サンタクロースへ愛を込めて
拝啓サンタクロース様
はじめまして。
クリスマスの日に、あなたが世界中にプレゼントを配っていらっしゃると聞き、お手紙いたしました。
お恥ずかしいのですが、実はわたしは子供と呼べる年ではありません。人間でもありません。
見た目は成人女性だけど、わたしはアンドロイドです。わたしの頭の中に埋まっている人格と精神年齢は、26歳の女性を元に作られました。
でも、わたしは製造されてから――この世に生み出されてから、まだ1年と少ししか経っていません。
こんなへんてこなわたしですが、どうか、どうかお願いを聞いていただけないでしょうか。
そんな文面で始まる手紙が、机の抽斗の中に入っていた。私は柔らかな曲線で周囲を縁取られた薄ピンクのその便せんを手に、苦笑しながらも胸の内側がほんわりと温かくなってしまうのを感じた。私と一緒に住んでいる杏那は、黒髪のぱっつんとしたショートボブに澄んだ瞳の綺麗な女の子。見た目は大人っぽい彼女が、真剣にサンタクロースを信じてしまうほど純真無垢なのには理由がある。杏那は、アストレア社によって製造されたアンドロイドなのだ。与えられた人格の設定としては26歳でも、この世に生を受けた存在としては1歳とか2歳なのだから無理もない。
「ねえ、みゆき。サンタクロースって、どんな人なの?」
くるくるとした瞳を興味津々な色に染めた杏那が、突然仕事帰りの私を出迎えるなり尋ねてきた時、私はスーツを脱いで伸びをしながら、ごくごく当たり触りのない答えを返した。
「え? うーん……。赤い帽子を被って、真っ赤な服を着てる髭もじゃのおじさんだよ。クリスマスイブの晩に、トナカイの引っ張る橇に乗ってプレゼントを配るって言われてる」
「プレゼント……?」
「そう。いい子は貰えるんだって」
こういう場合の「いい子」と言えば当然子供を指すが、アンドロイドではあっても色々と世間知らずでおっとりとした杏那には、そのニュアンスまでは伝わらなかったらしい。その目が如実に真剣味を帯びる。
「そ、それって、部屋に鍵が掛かってても入って来られるの?」
「え……ああうん、まぁそれは、家の人に預けるとか何とかするって手もあるし……」
私よりずっと背が高いのに、真顔で視線を合わせて覗き込んで来るものだから、私はうっかり真実を伝えそびれたまま頷いてしまった。それを聞いた杏那の顔といったら。嬉しそうに喜びいっぱいに輝いて、ぱたぱたとスリッパの足を動かしながら、お手製シチューの載ったテーブルに私の背を押して座らせつつ、ご機嫌でこんなことを言うのだ。
「じゃあ、じゃあ、杏那もプレゼントお願いする!」
「いや、杏那は子供じゃないでしょ?」
「子供じゃないとダメなの……? でも、わたしアンドロイドとしてはまだそんなに年取ってないよ」
小首を傾げる様が何とも可愛らしいけれど、果たして私が用意出来る物だろうか。内心ちょっと冷や汗をかき始める私の向かいに座って、杏那がテーブルに肘をつく。いつも時々雰囲気で変えているショートヘアに編み込んだリボンと髪飾りは、今日は赤い南天の実だ。
「ねえ、サンタさんってどうやって、みんなが欲しいものを知るんだろう。どうやって連絡取るのかな」
「そうだなぁ。手紙を書くのが一般的だと思うけど」
「手紙!? 手紙でサンタさんとお話できるの!? 杏那やってみたい!」
というわけで、この手紙である。封のされていない封筒を手に取ったまま、私は溜息を吐いた。どうしたものか。
(……そうだ)
その翌日、私は余り物の便せんに文章を書き付け、そっとその机に忍ばせておいた。
杏那さんへ
貴女の手紙はしかと受け取りました。
何かあれば何なりと、あの机に手紙を入れてください。プレゼントの発注と梱包の合間でよければ、私がお返事を返しましょう。
(なんか妙に現実的な返事になっちゃったけど、まぁいいか)
杏那のようにお洒落なレターセットは持っていなかったので、簡素な茶封筒だ。さすがにバレるだろうと思ったし、ほんのちょっとのおふざけのつもりだったのだが、純粋な杏那はすっかり信じてしまったらしい。
「ねえ! みゆき! 大変! 大変なの! みゆきが仕事に行ってる間に、サンタさんから返事が来てたよ!」
息せき切ってばたばたと家の奥から走って来た杏那は、私に向かって封筒を振る。机に向かいながら、早速夕飯そっちのけで返事を書いていた。架空のサンタに手紙の返事を書こうと一生懸命ペンを握る姿に、可愛いと思いつつも嫉妬が勝ってしまう。自分で返事を書いているくせに自分に嫉妬とは何とも情けないけれど、そのくらい杏那は一生懸命だった。
サンタクロース様
お返事をくださってありがとうございます!
クリスマスの日には、皆さん枕元に靴下を吊るされるそうですね。用意しておきます。
ところで、プレゼントは靴下に入る物でないと駄目なのでしょうか……?
大きな靴下を用意しないとダメですか……?
(くっ……くくく)
既に休息モードに入って機能を一時休止している杏那の傍を抜け出し、こっそりとその手紙を読みながら、誰も居ない冬のリビングで笑いを堪えるのが大変だった。それから一週間近く、手紙で他愛もないやり取りをしていたある日。便せんに向かい鼻歌を歌っていた杏那は、ふと顔を上げて私を振り向いた。
「みゆきは、小さい頃にサンタさんが来たことってあるの?」
「うち? うちはそういうのなかったなぁ」
「来なかったの……?」
「そういう家もあるよ。まぁ、私はそんなにいい子じゃないから来なかったのかもね」
杏那は目をまん丸く開いてこちらを見ている。潤んだ人工の瞳で揺れるランプの灯りをしばらく見つめた後に、杏那は便せんを一枚破り取るとそれをゴミ箱に捨てた。
「ちょっと失敗しちゃった。もう一回書き直さないと」
滑らかに万年筆の先から流れ出る文字がすらすらと紙の上を走っていく。翌日の朝、手紙にはこんなことが書いてあった。
サンタさんへ
プレゼントはいらないので、ひとつだけお願いを聞いてもらえませんか……?
私がプレゼントをもらったことがないと聞いて、変に遠慮しているのかもしれない。結局は杏那に合わせてこっそり仕事帰りに買ってしまったレターセットを取り出し、何でもいいから遠慮せずに言って欲しいと返事を書く。散々杏那が迷っていた様子は今までの手紙から見て取れたが、結局何をお願いするのか聞いていない。もうクリスマスも目前なので、何であれ今から用意しても当日間に合うかどうかは怪しいところだが、できる限り早く聞いておきたい。柔らかい杏那の字体を微笑ましくなぞりながら、私は翌日の手紙を待った。
サンタさんへ
もしあなたがサンタさんなら……わたしの大切な人へ、クリスマスの日に早く帰って来れるように、そっと言ってもらえませんか。
わたし、みゆきが帰って来るのを待つのが、とっても楽しみなんです。
「……」
思いがけない「お願い」に、視界がぼやけて滲んだ。今、私と同じベッドの隣で、寝息こそ立てないけれど温もりを共有している彼女が、私を一番に欲しがってくれるというのが嬉しかった。もうその気持ちだけで十分だと思ったけれど、私は了解の返事を書いておいた。
(これでよし……と)
正直、クリスマスの日の仕事が早く終わるかどうかは五分五分といったところだが、頑張るしかない。翌日私は杏那が休息モードに入った後でいつものように上着を引っ掛けながら起きてきて、かたりと机の抽斗を引いた。台所には、杏那が張り切って用意すると言っていた、ローストチキンに使う香辛料の瓶が並んでいる。丸鶏なんてどこで手に入れて来たんだろうと思うけど、そのご馳走に一秒でも早くありつけるようにと願いながら、イブとクリスマスを跨ぐ日の夜中に、私は最後の手紙をそっと開いた。
サンタさんへ
ありがとう。みゆきはわたしにとって、とっても大切な人です。
出逢ってから、喜びも悲しみも、言葉にならない気持ちも、まだ見たことのない世界も……全部を教えてくれた、すごくすごく大切な人です。
いつも優しくて。忙しいのに、本当はきっと、一緒にいない間もすごくすごく大変なのに、いつだってわたしのことを考えてくれる。
わたしの前で、わたしを心配させないように、いつだって優しく笑ってくれる。
でも、わたしはそんなみゆきが背中を預けてくれるぐらい、痛みを分け合ってくれるぐらい、もっともっとしっかりしたアンドロイドになりたいです。
これからも、ずっと一緒にいたい。
サンタさん。叶えてくれますか?
「みゆき」
「っ」
そっと囁く声に、思わず目元を擦りながら振り返った。突如現れた天使のような微笑みを湛えながら、私にとって一番のクリスマスの奇跡がそこに立っている。
「杏那……いつから」
「ごめんね。本当はもっと前から、知ってたんだ。近所の小さなお友達が、サンタじゃなくてお母さんやお父さんが代わりにプレゼントを置くんだよ、って教えてくれて……。でも、わたしに手紙をくれてるのは一体誰なんだろう、って思って……」
パジャマにカーディガンを羽織ったままで、杏那が私をそうっと抱き締める。暗がりの中で触れている体が、ぽかぽかと温かい。冷え込む晩には、休息モードの時にも体のヒーターは入れたままで、私の布団が温まるように休んでくれていることを知っている。小さい頃は滅多にありつけなかったクリスマスの温もりに頭を撫でられながら、つむった目からぽろぽろ涙が零れ落ちた。杏那のお願いを叶えてあげるはずだったのに、ずっとその存在に励まされていたのは、私の方だと気付く。
「ありがと……ありがと、杏那」
「お礼を言わなきゃいけないのはわたしの方だよ、みゆき。世界で一番素敵なサンタさんになってくれて、本当にありがとう」
ぎゅっ、と幸せそうに私を抱き締めた杏那が、涙で濡れた熱い頬にほっぺたをくっつける。時々ドジで天然だけれど、他の誰にとって未熟で出来損ないでも、どんなに笑われてもいい。杏那は世界で一番大切な、私の家族なのだから。
サークル情報
サークル名:マルメロとくるみの木
執筆者名:華藤凛
URL:https://www.pixiv.net/users/10215797
一言アピール
成人向けSF百合小説「Who am I?」後日談からの一幕でした。二人がこうなるまでのドキドキな物語を、是非読んでもらえたら嬉しいです!当サークルは社会人百合の他に、独自な世界観を持つSF小説も刊行しております。もちろん百合もあり。この二人は本当に常にこんな感じなので、当サークル屈指の癒し枠ですヨ。

