で……」
 宇宙船修理整備工場とレトロな町並みの魅せる観光業で有名な恒星レント系第四惑星カイナックの第八コロニー、宇宙駅『神田』。その神田駅上階のホテルは代金はリーズナブルだが、駅のシステムを併用した管理AIで心地良い部屋を提供してくれる。
 ガイドが駅中の飲食店のブランチメニューを案内していく。
「一人旅って、思っていたより快適ね」
 TVをつけ、ニュースチャンネルを流す。好恵よしえは着替えにベッドから降りた。

 部屋から出て、階下の飲食店街に降りる。透明なエレベーターチューブの中から、気象管理センターによる柔らかな秋の日差しが街に降り注いでいるのが見える。
 家族で行く予定の旅行に行けなくなったから、代わりに行って欲しい。好恵が娘に頼まれたのが一ヶ月前のこと。旅行会社の家族旅行パックに申し込んでいたところ、星間パスポートの更新が十年以内と定められている入国規定に夫が引っかかったらしい。
『お母さんなら一昨年、友達と旅行したときパスポート更新したでしょ』
 二人いる子供のうち、来年、ハイスクールの受験を控えた息子の合格祈願に、受験生の親の間で有名な、神田金比羅宮と亀洞寺、龍泉寺りゅうせんじの三つの御朱印を貰ってきて欲しいのだという。
『旅行代金はこちらで出すからお願い!』
 頼まれて年金とパートで暮らしていた好恵は大喜びで承諾した。
 シニア向けのお一人様旅行パック。着替えとパスポートさえ持てば、宇宙船のチケットの手配も宙港での乗り降り案内も全部、旅行会社のガイドアプリがやってくれる人気のパックだ。勿論、到着先の観光も希望場所を登録しておけば観光ガイドもしてくれる。
 ……夫の連れ子にここまでって、あの子も随分母親らしくなったのね……。
 話を聞いたとき、よみがえった罪悪感には蓋をして、小さく笑む。
 旅行期間中はガイドが案内する店を利用すると、次の旅行に使えるポイントが貯まる。好恵はサンドイッチが美味しいというカフェへと向かった。

 亀洞寺を見学し、お参りをし、御朱印を頂いた後、門前の茶店でくつろいでいた好恵はバリカのメッセージに気付いた。
『御朱印貰えた?』
 娘の確認の連絡に苦笑を浮かべる。
『こんぴらさんと亀洞寺は貰えたけど、龍泉寺は無理だわ』
 龍泉寺は事前の観光予定地として登録しようとしたとき『只今、本堂の屋根の修復工事で立ち入ることが出来ません』と不可のマークが出ていた。
 そのことを書き込んで返信ボタンを押すと、ポロン……、ガイドの開始音が鳴る。
「この後の降雨時間を野菜工場見学で過ごし、併設のオーガニックレストランで御夕食はいかがでしょう?」
 今なら、このコースで貰えるポイントが倍になるらしい。
「良いわね」
「かしこまりました……工場見学とレストランの御予約を入れました。只今、タクシーを呼んでいます」
 観光用自動運転タクシーがやってくる。好恵はバリカをしまうと車に向かった。

 降雨時間が終了し、湿った冷たい夜気の中、タクシーでホテルに着く。
「少し飲み過ぎたかも……」
 レストランには近くの果樹工場で作ったワインが置いてあった。グラスで安く飲めるので、ガイドに勧められるまま、様々なワインを楽しんでいたら、いつになく酔ってしまったのだ。
 部屋のAIとガイド、両方に明日の起床時間を十時にするように伝え、シャワーを浴びる。寝る前にバリカの通知をチェックすると娘からメールがきていた。
『何、言ってんの、お母さん。龍泉寺、修理なんてしてないよ』
 メールには今日、龍泉寺に行ったというSNSのスクショが添付されている。
「え?」
 自分のアカウントのあるSNSで『龍泉寺』を検索してみる。確かに寺を観光した人の話がUPされていた。
「……変ね……」
 ブラウザで検索すると月一回の精進料理の体験試食会の記事がたくさん出てくる。
 旅行会社のガイドアプリの登録ミスだろうか?
『じゃあ、明日行ってくるわ』
 娘に返事する。ポロン……、ガイドが鳴った。
「明日の御予定に差し障ります。そろそろお休みにしては?」
 酔いのせいか頭が重い。流れてきた環境音楽に好恵はバリカを置くとベッドに入った。

 昼過ぎ、好恵はガイドを使わず呼んだタクシーの中にいた。
 目覚めたとき、既に時刻は昼の一時を過ぎていた。いつの間にかガイドの起床設定は午後三時になっており、フロントに何故起こさなかったのか問い合わせたところ、好恵の部屋のAIを通して、起床時間変更の届けがあったという。
 そして、娘からの
『ごめんなさい。私が勘違いしていた。龍泉寺の御朱印はもういいわ』
 というメッセージ。
『本当に良いの?』
 返信すると同じメッセージが返ってくる。昨日やりとりしたメッセージは消え、メールは削除されたのかメールボックスにもどこにもなかった。
 更に昨夜と違い、SNSやブラウザに現れる『龍泉寺修繕』の記事。
 ……まるで、私をここに来させまいとしているみたい……。
 酔っていたとはいえ、あのメールと画面を見たのは間違いない。好恵はタクシーを降りると龍泉寺の門を潜った。

 とりあえず、お参りをし、目的の御朱印を頂く。案内の人に聞いたところ、修繕工事があったのは五年前のことだという。
「どうして、こんなことが……」
 元凶は最近インストールしたガイドアプリだろう。アプリに何かのバックドアが仕込まれ、バリカを操られるニュースはよく耳にする。
 でも、旅行会社がそんなことを?
 ガイドアプリは代金を前払いした後、送られてきたメールのURLをクリックして旅行会社のサイトからダウンロードした。
 ……まさか、そのメールが……?
 アプリを消去しようとバリカを出す。そのとき、寺の奥の住居と見られる建物の扉が開き
「ありがとね~。しゅうくん、ファボちゃん」
 二人の少年が寺の奥さんと思われる女性に見送られて出てきた。
「……シュウ……」
 耳覚えのある名前に手が止まる。
 ……そんな……。
「今日は体験試食会のお客さんが多くて、助かっちゃった」
「こっちこそ、バイト代良いし、奥さんの手際すごく参考になるから、またいつでも呼んでよ」
「じゃあね~」
 少年が甲に茶色の毛の生えた手を振る。長い耳が風に気持ち良さそうに揺れている。もう一人の灰色の小型ドラム缶のような少年も触手をゆらゆらと振った。
 好恵の顔がこわばる。心の奥の蓋が持ち上がる。
 少年達がこちらに来る。その視線が自分を捕らえる前に、好恵は逃げるように境内を駆け出した。

 好恵には本当は三人の孫がいる。
 娘の最初の子は好恵の老後の貯金まで使って、大金をはたいて作った人工ハーフの子だった。しかし、産まれる前に相手の男は娘を捨てて逃げてしまった。
 その後、産んだものの全く見ようともしない娘の代わりに好恵はその子を育てた。
 娘はまた恋をし、再婚することになった。ただし、そのとき娘の育児放棄の噂を聞いたらしい再婚相手の両親が条件を出した。
『最初に産んだ子もあなたが育てなさい。でないと結婚資金の援助はしない』
 娘に渡せば子がどうなるかは解っていた。相手の両親の目があるうちは、まともに育てるだろう。だが、その後は……。
 しかし、好恵は子を手放した。好恵も逃げた男の獣人系異星人の特長を受け継いだ子への憎悪と愛情の板挟みでギリギリだったのだ。
 そして……。
『うん、捨てた。引っ越すときに宇宙港で。だって邪魔だったんだもの』

 ポロン……。ガイドが鳴る。
「宇宙駅『神田』からヒペリカム星系に向かう宇宙船が十九時に出発します。乗りますか?」
 好恵はバリカを取り出した。このアプリはやはり旅行会社のアプリではない。そして目的は……。
「……乗るわ。手配して」
「では、タクシーを呼びます」
 手放してから十二年経ち、成長した子。奥さんと交わす声は元気で……優しかった。
「……バカね」
 自分達の都合で捨てて忘れた子なのに。
 大きく首を横に振る。好恵はバリカをバッグに放り込み、もう一度、心の奥の蓋をしっかりと閉めると、通りに向かって歩き出した。

「美味しかったね~、奥さんのまかない」
「だよな。残りものなのに、なんであんなに美味く出来るんだろう」
 昼下がりの道を秀とファボスが秀の家、福沢食堂へ歩いていく。
 ファボスの携帯端末『KOTETU』が鳴る。ファボスは音声を切り、スクリーンを網膜に映すとアイポインターで応えた。
『マスター、これからターゲットをホテルまで送る』
『そう。家に着くまで監視と誘導を頼むよ『KANEHIRA』』
『ラジャー』
 個人情報収集操作AI『KANEHIRA』の報告を見ながら、ファボスは単眼の下を触指でつつく。
 ガイドアプリ頼りのシニアならと、危険度の低いターゲットを『KANEHIRA』の学習も兼ねてシミュレーションしてみたが……。
『やっぱり人の行動を操るのは難しいなぁ……。危険度が高かった四人のときのように来る前に手を打って中止させるのが一番かぁ~』
 ふむ、と目を細める。
『『KANEHIRA』、これからもターゲット達の監視と情報収集をお願い』

「あれ? 秀くん、どこに行くの?」
 帰り道からそれる秀の背に声を掛ける。
「バイト代で青雲堂の栗かのこを母さんに買って帰ろうと思って」
 養母を慕う少し照れた声が答える。
「僕も行く~」
 ファボスは『KOTETU』をスリープすると瞳を笑ませ、彼の背を追いかけた。

サークル情報

サークル名:一服亭
執筆者名:いぐあな
URL(Twitter):@sou_igu

一言アピール:二冊目の新刊「forget me ~宇宙駅『神田』人情奇譚2~」の主人公のコンビ、秀とファボスにまつわる話です。
今回は他にリレー小説のまとめ本と300字SSの自選集、SF短編集とハロウィンオカルトファンタジー本を頒布します。

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