夕食或いは忘却まであと少し
庭に吹いた黄昏の風は夏の残滓を孕んでいた。
台所を出た青年は長く息を吐いて、庭を一心に掘っている弟へ声をかける。
「まだやってたのか。……もう見つからねえって。諦めろよ」
「あともう少し」
「それ、さっきも聞いた」
弟が探してるものはタイムカプセル。かつての彼が未来へ向けた手紙を詰めた箱だった。
十年前に埋めたそれが、どうしても見つからない。
朝から探し始めて、もう日が沈もうとしている。
「そんなに見つけたいのか? どうせガキの戯言だ。大したこと書いてねえだろ」
「覚えてないんだから読んでみなきゃわからないよ」
弟は園芸用の小さなスコップでひたすら掘り進める。ここまで長丁場になるのならしっかりとしたものを用意しておくべきだったと後悔していた。肩から手首までとっくに疲弊している。同じ体勢を長時間続けたせいで、すっかり全身が硬くなっていた。
そんな弟の様子に兄は舌打ちして、次に庭を睨む。
「庭を穴ぼこだらけにしやがって……元に戻すつもりがあるか聞きたいんだが」
「……後でちゃんと埋めて直すし」
汗だくになりながら、弟は手を動かし続ける。
兄が鼻を鳴らした。
「たかが手紙だろ」
「……大事なこと、書いてた気がする」
「内容、覚えてねえのに?」
「それだけは、覚えてる」
ただ忘れてしまった事実だけが、弟の胸に根強く残っていた。
「――とりあえずそろそろ切り上げろ。メシ、出来たぞ。さっさと汗流して来い」
「……そうする」
のろのろと台所へ向かった弟を見送って、兄は自室へ向かう。
机の上にあるものは古びた銀色の小箱。中には一枚の紙切れ。
今朝、兄が弟よりも先に発掘したタイムカプセルだった。
「『これ』がお前の目に入るのは困るんだよ」
手に取った紙切れは年月によってすっかり変色し、端から崩れつつあった。
そして兄はそこに書かれた幼い文字へ視線を落とす。
『したいは、ちかしつにあるよ』
サークル情報
サークル名:アンブロシア計画局
執筆者名:穂倉瑞歌
URL(Twitter):@Ambrosia_mzk16
一言アピール
既刊に死神と就職浪人生の現代ファンタジー、明治時代文芸ライトノベル、絵本などあります。
新刊は、短編『シネマイライフ』。映画館連続殺人事件の真実を追い求めた男の話です。

