十一
この手紙を読んでくださっている貴方様へ
ご機嫌麗しゅう。
どこにいらっしゃるどなた様だか存じ上げませんが、そんなことは些細なことです。どこでこの手紙をお拾いになったのか、それはもっと些細なことです。貴方の個人情報を詮索するような品のない真似など致しません。とにかく重要なのはこの手紙に出会い、この手紙を手に取り、読み始めてくださったということ。一期一会ですね、などと凡庸な言葉を紡いでは鴉が嗤いますね。
突然ですが、今私は右肩の上に本を載せています。本と言っても、表紙の縦横の長さがほぼ等しい、つまり正方形。そして厚みもとびっきりで表紙の一辺の長さとほぼ等しい。つまり本と名乗っているだけの紙の集合体、立方体を載せているのです。私が左利き? まさか! 見ての通りの凡庸極まりない右利きでございます。貴方が筆跡鑑定に少しでもあかるい方だとしたら、すぐにこの文章が右手によって書かれたということを物語殺しの犯人探しに役立てるに違いありません。
それではこの本をどうやって支えているのか、不思議に思われたでしょう。すべてはお見通し、すべては藪の中。しかしその疑問自体がそもそも成り立たないのです、なぜならこの立方体は自らの意思で私に取り憑いているのですから。ええ、物理的にくっついているのです。取り憑くなんて物騒な漢字を書いてしまったのは筆が乗ってしまったからに過ぎません。書き直すというのは美しくないのです。語るように書き、書くようにカタル。騙るように語り、肩るように書く。書くということはおしなべてすべて嘘をつくことに他ならない。そうやってこの本とずっと、記憶のないほど前から一緒に過ごしてきました。
話を戻しましょう。この肩の上のやたら存在感の重い語りは一体何が著された、いや、何を著しているのか、それを痴ることはついぞ叶わないでしょう。しかし私の唯一の幸せは、この世を正しく映さない鏡がひた隠すリッポウタイの存在に気づけたこと。鏡は、水面は、つまりは醜悪を飲み込むだけ。このままこの存在に気づかずに死んでいくこともできたかもしれませんが、ある時ふと気づいてしまった。今はそれを幸せと感じることができるようになったというだけの話です。私はこのままこの本の中身が左手で書かれていることだけを望んで死んでいこうと思っています。
ただ、この表紙に書かれているタイトル……それだけが、私がこの手紙を讀む貴方様に唯一お伝えできる確かな情報なのです。鏡に映らない本のタイトルを知るために、孤独な私は苦労しました。寝付けない苦しみを幾夜にも渡って味わいました。しかし努力が報われるわけなどないのです。私はこの本のタイトルなどもともと知っていたのです。知らないふりをして生きてきただけなのでした。もし理由が必要だというのならば、月の裏に書いてあったことにでもしておきましょう。
そのタイトルこそ「十一」なのです。じゅういちなのか、プラスいちなのか、はたまたプラスマイナスなのか、土なのか。ある時は縦書きで、ある時は横書き。そりゃ本だって生きていますから、讀む人によってそのくらい表情を変えることなど造作のないことです。作者? そんな無粋なものなど書いてあるわけがない。署名を入れるなどという文化を考えた人間は大悪党でしょう。
感情的になってしまいましたね。こう冷静さを欠いた時、この本はにわかに重さを増すのです。書くことで、欠くことで、斯くのごとく冷静にならなければ、この本は重さを容赦なく増していき、私の肩を押しつぶし切り裂き、その隙間から見たくもない私のすべてをさらけ出してしまうことでしょう。美醜、高低、陰陽、天地。いいものもわるいものもぜんぶぜんぶ。
今日は妙に筆が進みます。十一に右手が乗っ取られたようにするすると自動的に筆記が進みます。まるで個性のないフォントのような字体で退屈してくるのが残念なところ。貴方様の貴重な時間を割いていただくのに、いや、ちょうどいいかもしれません。慇懃無礼、唯我独尊。私が見たものをこの本は全く違うように見てきたことでしょう。それがこの本の中に、言葉ではなく蓄積されているのでしょう。白の蛍光染料など彼は知りません。ずっと昔からクリーム色をずっと保ち続けるし、これからも保ち続けたでしょう。それはこの世で唯一の美しい本です。それはこの世のすべての本です。それはバラストの詰まったただの重りです。殴れば骨折。骨折り損。
空から雨粒が落ちてきます。それをこの本は吸って軽くなります。何も不思議なことはなくて、天から落ちてきたものを取り込むことで天に近づいているだけの話です。雨が強くなってきました。このままどんどん軽くなって右肩は空に近づいていくことでしょう。めでたいことです。鳥たちは空でどのような歓待をしてくれるのでしょう。十一の雀たち、マイナス十の雛たち、九の鳥たちは底抜けの明るい鳴き声でマーチを合唱。天は空は宙で空気がなければ無限の密度を得られるでしょうからこの右肩も無限の喜びから逃れることができずに重力がまとまり近隣の星という星を喰い潰していきます。そう、それはもうみるみるうちに十一にまとめられた宇宙だった何かはドバトたちに啄まれて羽にまぶされる白粉になるのでしょう。
もう思う存分語りました。いえ、騙りました。思い残すことはありません。
ここまで読んだ貴方の右肩にも十一が載っていることを私は信じて疑いません。
またお目にかかりましょう。本と、十一と、豊かな人生を。それではごきげんよう。
サークル情報
サークル名:行方不明のドバトが見つかった
執筆者名:依鳩 噤
URL(Twitter):@lostpigeonfound
一言アピール
身近すぎて、多すぎて、1羽いなくてもわからない。しかしその1羽に隠されたドラマへ、スポットライトを。 ドバトたちはヒトが戻ってきてしまった街を、今日も元気に闊歩しています。「水兵服讀本」「ノイジードバトウェーブ」などの評論系がメインですが、小説も少々。