夏の支度と運び屋の魔術師

 軍籍魔術師のくせに魔晶通信を使えない二等兵がいるせいで、久しぶりに文書便など頼ることになってしまった。本部の文書室に直接投函するので二日あれば届くとは思うが。
 さて、こちらでの任務が延長となったのは先に皆に知らせたとおりだ。隊長と共にあと半月ほどこちらに残る。もうしばらくの間、ちゃんと先輩たちの言うことを聞いて励むこと。
 不本意ながら月末月初をまたいでしまうことになったので、報告書催促と請求書類が溜まるかもしれないが放っておいてくれ。帰ったその日に片付ける。
 ただし、可能なら仕分けだけでもしておいてくれると助かるが、あまり期待はしていないので大丈夫だ。
 別件で、少し暑くなってきたので夏服がほしい。私服と制服を二着ずつ速達小包で送ってくれないだろうか。着払いでいいので、表書きの本部宿舎に頼む。
 こちらで調達しようとすると物価が高くて割に合わない。(階級章がまだ少尉のままかもしれないがそのままでいい。自分で取り替える)
 くれぐれも、自分で運んでこようとはしないように。お前に単独行動を許可するつもりは一切ない。もし万が一王都まで飛べばお前の魔力が尽きることぐらいは理解できているはずだ。
 頼むから馬鹿なことをしないように。以上。

 エルデ=ラースタチカ・エルダーステンプ二等魔術兵へ文書便を送ってきたのは、上官であるユジノ・レネンモリト中尉だった。可愛さの欠片もない支給品の便箋にいつもの癖のある文字が並ぶので、ちょっと命令書かと思うほど。
 アイシェルト王国で選りすぐりの女性軍籍魔術師を五人集めたクルヴァヤ試験隊の運用開始から三ヶ月。成果報告のため隊長のサルネラと副隊長のユジノが王都へ向かって五日経ち、やっと来た連絡がこれだ。
 実際は現場指揮権を委ねられた専属医官のアイリへ毎日細かい連絡が入っているが、エルデには知らされるべくもないことである。
 それでもなおこの雑務仕事と私的なお願いごとの混ざった手紙が、わざわざ手間のかかる文書便で送られてきたのには意味がある。
 クルヴァヤ試験隊は主に箒で飛行しながらの魔術展開により任務を遂行する。その中で群を抜いているのがラースタチカ号――エルデとユジノのペアだ。
 二機一対ではなく、一本の箒に同乗して空を舞う。
 王国随一の箒乗りエルデと、同じく王国史上五指に入る天才魔術師ユジノは、エルデが箒に乗る以外できない点とユジノが飛行術式だけは使えない点を補い合って戦場を支配する。
 ユジノはエルデが自分と離れたらやっていけないと見越して色々仕込んでいるのだが、これがなかなか筋がよく身の回りの世話を任せるようになるまでさほど時間はかからなかった。どうにも言葉遣いと上下関係の感覚が身につかないのは考え物とはいえ、ユジノが一番頼りやすいのはエルデなのである。
 既に本人よりもユジノのクローゼットに詳しいエルデは、すぐに夏用制服を見つけた。
「ほんとだ、少尉の階級章がついてる」
 ユジノは副隊長着任と同時の昇任だったため、中尉として迎える初めての夏になる。
 手紙には自分で取り替えるとあったが、予備の階級章を同じ棚で見つけたエルデは迷わず裁縫道具を取り出し、あっという間にかなり細かい縫い目を美しく揃えた。
 私服の方はほとんど選択肢がないのですぐに選び終わり、全て重ねるとそれなりの嵩になる。袋では心元なく、箱が必要だ。
「アイリ姐さん、なにか箱ください」
「箱? なにに使うの?」
 医務室のアイリに声をかければ、どうやら月末の薬品棚卸の最中らしく、まさによさそうな箱が積んである。
「ユジノさんに夏服を送ってあげるんです、ほら」
 嬉しそうに手紙を見せびらかしたエルデとは対照的に、アイリは顎に手を当てて眉を少し寄せた。
「残念だけど、しばらく郵便は不通みたいよ」
「え、なんでですか」
「渓谷橋が落ちそうだから補修するとかで三日程度はかかるって」
 陸路での王都行きは通常なら渓谷を抜けていく。それが通れないとなると、反対側から湿地を抜けて大きく迂回して向かうしかない。郵便貨物車ではその経路は難しい。
 そうはいっても至急の物もあるので、軍の文書便も一部民間の郵便物を代行して湿地回りで運んでいるようだが、どちらにしても小包は引き受けてくれない。、
「どうしよう、ユジノさん困ってるだろうなあ……」
 私服はともかく制服の方は切実だろう。この時期なら周りはみんな夏服のはずだ。ただでさえ軍籍魔術師用の制服は生地が分厚くケープも重くて暑いと悪評で、夏場に我慢して着られる物ではない。
「魔術師便を使えばどう? 故郷の同級生とか」
「そりゃみんな運び屋ですけど……」
 エルデの出身地であるテンプ村は主要産業が長距離輸送という土地だが、さすがに呼ぶには遠い。
「じゃあエルデが持っていくのはどう? 日帰りできるでしょ」
「それは駄目だって書いてあるじゃないですか。怒られます」
「大丈夫よ、あたしが一筆書いたげる」
公私ともにユジノにかなり指導を受けているエルデは頑なだが、階級こそ下とはいえ年次と経験、専門性で優位に立つアイリに怖いものはない。
「でも、ユジノさんも書いてる通り王都まで飛ぶには魔力が……」
「ここにちょうど使用期限が切れる魔晶水の廃棄があるから、下げ渡してあげる」
「本当っスか!」
 緊急補給用に魔力を液体化させたそれは非常に高価な割にすぐ期限がくる消耗品である。古くとも不味いだけで効力は変わらないので掘り出し物だ。
 どちらかというと魔力切れの方が怖かったエルデは、思いがけない収穫のおかげで一気に気持ちが動き、もはやユジノの説教など微塵も怖くなくなった。もとより毎日のようにしごかれているから、よくよく考えれば別に今さらどうということもない。
「とはいえ、いくらなんでも一人では行かせられないから……あ、いいところにトーリ」
 たまたま書類を持ってきただけの一等魔術兵は、心底後悔している顔を隠しもしない。
「……なんだかすごく嫌な予感がします、帰っていいですか」
「駄目よ――二人に王都までの運搬任務を命じるわ」
 真面目な一等兵は大抵いつも面倒ごとに巻き込まれる。

「嫌だなあ、絶対副隊長に怒られる」
 気流を掴み、雲と共に流れながらトーリはため息を吐く。
 軍の施設を訪ねる都合上制服を着用しているが、夏服なだけでなく下士官以下はケープが短い。おまけに上空高くともなれば快適である。
「大丈夫ですって、アイリ姐さんの手紙もあるし」
 エルデは呑気なもので、箒を軸にくるくると回転しながらけらけら笑う。よくできた荷物用金具は鞄と小包を器用に吊り下げて重心を常に安定させる。この速度でこんな曲乗りをするのはエルデくらいだが、それについてこられるよう設計の箒は貴重である。
 中間地点に差しかかった頃、エルデは魔晶水を口に含んだ。
 テンプ村一番の箒の乗り手を示すラースタチカの称号を名に持つエルデは、しかし魔術師の素質とは遠い体質で、乏しい魔力を燃費の良さでやりくりしている。だから飛行距離が長いと魔力が足りなくなる。それでも訓練学校を出られたのは、お世辞にも美味しいと言えず、後で強烈に胸やけするこの液体を頼りに、持って生まれた才能を精一杯磨いてしがみついてきた成果なんだろうなと、トーリはぼんやり後輩を眺めた。
「どうかしました?」
「……場所はちゃんと予習してきたのか?」
「ばっちりですよ。降りたらとりあえず右です」
「……右ね」
 トーリはいざとなったら隊長に魔晶通信で助けてもらおうと心に決めた。隊長は優しいので、説明すれば怒らないでいてくれるはずだ。
 しかしながら、王都の離着陸広場を出た後、意外にもエルデはすいすいと進んでいった。ユジノ達が滞在する宿舎の手前、陸軍中枢本部の受付で軍籍名を名乗るまで特に詰まることもない。
 逆に言うとそこで詰んでしまったのだが。
「下士官以上しか入れない規則なので、お通しできません」
「えっ、そうなんですか……?」
 制服姿なら大丈夫というアイリの助言はなんだったのか。
「エルデ、一旦出て隊長に連絡しよう。夕方まで待てば会えるはずだ」
「でもそれじゃ今日中には帰れないスよ」
「そうなったら王都で泊まろう。仕方ないよ」
 もう三年目のトーリはそれなりに金もあるが、エルデはそうはいかない。王都の宿代など払えない。
「あの、荷物だけでも届けてもらえませんか。第一宿舎の、北棟の――」
 受付の事務官が預かれないと言っているのを無視して、エルデはどうにか無理を通そうとする。トーリがやめろと言っても聞かず、目的の部屋番号を伝えるために上官からの手紙を引っ張り出して。
「――二〇七号、ユジノ・レネンモリト中尉宛だ」
 その続きを見つけるより先に、横から言われてしまった。
 トーリも一緒に驚いた声の主は、お届け先その人である。
 ユジノ・レネンモリト中尉は、やはり暑そうに冬用制服を着ていた。
「えっ、なんで?」
 歩いてきた方向と本人を交互に見ながら、素直な疑問の言葉をこぼす。
「あんまり上官を見くびるなよ……と言いたいところだが、まあ勘だな。魔力が同質だからかなんとなく分かるんだ」
「そうなんスか……」
「で、説教と受け取りサインはどっちが先だ?」
 先にまずいと気づいたのはトーリで、わたわたと後輩をせっつく。
「いや、あの、違うんです。ほらエルデ、あれ出せ」
「えっと、どこだっけ」
 エルデもつられて慌てながら、どこだどこだと探し回る。
 その様子にたまらず笑ってしまったユジノは、早々に茶番を切り上げることにした。
「アイリの手紙ならもういいぞ。内容はさっき通信で聞いた。説教は冗談だ。サインもいらんな?」
「……怒らないんスか?」
 ユジノとしては、正直なところ言いたいことは山ほどある。しかし自分のために来てくれた手前頭ごなしに叱るわけにもいかず、かといって素直に感謝の語彙を使えるほど気楽な状況でもなく。
 仕方がないので医官の機転に色々と押し付けることにする。
「今回は結果的に二人とも無事だったしな。それに今の現場指揮権はアイリにある。彼女がお前らに王都行きを命じた。隊長も事後だが許可済み、副隊長が口を挟む隙間はない」
 つまり、そういうことであるらしい。
「さて、士官の許可があれば兵も立ち入れたはずだな、事務官殿?」
「ええ、もちろん。二名ご招待ですね」
 受付から入館許可証が差し出された。
「――行くぞ、宿と夕飯は奢ってやる。礼の代わりだ」

サークル情報

サークル名:PreBivi
執筆者名:姫神 雛稀
URL(Twitter):@Copy_hmgm

一言アピール
女子が空飛ぶ軍隊モノ「悠遠のラースタチカ」よりエルデ視点の短編。テキレボEX2で2巻頒布予定。エルデ=ラースタチカ・エルダーステンプはまんまと上官に餌付けされる系。

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