ゆめっせんじゃー

【ゆめっせんじゃー モニター用サンプル】
 それは、きらきらした水晶のような形をしていた。
 その輝きにどことなく胡散臭さを感じつつ、同梱されていた説明書を開いてみると、こんなことが書いてあった。

☆「対象の人物が誰であるか」と「夢のシチュエーション」を決めてから、あなたがゆめっせんじゃーを強く握ることで、対象の夢に入ることができます。
☆夢の中で、あなたは対象の人物と会うことができます。夢の中で会える対象の人物はあなたの妄想上の存在ではなく、現実に存在する対象の人物の意識そのものです。
☆夢の中で過ごせる時間は、対象の人物の睡眠時間に関係なく四時間です。
☆夢の中での出来事は、現実に一切影響を及ぼしません。夢の中で会える対象の人物には、夢の中の記憶は残りません。

 仲良し三人組でのアルバイトの帰り道。
 あたしたちの手の中には、試供品だからと突然道端で手渡されたこの『ゆめっせんじゃー』とやらが一つずつ収まっている。
「……ふーん。記憶が残るのは、使った側の人だけなんだ」
「やりたい放題できそうじゃない?」
「やりたい放題しちゃっていいのかなぁ……」
 友達の一人、ナタリー(ただのニックネームで、純日本人)は、興味津々な様子。キラキラした期待の裏に、なにやら良からぬことを企んでいそうな雰囲気がある。
 もう一人の友達、ユリは不安げだ。期待と不安と疑いが入り混じったような、そんな目をしている。
 そしてあたし、傍葉かたはは……どちらかというと、ユリ寄り。

「ウチ、使ってみるわ」
「ナタリーもう使い道決めたの?」
「そりゃーもう、決まってるじゃん。ウチを殺した奴に、復讐」
「……おぉ」
「そういう……」
「個人的には記憶が残ったって問題ないんだけど。ま、憂さ晴らしぐらい付き合ってくれても良いじゃんね?」
 言い忘れたが、ここは天国だ。
 つまり、私たち三人とも死人である。
 ナタリーは他殺。ユリは病死。あたしは自殺。
 三人それぞれ死に方はバラバラで性格も凸凹だけど、案外相性が良かったらしくすぐに馴染んだ。
 で、あたしとユリは正直さほど現世への未練はないんだけど、ナタリーだけはがっつり未練を残している。まあ死因が死因だしね。
「あーどんな悪夢見せたろっかな。楽しみやわー」
「ナタリー燃えてるねぇ」
「地獄の業火じゃない? これ」
「天国なのにね。……でも、ほんとにやるの?」
「最初はどんなヤバいアイテムかって思ったけど、こんなものだと分かったら使うしかないっしょ! 上手くいかなかったら、そんときはそんとき」
「そっか。なんというか、頑張って」
「頑張る。絶対ひどい目に遭わせる。で、二人はどうすん?」
 ナタリーに問われ、少し思案する……が、そうすぐには思い浮かばないね、と言おうとしたところで私の左隣から声が上がった。
「……私、ちょっと使い道思いついたから、使ってみたい」
「えっ、ユリも?」
「傍葉じゃなくてユリの方か。正直ちょっと意外」
「言われると思ったよ。いやー、ね。ちょっとどうしてもさ、ママに会いたくなっちゃって」
「……あー」
「そうだね、会えるもんなら会って話したいよね」
「んーそっかーそうやんなー。やっぱウチもお母さんにしとこっかなあ。でもなーうーん」
「あ、ごめん。変に迷わせちゃったかな?」
「ううん、ウチはもうさっきので決めたから。ユリの使い方も全然良いと思うよ!」
 死人となった私たちには、年に一度、お盆の時期に現世に行って現世の人々の顔を見る機会がある。
 当然ながら、行ったとしても生者と会話が出来るわけではない。普通はそれで我慢するしかないのだけど、物足りないと感じる人だって当然いるわけで。ユリの選択は、つまりはそういうものだ。
「傍葉は、どうするの?」
「うーーん、迷う。別に恨んでる相手はいないし、だからってめちゃくちゃ会いたい相手、と言われると」
「さっぱりしてんねぇ」
「そこがあたしの良い所だからさ」
「確かに」
「でも、せっかくあるなら使ってみたいよねー」
「すぐ浮かばないなら、もうちょいじっくり考えたほうが良いかもよ? 一個しかないし、無駄遣いは勿体ないよ」
「ま、ほんとにこれが使い物になるかは分かんないけどね」

 結局その場ではうまく答えを出せなかったので、とりあえずその日は解散となった。そのまま天の御使い様に宛てがわれた家に帰り、ベッドに横になって考える。
 さて、どうしたものか。
 もしこいつが説明書の通りに機能するものだとして、一番の特徴であり一番のネックとなるのが、こいつを使っても、相手に記憶は残らないという点。
 夢で会話が出来るからゆめっせんじゃー、ということなんだろうけど、会話の前提条件は著しく歪だ。
 とすれば、これの使い道として妥当なのは結局、『自己満足』。
 ナタリーの選んだ使い方も、ユリの使い方も、それぞれがそれぞれのかりそめの欲を満たすためのものだ。
 だとしたら、あたしもそのために使うべきなんだろう、が。
「……っても、自己満足でやりたいこと、ってなんだろーな」
 だってあたしの死因、自殺ですよ? いじめの被害者ってわけでもないし、徹頭徹尾いろんな人に迷惑かけただけですよ?
 正直誰の夢に行っても、今更どの面下げて来たんだ、って言われる気がする。あるいは呪いに来たと勘違いされるか。
「そうだとしても、会っておくべき人……か」
 目を閉じて考えて、ふと一人の人物の顔が浮かんだ。
 いつでもあたしのことを一番に心配して、気遣ってくれた人。ある意味であたしが一番酷いことをした人。
「……文句言われそうだな。キレられるかもな。怖いなぁ」
 口からそんな言葉が漏れつつも、その時にはもうあたしの心は決まっていた。ゆめっせんじゃーを握りこむとすぐに、天国では感じないはずの眠気が襲ってくる。
 そういえば夢のシチュエーションをちゃんと指定するのを忘れたな、と思った頃には、もう夢の中にいるようだった。

 だだっぴろい草原に、あたしと彼だけが立っている。状況を上手く認識できていないだろう彼に、後ろから声をかけてみた。
「……やっほー」
「……やっほー、って」
「久しぶり」
「……」
「あれ?」
「……痛え。現実? いやでも……」
「えっ、それ痛いんだ。夢だから痛くないと思ってた」
「やっぱり夢なのか」
「そうだよ、夢だよ」
「お前の事考えすぎて、ついに夢に出てきちゃったのか」
「残念。あたしが天国から勝手に来ただけなの。あたしの事考えててくれたのは、嬉しいけど」
「よく分かんないけど。お前、本当に傍葉なんだな?」
「うん。信じてほしい」
「信じろ、ってのもなぁ」
 困ったような、というか、実際に困っている顔で、あたしの元彼があたしの方をじーっと見ている。……正式に別れてはいないから、元ってのも変なんだろうか。
 いろいろ言いたいことはありそうだったけど、先にあたしの側から切り出すことにした。
「あたしさ、陽貴はるきに一言言いに来たんだ」
「なんだよ」
「あたしが死んだのは、陽貴のせいじゃないよ、って」
「……」
「えっと、うん。それだけです」
「……へぇ、そっか」
「……どしたの?」
「いや。今ので、夢じゃねえんだなーって思っただけ」
「えっ、なんで」
「今のは、俺が聞きたかった言葉じゃなかったから」
「……あ、そうだまず謝るのを忘れてたよねごめん。てか勝手に死んでほんっとにごめん」
「それもだけど、他にもある」
「……」
「……」
「……分かんない。なんて言われたかったの?」
「俺に聞くかよ、それ」
「聞く。今逃したら、次いつ言えるか分かんないもん」
「……そっか。えーっと、な」
「うん」
「その、最後にちゃんと、好きって言ってほしくて」
「……え、そんなこと?」
「そんなことって」
「いや、普通に陽貴のことは好きだけど? うん、好き。大好き。めっちゃ好きだよ。これでOK?」
「……うん。なんか、いろいろ馬鹿馬鹿しくなってきたわ」
「どういう感想よ、それ」
「俺、傍葉がいなくなってから、色々悩んでたんだよ。これでも」
「……あぁ」
「全然相談も何もしてくれなくて、勝手にいなくなって。信頼されてないのか、表面的なだけで嫌われてるのか、って思ってたのに」
「それは、ごめん。心配かけたくなくて」
「心配かけないようにして、その結果勝手に死ぬのは違うだろ!」
「おっしゃる通りで……」
「でも良いよ、もう。会いに来てくれて、そう言ってくれたおかげで、勘違いだって分かったから」
 久しぶりに見た、ぎこちない彼の笑顔。この笑顔を曇らせたのはあたしで、他にもあたしのせいで曇った人がたくさんいるんだろうな、と今更ながら申し訳ない気持ちになる。
 そんな、少ししょぼくれたあたしの手を、彼がそっと取ってくれた。
「元気そうで、良かった」
「ま、そりゃね。陽貴は、元気?」
「全然元気じゃなかった。傍葉と話せたから、これからは頑張れると思うけどね」
「……でも、あたしとここで話したこと、多分、陽貴が夢から覚めたら覚えてないと思うよ」
「そうなのか」
「ごめん。先に言えばよかった」
「……それ、絶対に?」
「その、はずだけど。多分」
「もし絶対じゃないなら、きっと覚えてるよ。こんな夢、忘れようって方が難しいじゃん。大丈夫」
「そうかな」
「そうだよ」
「……そうかもね。もしかしたら、あの説明書に嘘が書いてあるかもしれないし」
「説明書?」
「そ、説明書。聞いてよ、ついさっきのことなんだけどさ……」
 彼の顔を見て少しだけ、わだかまりが解けたような気がして。それからはずっと、会話の種は尽きなかった。
 間違いなく、今までで一番短い四時間だと思った。

「……あ」
 ふと気付くと、見知った天井を見上げていた。もう彼の姿は、そこにはない。
「覚えててくれるかな……ううん、覚えててくれるだろうな」
 あたしだって、彼のことを信頼してるんだから。余計な心配はやめよう。
 起き上がり、バイトの準備をして、いつもの集合場所へ向かう。
 あたしからの土産話のネタは上々。あとは、ナタリーとユリの話を聞くのが、ただただ楽しみだ。

サークル情報

サークル名:Chocolanian
執筆者名:黒歌詞
URL(Twitter):@dlyrica_coc

一言アピール
普段は高校を舞台にした平和で甘酸っぱい系の青春恋愛小説「Couples o’ Cups」シリーズ(既刊2冊)を書いています。作風は某児童文庫の作品の影響を多分に受けています。
テキレボEX2の新刊及びWebアンソロに提出した作品は、普段とちょっと趣が違う、抒情的な雰囲気の作品となっています。新刊も既刊も合わせてどうぞ。

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