月影の手紙

 ――わかっていた。自分は月でしかない。
 金木彩堵かねきあやとという太陽を影で支えるだけの存在。
 不幸だと思うか?それは、間違いだとはっきり言っておこう。

 月は太陽に照らされなければ存在できない。
 間違いなく俺は、お前に救われたのだから。
 
 だから、お前は生きのびてくれ。
 【裏切り者】のことなんて忘れて、どうか。
 
 ただ、護ってやると言いながら傍にいれなくて、すまん――
 
 ――これは、遺されていた、短い「手紙」。
 そして語られるのは、灰楠かいなの記憶。
 

 ――2040年。界軸大災の果てに、世界は形をがらりと変えた。
 能力者とマヨイゴが戦い続け、人々は夜を奪われた。

 俺の力は【影】。
 その名の通り影を自在に操り、また影に融けることができる。
 この力は、同級生に大変に不気味がられて心ない言葉を投げつけられることも多かった。
 今思えば無理のないことだ。目の前で人間がひとり、どろりと融けるのだ。
 絶対に心臓に悪いし、もしかしたら自分の影に融けられているのではないか、と怯えるのも無理はない。
 
 心ない言葉は確実に俺の心をえぐり、簡単に言うならグレたのだ、俺は。
 徹底的に独りになることを決め込んで、誰とも話さずに足早に家と学園を往復する日々を続けた。
 
 だが、生来の性質は簡単に変わるわけもなく。
 気まぐれで俺は【金木彩堵】を、マヨイゴから助けてしまった。

――不気味なほどにその日の夕焼けは赤かった。
 その上、地平線には大きな満月が紅い凶兆のように浮かんでいた。
「ごめんね。生徒会室と図書室の整理手伝って貰って」
「別に。俺は与えられた職務をこなしただけだが」
 赤い道を男ふたりで寮へと歩く。この学園はとにかく敷地が広い。
「寮に戻るのもいいけどその前に何か食べていこうか?奢るよ?」
「……」
 金木彩堵はよく喋る男だった。
 学園の生徒会長。容姿淡麗、性格もよく、戦闘能力も高い。
 「太陽」みたいな奴だと思う。陽だまりといえば聞こえはいいが、人によってはお節介だろうし、何よりも。

――太陽は恒星。自らを燃やして輝く星だ。
「腕、怪我してるのか?」
「え?ああ昼間に猫を助けるときにちょっと引っ掻かれて。でも茶トラの可愛い猫だったから助けられてよかったなあ」
――だから、つまりこの男は、
「顔の切り傷は」
「え?なんかぺんぎんみたいな生命体が困ってたから草むらに入ったときに切ったのかな」
――自分が傷つくことをなんとも思っていなかった。
「指は」
「あ、プリント運んだとき?書類や本で切ったかも」
「……」
 無言で顔に絆創膏を貼りつけてやった。ついでに指にも。
「あ、ありがとう」
 ふわりとした笑顔で笑う彼に、心の底から苛ついた。
「さて、そろそろ食堂だけど、何にするか決まった?」
「……別になんでも」

 言いかけて言葉を切った。
「……来るよ」
 風が止んだ。街灯の灯りが不気味に点滅をはじめる。
「……マヨイゴ!……学園内なのに……?」
「それより気温が下がってる。氷属性のマヨイゴかな」
 ぱきり、ぱきり。立ち並ぶ街灯が氷に覆われていき、食堂の前の噴水に冷気とともにソレは降り立った。
「なるほど、これが本当の雪兎。幸い俺の能力とは相性良さそうだけど……ね!」
 そう言うと彼は追尾する炎の珠を生み出して放つ。珠は雪兎のマヨイゴを確実に捉えるが、手応えがない。
「馬鹿……上だ!」
 兎型ならではの跳躍力で彼に襲い掛かろうとした兎を影の手で拘束する。
「助かった。うん、機動力も封じられたしさくっと鎮めちゃおう」
 彼が取り出したのは青い炎を纏った一振りの刀。
「……あるべき場所へおかえり」
 ひゅっと風切り音がした後、雪兎の姿はどこにもなく。
 気温は戻り、氷が溶けた街灯がただふたりを照らしていた。

――
「本当助かったからたくさん食べて!デザートもいる?」
「いらん。このカツ丼だけで充分だ」
 無事マヨイゴも鎮めたところで俺たちは食堂で夕食を食べている。
 彼の奢りなので長らく食べていなかったカツ丼を頼んだ。至福の時だ。
「……おい」
「何?」
「……学園内には結界があるはずだ。それなのに何故マヨイゴが出る?」
 彩堵は少し迷った後に、静かに口を開いた。
「……ちょっと、やばい相手に目をつけられてるみたいで。俺は生徒会長であると同時に、【繚乱】としてマヨイゴと戦ってるんだけど、どうもメンバーのひとりが
まずい計画に巻き込まれてるみたいなんだ」
「まずい計画って……教師には?」
「……言えない。言っても信じてもらえないよ。何よりこの学園の全員が異能力持ちでもないから……俺はまあ、そこそこ戦闘能力もあるし返り討ちにできるから……いいかなって」
「お前なあっ!」
 気づくと声を上げていた。
「何でもかんでも自分が傷ついて解決すりゃあいいと思ってんじゃねえ!」
「え、でも」
「そもそも傷の治りが早いわけでもねえんだろうが」
「あーうん……それはね。俺の能力はかなり攻撃寄りだし」

 ――こいつは「太陽」だ。明るくてお節介ながらも誰かを救う太陽だ。
 だから俺は――

「……危なっかしすぎるから、ボディーガードになってやる」
 そんな誓いに彼は笑って、
「ボディーガードじゃなくて親友がいいな」

――ちりん、と鈴が鳴る。
「……灰楠が裏切ってなんかいないって俺はずっとわかってたよ。まあ、丁寧に俺宛の懺悔の手紙を書くあたりはまめと言うか、君らしいけど」

――聞こえるはずがない声に、引き寄せられていた。
 灰楠は死んだ。親友を悲しませないように、自らを【裏切り者】と印象付けて。
 なのに懐かしい声に引き寄せられるように、輪郭がそのかたちをとる。
「……久しぶりだね。灰楠。まさか君がこの鈴に【いる】なんて思わなかったけど」
「……なんでこうして形を保ってるんだろうな俺」
「さあ?想いの奇跡とかでいいんじゃないかな?それに、俺がここにいるのも君のおかげだよ。君が魂守りの鈴として守ってくれたからね」
 雲が晴れて、満月の光がふたりを照らす。
「契約して。俺の石妖になって、灰楠」
「……馬鹿。言われなくたって大事な親友なんだから守ってやるさ」
「じゃあ、この手紙はもう要らないね」

 風に散る白い紙屑は、ふたりの再会を祝う紙吹雪に似ていた。

サークル情報

サークル名:蒼球歯車
執筆者名:上月琴葉
URL(Twitter):@Kouduki_sousaku

一言アピール
儚く綺麗な世界観で殴るタイプのファンタジー書き。鉱物とペンギンは至高。

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