葬る恋はヴァージンロードで
チャペルの扉が開く。私へ向けられる視線、大きな拍手。その奥からオルガンで奏でられる音楽が聞こえる。日の光が正面のステンドグラスに差し込んでいて美しい。そこへ誘われるように、私は一歩を踏み出した。
私以外は誰も知らない。
ヴァージンロードを歩きながら送る、この手紙の存在を。
***
○○さんへ
あなたの名前を呟くのさえ、未だに惑ってしまいます。
お久しぶりです。お元気でいらっしゃいますでしょうか。
高校の文化祭、覚えていますか。
クラスの演劇でやった白雪姫で、魔女の役に抜擢されたあなた。何故だか妙に似合っていて、みんなから「一緒に写真撮って」と、ケータイ片手にせがまれていましたね。
私もどさくさに紛れて写真を撮ってもらいました。今でも大事にデータを保存しています。機種変更の度にデータを移して、今ではすっかり画質の低さが目立つようになってしまいました。でも、私には宝物です。
あの頃は言えませんでしたが、私は、あなたに近づきたくて、親しくなりたくて、あなたの特別な人になりたいと思っていました。
文化祭のあと、お礼を添えて、撮ってもらった二人の写真をメールで送りましたね。あれは、誰にも見られずにあなたとお話したかったからです。あなたから返事が来たときは、嬉しくて叫んでしまいました。
ほかにも、迷惑だったら申し訳ないと思いつつも、通学の電車で会えるように時間調整をしたりもしていたんですよ。
あなたは気づいていたのではないでしょうか。私が、あなたに恋をしていたことに。だからあなたは、私に優しくしてくれたのではないですか?
それとも、文化祭のあとに私とメールのやりとりをしてくれたり、何度私と鉢合わせても通学の時間をずらさないでいてくれたのは、ただの同情のようなものだったのでしょうか。
当時舞い上がっていた私は、そんなあなたの優しさを「これは私のことが好きだからでは」と思い込んで、あなたへの恋は成就すると信じきっていました。友達も「絶対両想いだよ」なんて囃すものだから、すっかりその気になってしまっていたのです。
でもあるとき、あなたは言いました。
「自分はきっと、これまでもこれからも、本気で恋をすることはないのだと思う」と。
私が想いを伝えるより先に、あなたはそう言ったのです。
私は切なくなりました。
もしかしたら、私のことが疎ましくて遠回しにそんなことを言ったのかもしれない、私は身を引くべきなのだろうかと考えたりもしました。でも、私は諦めませんでした。関わり続けていればいつか、あなたの気持ちが変わるかもしれない、と。
あなたの言葉の意味に気づかないふりをしながら、それまでと同じようにあなたと接していく中で、舞い上がっていた私にもだんだんと分かってきました。
「本気で恋をしたら、自分が自分でなくなってしまいそうで怖い。こんな自分との関係を、これ以上望まないでほしい」
どうやらあなたはそう思って「恋はしない」と言ったようだ、と。
私の努力でこの恋が前進するのなら、いくらでも努力する覚悟がありました。ですが、そうではありませんでした。これは途方もないことです。こちらの努力だけでは変えることができないのですから。
そして私は、頑ななあなたの意志をとうとう変えることができませんでした。「仲の良いクラスメイト」のまま、私たちは高校を卒業してそれぞれの道へ進みましたね。
そのとき私はひっそりと、あなたへの想いを過去へと押し込めたのです。
私は思いました。
「意気地無し」と。
それからは、あなたでない人と付き合う度に心の中であなたと決別をして、失恋する度に思い出して……そんなことを、独りで繰り返してきました。
ですがそれも、今日でおしまいです。
この結婚は、あなたとの最後の決別です。
私は、この先で待つ人と、幸せになります。
さようなら。
どうかあなたも、あなたの幸せを掴んでください。
お幸せに。さようなら。
***
青春のいびつな想い出は、何度も思い出すうちに磨かれて、いつの間にか宝石のように輝きだしてしまった。
これはあの人からの御祝儀か餞別か……想い出は今、誰にも気づかれることなく私の胸元で輝いている。
忘れられない恋だった。でも、結婚への後悔はしていない。人生の伴侶にするには、あの人の心は脆すぎた。
ただ、想い出の中できらめくあの人の、幸せを願わずにはいられない……それだけだ。
鳴り止まない祝福の中、ヴァージンロードの終点までたどり着いた。
父の腕を放した私は、夫の腕を掴んだ。
サークル情報
サークル名:謂はぬ色
執筆者名:梔子花
URL(Twitter):@shishi_ca
一言アピール
頒布する作品との繋がりはありませんが、この作品がお気に召したのであれば『三大香木―梔子― 秘密の場所』がオススメです。