正しい依頼の読み取り方

 組合酒場の大扉をくぐると、まだ早朝だというのに掲示板前にはかなりの人が群がっていた。
 だが賑やかさや酒臭さは一切なく、大勢の先客達は、黙々と張り出されたいくつもの紙切れに視線を走らせている。
「ええっ、混みすぎじゃないですか?」
 あくびを噛むのも忘れ、栗毛の少女はその光景に目を丸くした。彼女が纏う苔緑色のローブは魔術学院研究生の制服だ。
 酒場といえば夕方頃から賑わうイメージだ。それが、人だかりは掲示板前だけでなく、カウンター裏までずらずらと折り返し、最後尾は裏口を抜けてさらに続いている。彼らの手には一様に紙が握られていた。
「まだ六時前なのに」
 少女は日の出前など早すぎると思っていたが、完全な出遅れだ。
「大丈夫だ、僕らはあの列に並ばない。こうなると思って優先パスを買っておいた」
 人だかりを横目に連れの男が答える。歳は三十に掛かるかどうか。大ガラスの紋章が付いた濃紺のローブを纏っている。それは学院の指導教員の正装である。片眼鏡越しに店内を眺める様子は、少女と対比して涼しげだ。
「初日はこんなものだ。条件のいいものは時間を使うか相応の対価を支払わないと、思うようには手に入らない」
 そう、初日。今日は年度初め、組合酒場に寄せられる新規〝王宮代行任務〟の公開日なのだ。〝王宮代行任務〟とは、憲兵団に代わり剣や術に覚えある民間人が問題や業務をこなし報酬を受け取るシステムである。実入りが良いだけでなく、達成数や難度により名声、さらには爵位授与にまで繋がるという、まさにドリーム満載、ゴロツキから貴族の次男坊三男坊にまで広く人気の仕事だ。内容は簡単なものから凶悪な怪物討伐に遺跡の発掘調査、小遣い稼ぎから命がいくつあっても足りないものや専門知識が必要なものまで多岐にわたる。
 希望の任務用紙を掲示板から取り、受け付けに提出するわけだが、当然条件のいい任務は競争率が高く枠が埋まるのも一瞬だ。だからこその人だかりなのだが、何もかも初めての少女にとっては人の量も時間も本気度も、どれもが驚きだった。
「では、さっそくレクチャーを始めよう。君が一人で達成できると思う任務用紙を三枚取ってくるんだ。で、それを選んだ理由を教えてくれ」
 促され、少女はどうにか人だかりをかき分け掲示板へ向かった。
 そして暫くして三枚の紙を手に、教師の元に戻った。
「これを選びました」
「ふむ、どれどれ」
 手渡された用紙に目を通し、男は目を細める。
〝ジャイアントラット駆除/ランベリー農場・成功報酬三百レラ・(王)・備考あり〟
〝赤根スイレンの収穫/指定地・歩合制一株十レラ・(王)・備考なし〟
〝ハーピーの胸腺を二つ・報酬五百レラ・備考あり〟
 百レラといえば庶民の平均月収ほどである。
 それだけ見ても、いかにこれら代行任務が美味しい仕事かが窺えた。
「選んだ理由は?」
「はい! まずジャイアントラットは授業で習いました。飼育を手伝ったことがありますし、駆除方法も知ってます。それでこの額はおいしいですね」
 少女は自信ありげにハキハキ答える。
「次の赤根スイレンは湿地に生育する植物です。これも、薬師研修で習ったので問題ありません。最後のハーピー胸腺は、調剤用の在庫を持ってるので転売できるかなぁって。この依頼、ほんとラッキーです!」
 少女は満面の笑顔だ。
「なるほど、知識を活かせそうな依頼を選んだのは素晴らしい」
 その評価に少女の表情がさらに輝く。
 指導教師は生暖かい笑顔で用紙を少女に返し、言った。
「だが引き受けたら、どれも無駄骨か死んでるな」
「えっ!?」
 思わぬ酷評に、少女は軽く飛び上がり声を詰まらせる。
「ど、どうしてです? この三件なら」
「ネズミの件、備考をよく見てごらん」
『ランベリー農園経営者です。ジャイアントラットに作物を荒らされ、ここ数年思うように収穫できず大変困っております。このままでは生活できません。報酬は成功時、額はお支払いできる上限を提示しました。何卒、お引き受けのほどよろしくお願いします』
「読みましたけど」
 少女には、教師が言わんとしている意味が分からない。
 まったく普通に見える。
「備考に〝ここ数年〟、条件に〝成功時〟とあるだろう。おそらくこの農園は、すでに何度か憲兵団か他の依頼者に同じ依頼を出したはずだ。だが、解決しなかった。それに言葉の端々に必死さが見えないか? 農園主は廃業か引っ越しも視野にこの依頼を出している。つまり、それだけ根が深く大きな巣が近くにある可能性が高い」
「あ……」
「それに支払いがかなり遅れそうだ。またすぐネズミが湧いたら駆除成功にならないからな」
 少女は目を見開き、はっとした。
 言われてみれば思ったほど簡単ではなさそうだ。
「たしかに。でも! 赤根スイレンは大丈夫だと思うんです。収穫ですし」
 少女は訴えるように男を見上げ、反論する。
「備考もありませんよ」
「そうだな、これは備考がない。だから怪しい」
「え?」
「スイレンの収穫など、わざわざ歩合制で割高の報酬を払って出すような依頼じゃない。おそらくだが、指定地……その沼か池に何かが出るんだよ。で、その〝何か〟の駆除がこの依頼の真の中身だろう」
「ええッ!?」
「無事収穫できたらよし。〝何か〟を駆除できたら万々歳。この依頼者は自分が損をしない書き方をしているように読み取れる。討伐依頼は報酬相場が上がるからな」
「そ、そんなことまで……」
 たじたじと後ずさり、少女は身震いと共に表情を強張らせた。
「なら、ハーピーの胸腺はどうでしょう。手持ちを譲るだけですよ」
「これが一番ダメだな」
「なぜッ!」
 一番楽で美味しすぎる案件だと喜んだだけに、少女はがっくりうなだれた。
「よく見ろ。まず用紙に(王)の公式印がない。こういう非公式の民間依頼には危ないのも混ざりやすい。詐欺まがいのが」
「そ、そうなんですか?」
「慣れないうちはやめておくんだ。ろくなことがない」
 任務内容と報酬で食いついたが、公式か非公式かでそこまで大きく信頼性に差があるとは思っておらず、不意打ちで殴られた気分だった。
「あと、それも備考を見てみろ」
『調合に使うハーピーの胸腺を二つ納品してもらいたい。報酬は即金。無い場合、ハーピーの生息地にて一羽狩猟でも可。受け渡しの場所と日時は追って連絡』
「読みましたけど」
 だんだん聞くのが怖くなりつつ、少女は教師の目を遠慮がちに覗き込んだ。やはり、どう読み解いてもハーピーの胸腺二つを譲るだけで良さそうだ。自分の場合、無い場合にも当たらないので危険もなさそうに思える。
「指定の品は流通量が少ないが、相場は一つ五十だな。二つ五百は高すぎるし、送付じゃないのが怪しい。高い報酬が提示される場合、どういう理由が考えられる?」
「ええっと、依頼者がお金持ちか、どうしても困ってるとか、とにかく欲しいとか?」
 思いつくまま少女は理由を口にする。
「他は?」
「ほ、他ですか……」
 沈黙の後、なかなか返らぬ続きに男は口を開く。
「正解は金を払う必要がない場合だ。最悪、奪われたり殺される可能性もある」
「こ、殺……!?」
「あくまで可能性だ」
「でも、だったら〝無い場合は狩猟でも可〟なんて書くでしょうか」
 男は軽く目を伏せ何事か思案した後で、ぽつりと呟いた。
「それはそうだが」
「ですよね」
「とにかく非公式はやめておけ。一人前になるまでは」
「分かりましたよ」
 やや不満げにぷうっと頬を膨らませ、少女は名残惜しそうに用紙を掲示板に戻してきた。
「じゃあ、今回の研修はどんな任務を受ければいいんでしょう」
「目安は公式で場所は土地勘あり、備考欄は淡々と必要情報が入ったものが望ましい。あとは、報酬が相場と大きくずれたものは避ける。知らない動植物が対象の場合は無視。そんなところか」
 取り出したノートにメモを取る少女を眺め、付け足した。
「この手の依頼は額と内容だけじゃない。行間を読むんだ。そこに垣間見えるクライアントの人となりや意図を。どの書面も誠実な人間が書いてるとは限らないし、管理官も全ての条件や依頼主を把握してるわけじゃない。誰だって報酬に目がくらむし、支払いはできるだけ安く済ませたいものだ」
 むくれつつも深く頷き、少女は顔を上げる。
「特に感情に訴える文面の備考は避けろ。安易に人助けができると思わない方がいい」
「え、でもそれは……」
〝術とは人を救い導くもの〟
 そんな学院の理念と相反する言い様に、ちくりと小さなトゲが生まれる。代行任務は金稼ぎ手段だけではない、技を活かし弱者を助ける慈善事業の側面もあると前日の講義で習ったばかりだ。何か言おうとした矢先、彼は強い調子で重ねた。
「いいか。十件成功しても、次の一件に失敗すれば死ぬんだ。悪い奴は君の死で得をし、良い人間ほど君の死やケガを悔いることになる」
 声は徐々にトーンダウンし、最後は微かな溜息を帯びた。
「代行任務っていうのはそういうものなんだよ」
 そう付け足した教師の表情は、これまでになく険しい。静かで重いその言葉は、彼自身が身をもって経験した教訓なのかもしれない。
 少女は真摯な眼差しで掲示板を眺めた。
 そこに貼り出された無数の紙きれ。その一枚一枚に人々の苦悩、野心、希望、あるいは悪意が込められている。
「覚えておきます」
 そしてどれもが、誰かの人生や運命の分岐と強く結びついている。
「じゃあ、助言を踏まえてもう一度探してきます」
「その必要はない。君の依頼はもう優先パスで取っておいた。条件に合致するのをな」
 片眼鏡をかけ直し、教師は少女に任務用紙を手渡した。

 術師としての成長と成功……または、死神からの招待状になるかもしれぬ一枚を。

サークル情報

サークル名:MYST&CLAST
執筆者名:鈴山 理市
URL(Twitter):@R1Suzuyama

一言アピール
公募や宣伝など<第三者のお便り>が時に人生の契機になるのはどの世界も同じだな、というふとした気持ちから書きました。ミステリー・サスペンス中心の当サークルですが、今回はファンタジーに挑戦! が、中身は通常運転で事件です(笑)。新刊は、「少女が回避した依頼」を受ける別の人々のお話です(教師も出ます)。

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