拝啓、十四歳の私。

 拝啓、十四歳の私。あなたからの手紙はけっきょく届きませんでした。
 あなたが私にあてて手紙を書いてくれたのは、たしか修学旅行の二日目の夜のことでしたね。……あれ、一日目だっけ? いや、そんなに早くクライマックス持ってこないやろ。知らんけど。というわけで、二日目の夜ということにしておきます。
 宿泊先のペンションで、夕食後になんか突然先生が用意してくれたレターセットと色とりどりのペンを持って、少数精鋭の友人たちとわいわいキャッキャしながら書いてくれましたよね。ちなみに現在の私は、当時のあなたよりも友人が少ないです。あとニートです。ご了承ください。
 といっても、あなたの手紙は二十歳の私あてに書かれたものだったはずですから、私がこうしてお返事を書いてもしかたがないのかもしれません。
 あなたの手紙が二十歳の私に届いていないと知って、がっかりしましたか? きっとそうでしょう。あの頃のあなたは、私たちよりもずっと純粋でしたから。でも、二十歳の私もこの返事を書いている私も、じつはそんなにがっかりしませんでした。悲しいね。大人になるってそういうことなの。
 ところで冒頭、十四歳の私って書いたけど、そういえば中学校の修学旅行って三年生のときに行くんだっけ? それとも二年生だっけ? もし二年生だったら十三歳ですね。若いね。
 私はもう、あなたが「大人の私」を夢見て手紙を書いた二十歳の私よりも、はるかに大人になってしまいました。具体的にいうと干支一周分くらい大人を重ねました。でも、よく覚えておいてください。この年になってもまだ世界はよくわからないことだらけだし、社会的には若輩者のペーペーです。いやわからん。私が未熟なだけかもしれん。ごめん。
 まあでも、それなりに楽しくやっています。
 いまいちばんの楽しみといえば、やっぱり小説を書いて、本を作ることです。いや、おま……商業本なわけねーだろよ。同人誌だよ同人誌。あ、うん、まあ、その、公募に出したりもしてるんだけど。
 びっくりしましたか? そうかもしれません。あなたはまだ「小説」というものの面白さに目覚めたばかりで、自分で本を作ったり、プロの作家を目指したりなんてことは、微塵も考えていませんでしたから。(プロの作家を目指すようになったのは、本当にごく最近のことです。それもすぐにあきらめるかもしれませんが。)
 とはいえ、小さなころから物語を作るのは好きでしたものね。作文もわりと得意だったし、いずれこうなることは、あなたもうすうす感じていたのかもしれません。すでに『アルスラーン戦記』の二次創作小説を書いていましたしね。
 忘れたとは言わせんぞ。まだプリントアウトしたやつ手もとに残ってるんだからな。
 恥ずかしいですか。いいえ、あなたは恥ずかしくないでしょう。恥ずかしいのは私です。なんてもの残してくれたんだ。いや残したのは私か。どの時点の私だ。ちくしょう、私はどの私に怒ればいいんだ。
 そうそう、あなたが気にしていた「アルスラーン戦記の行く末」ですが、ご安心ください、無事完結しましたよ。ただ、二十歳の頃にはまだまだ全然だったけど。
 正直に申しますと、あなたが書いてくれた手紙の内容、「アルスラーン戦記は完結しましたか?」って部分しか覚えていません。たぶんそれ以外は特に話題がなかったのだと思います。おまえ……。
 あ、でもそういえば、数少ない友人たちにイラストやメッセージを書いてもらったりもしましたよね。あなたも彼女たちの手紙に書いていたような気がします。ということは、もしも無事にあの手紙たちが配達されていたら、とんでもない羞恥プレイをかますところだったのですね。やっぱり届かなくてよかったんじゃないか?
 ところでこれは成人式のときに知ったことですが、どうやら手紙が届かなかったのは、うちのクラスだけだったようです。なにが……あったんだろうね……。
 ま、過ぎたことをあれこれにゃんにゃんしてもしょうがないし、ぶっちゃけこうしてネタにできたし、アイムオーケー・オールオッケーです。
 それに、手紙が届かないからといって、あなたのことを忘れたりはしません。どうか安心してください。
 話は変わりますが、あなたの年の頃に患いやすい病気のことを、あなたはご存じでしょうか。中二病といいます。残念ながら、寛解はするけれど完治はしない病気です。なにを隠そう、私はいまもその症状に苦しんでいます。あなたは罹患したことに気づきもしなかったでしょうが。
 それほどまでに、あなたの年頃で経験したこと、感じたこと、好きになったもの、あなたが望む世界というのは、その後の人生に大きな影響を与えるのです。言い換えると、おそらく私はあなたのおかげで、いまこうして小説を書いています。
 どうか、変わらないでください。いまのあなたを大切にしてください。私につながるあなたを、あきらめないでください。
 大丈夫、思ったよりも悪くない未来がありますから。
 私はあなたよりも友人が少ないと書きましたが、小説や創作を通じて、かけがえのない仲間はたくさんできたのですよ。きっとこれも、あなたには信じられないことでしょうね。あなたの訝しむ顔が見えるようです。……おいやめろ、心底疑わしいという目をするんじゃない。私だってな、めちゃくちゃがんばれば人との交流は可能なんだぞ。
 あなたはこれから、たくさんの苦しいこと、悲しいことやつらいこと、挫折、後悔、やるせなさ、ときには人を憎み、妬むことなども経験します。だいたい日の当たらない人生です。けれど、得るものは大きい人生です。と、思います。たぶん。これから先のことはわからないけど、私はいま、とても充実しています。
 それはきっと、あなたが創作をはじめて、なんだかんだ言いながらやり続けてくれたからだと思います。本当にありがとう。
 じつのところ、私はあなたからの手紙が届かなかったことに感謝しています。もしも届いていたならば、そこで完結してしまったような気がするのです。いいえ、実際のところはわかりません。けれど、そうなのだと思います。そうでなければ、私がこうしてお返事を書くこともなかったでしょう。だって、この年になるまで、私はあなたの大切さに気づけなかったのですから。
 私はどうやら、あなたのために小説を書いているようです。
 ねえ、十四歳の私。あなたは、私の小説が好きでしょう?
 奇遇ですね、私もです。きっと十年後の私も二十年後の私も、私の小説が好きだと思います。それはすべてあなたから続いているからです。
 でも、あなたの手紙が私に届くことはありません。
 私の手紙が、あなたに届くこともありません。
 これからも永遠に、私たちは一緒にいながらすれ違い続けるのです。それってなんだか、宇宙みたいで素敵だと思いませんか。
 さて、そろそろこの手紙も終わりにしようと思います。私は新刊の執筆に戻らなければなりません。あなたは知らないでしょうが、これは本当にしんどい作業なのです。覚悟しておけ。
 だけどとっても楽しくて抜け出せなくなるから、いまのうちにお金を貯めておいてください。って、伝えられたらよかったんだけどなあー。あー、五千兆円欲しい。
 まあそんなわけだから、これからもよろしくお願いします。あなたのしあわせを祈ります。
 では、また。 敬具

 なお、この手紙は五秒後に自動的に消滅する。

サークル情報

サークル名:カワズ書房
執筆者名:井中まち
URL(Twitter):@Nostalgic_town

一言アピール
そんな感じで十四歳の私が喜ぶ架空歴史ファンタジー少女小説(シリーズ)を主に書いております!あとボーイソプラノへの愛が爆発した一巻完結とか、わんわんwithヒューマン薄暗ファンタジー連作短編集(新刊予定)とか。

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