nowhere

エースコンバット7 2次創作


 リーナ・カーステン。後に「ブラウニー」のTACネームで呼ばれる彼女と出会ったのは、国防空軍士官学校に入学して割合すぐのことだったと思う。
 これはどこの国でも大して変わらんもんなんだろうが、士官学校に在籍する人員の男女比は結構えげつない。オレの年は例年に比しても女子の数が少なく、その一方で近年稀に見る強烈に優秀な子がいるんだと、早いうちから噂になっていた。
 さりとて、その優秀さがオレを凌ぐほどかと言われれば――まあ、そこまでではなかったんだが。自慢じゃねえが、オレは最初から最後まで成績は一番を取り続けてたからな。
 もっとも、それも当然と言えば当然の話ではある。オレが軍人を志したのは十歳になる前のことで、それからというもの、大いに鍛えた。鍛えられた。かつて一つの戦争を終わらせたとまで謳われる、鬼神の異名で知られる戦闘機乗りの元傭兵。不死鳥に擬えられるほどの劇的な生還率を誇った、ベルカ公国の元エースパイロット。その他にもいろんな人たち。
 そんな一流の先達に囲まれて、十歳になる前から士官学校に入るまでの長い年月、戦って生き残る為の術を叩き込まれた。自分でもしみじみ思うが、おそろしく贅沢な環境だ。要するに端からスタート地点が違っていた訳で、だからリーナはオレに一度も敵わなかった。いつも俺のすぐ下にいた。
 彼女は真面目で、熱心で、何より負けん気が強かった。悔しさを滲みに滲ませた顔と声で、睨むように「次は負けない」なんて真正面から言われたことも何度あったやら知れない。その度にオレは「おう、がんばれ」なんて暢気に応対していたもんだから、ある日ついに怒らせて、半月くらい没交渉に陥ったこともあったっけ。
 それでも、オレは彼女に対して苛立ちや不快感を覚えたことは一度もなかったと記憶している。彼女はやっぱり真面目で熱心な、いい子だったからなあ。
 リーナは必要だと判断したらオレに助言を乞いに来ることも躊躇わない果敢さを持っていて、その時にはこっちの遠慮も無視して毎回毎回律儀に礼までしていってくれたもんだった。あの子はお菓子を作るのが上手くて、正直に言えば、その「お礼」をいつも楽しみにしてたんだけど。
 そんなだったから、オレは決して上を見ること止めずに努力を怠らない彼女を素直に尊敬していたし、いつもいつもまるで四肢を突っ張って吠える小型犬みたいに闘志を燃やす姿も、本人に知られようもんな大目玉を食らったことだろうが、可愛い奴だなあと思っていた。
 それで士官学校を卒業して、奇しくも二人同じ基地に配属されたことを、こっそり喜んでいたりしたんだ。――本当、今思えば馬鹿みたいに暢気に。

《まだ撃ってこない。怖い……怖い!》
《メイジ2、掩護を!》
《掩護を! 誰か――トリガー!》

 彼女リーナは、今はもうどこにもいない。その最期の声を、今尚鮮明に覚えている。
 フォートグレイス基地に着任して程なく、戦争が始まった。彼女はゴーレム隊の二番機、オレはメイジ隊の二番機と小隊こそ別だったが、同じ中隊に属してはいたから、任務では必ずと言っていいほど一緒に飛んでいた。だから、その時もオレと彼女は同じ空にいた。
 ただし彼女の機体は被弾していて、それゆえゴーレム隊の隊長は彼女に先に帰投するよう命じた。負けん気の強い彼女はもちろん渋ったけれど、上官の命令に逆らうことはできない。別の隊のベテランについて、撤退することになった。
 予期せぬ敵の強襲に遭ったのは、その最中のことだ。翼端を橙に塗った、恐るべき敵。先導していた機体はあっさりと墜とされ、今度は自分が追い回される。そんな状況に陥って、彼女は一種錯乱しかかっていたのかもしれない。AWACSの指示にも、隊長の命令にも応じきれずに取り乱していた。
 そんなひどい状況の中で、彼女が呼んだのがオレだった。自分の隊の隊長でも、他の誰かでもなく。……なのに、オレは彼女を助けられなかった。
 敵襲に遭っている他の味方を救援しろという命令を受けていたこともあれば、彼女が既に即座に駆け付けられる空域から離れていたこともある。下された命令に反して、多くの仲間を見捨てて彼女だけを助けには行けなかった。
 今もその判断に誤りはなかったと思う。再び同じ選択を迫られたとしたって、取る行動は変わらないだろう。
「……それでも、やりきれないものはあるんだよな」
 ベッドの上で寝返りを打って仰向けになると、小さくスプリングが軋みを上げた。窓から差し込む陽光が天井を複雑な陰影で彩っている。それを見上げながら大きく息を吸って吐けば、もう一度の軋み。
 オレは上背のある親父によく似て、身体もでかく生まれ育った。身長が6フィートをゆうに超えて、戦闘機乗りになれるギリギリまで伸びてしまった辺りから、この実家のベッドは度々こんな悲鳴を上げるようになった。そろそろ買い替えた方がいいのかもしれないが、今はそれも億劫だった。
 リーナを喪わせた戦争もどうにか終わって、やっと実家に帰ってくることができて。家族や友人知人に迎えられて、戦争で喪われた親しい人たちの家族を訪ねて――そうして、今のオレは少し腑抜けていた。
 日がなゴロゴロしているばかりで、生産性の欠片もない。それでいて親父も母さんも気を遣ってくれているのか、何も言わないのが余計に居た堪れなかった。
「あー、カッコ悪」
 勢いをつけて、身体を起こす。また身体の下で軋んだ音がしたが構わずベッドを下り、さほど離れていない机の傍へ足を向ける。
 そこには、まだ手付かずの手紙の束があった。いや、手付かずというと少し語弊があるか。既に開封はされている。オレに宛てたものではないから。
 リーナが家族に宛てて書いていた手紙。先日彼女の実家を訪ねた際、彼女のお母さんがオレに譲ってくれたものだ。大事に大事に持ち帰って、けれど未だに一枚も読むこともできないまま置いていた。
 椅子を引き、腰を下ろして手紙を手に取る。封筒を束ねていた紐を解きながら見てみると、消印の日付から察するに古いものから順に並んでいるようだった。オレが読むことを想定して、整えておいてくれたのかもしれない。
 意を決して、手紙を読んでみることにした。

『すごく優秀な同級生がいるの。今度こそはって思っても、全然敵わない。まるで違う世界を飛んでいるみたい。――でも、負けたくない』
『お母さんが言った通り、話を聞きに行って正解だった。彼の説明は独特だから少し分かりにくいけど、すごく参考になる。お礼に作っていったブラウニーも、喜んでくれたみたい』
『新学期も順調です。まだ彼には一度も勝てていないけど。ただ、ちょっと悩んでいることがあって……この前の休み明けに彼がわざわざお土産と、プレゼントをくれたの。私の誕生日を覚えていてくれたそうなんだけど、お返しはどんなものがいいと思う?』
『どうにか私の学年は全員卒業できることになったみたい。私はオーシア国内じゃなくて、ユージア大陸の国際停戦監視軍の基地に行くことになるみたい。いきなり違う大陸に行くのは不安だけど、驚いたことに彼も同じ基地に配属されるらしいから、ほっとした。――もちろん、普通ならこんな人事は有り得ない。ちょうど配属先の基地で欠員が出ていて、私たちに『違う国のエースパイロットを間近にすることで一層の成長を促す』ということで、特例として決まったのだと教官が言っていたわ』
『フォートグレイス基地での勤務にも慣れてきました。相変わらず彼とは飛ぶ時にほとんど一緒だから心強い。……そんなこと、本人には言えないけれどね。こちらは暖かくて、冬でさえ雪も降らなかった。そっちはどう? またたくさん雪が降った?』
『……やっちゃった。基地の人たち皆とお酒を飲む機会があったんだけど、そこで私は飲みすぎて、よく覚えていないんだけど、彼に絡んで、最終的に彼に負ぶって帰ってもらったらしいの。隊長が珍しく苦笑して教えてくれた(いつも険しい表情をしている厳しい人なのに!)んだけど、最低だわ。本当に有り得ない。これが書き終わったら、覚悟を決めて彼に謝りに行ってきます』
『もう知ってると思うけど、戦争が始まりました。たぶん、これからはもう今までみたいに手紙も出せないと思う。落ち着いたら、今度は電話でもするわ』

 最後の一通を読み終わって、オレはもう一度深く息を吸い、そして吐いた。
 彼女のお母さんは「私たちに宛てた手紙ではありましたが、あなたに言えなかった言葉でもあるのだと思います」と言って、この手紙を託してくれた。リーナは作戦中に撃墜されて、その遺体は一部すら見つかっていない。だから、この手紙はまさしく愛娘の形見にも等しいものだ。
 自分たちの手元に置いておきたかっただろう。それでも、最期まで同じ空を飛んでいたオレに渡してくれた。その気遣いを、心から嬉しいと思う。感謝する。
 ――でも。
「君は、もう、この手紙ここにしかいない」
 それがただ、悲しくてならない。オレはまだ、その事実を扱いきれずにいる。それとも、君はまだこの手紙ここにいると思えばいいのだろうか。……分からない。
 手紙をまとめて机の上に置き直し、何とはなしに頬杖を突く。机の端に置かれていたカレンダーは、この休みがもう残りわずかにまで磨り減っていることを示していた。戦争は終わったが、まだあの大陸の情勢は危うい。休みが終われば、またオレはその空を飛ぶ為に戻らなければならない。
「それまでに、少しは整理つけとかねえとなあ」
 どうしたらそれができるのか――まだ、少しも思い描けなくとも。

サークル情報

サークル名:燎火堂
執筆者名:奈木 一可
URL(Twitter):@bald0ria

一言アピール
一次創作では主に異世界ファンタジーを書いておりますが、何故か二次創作だとファンタジーとかけ離れたエースコンバットに塗れております。本作に登場する二名は原作で語られていない部分を大いに脚色しておりますが、既刊の長編や番外短編集でも触れておりますので、そちらもお一つ是非どうぞ。

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