マミ。

マミへ

 先日マミがLINE通話で
「あたし親友が居ないの。ゆっちゃん親友になってよ」って云って、私が、
「いいよ、じゃあ今日から私とマミは親友ね」
 と、云ったとき以来、少し嬉しく浮ついている。
 私はもともと『たったひとりだけの特別な友だち』を作って、何人かの友だちのなかで分け隔てしたくないことに強い拘りを持っているけれども、母親とならべつに構わないと思った。

 軽い気分で返事をしたけれど、今は本当にあなたと私は親友だと良いと思う。マミがどんな気持ちで口にしたのか分からないけれど、マミは『赤毛のアン』を読むひとだし、だからマミと私が、アンとダイアナみたいな腹心の友になって良いと思います。腹心って今変換してみると結構強硬的ですね。

 あとね、マミは知ってる? 私は、女の子は誰もが『若草物語』と『赤毛のアン』を読んでおおきくなるものだと思ってたんだけど、中学のとき友だちが、そんなの読んでないって云ってびっくりした。あやたんと、マミが、私にいっぱい本を買ってくれてとても感謝してる。一生感謝してる、このことは親友になっても別に述べてないけれど、マミも子どもたちに本を与えてくれたことの意味と私たちの感謝は知ってると思うし。

 LINEだから云えたのかな、親友のはなし。
 あの日以来ときどき「おやすみ親友!」とLINEを送ることがある。「マミは親友だから教えてあげるね」と云って話した秘密がある。

 でも私はそれとは別に、後悔していることがある。

 そのことを親友に謝れるようなものなら、私はインターネット上のアンソロジィにこの文書を書いたりはしないだろう。マミはこの手紙を目にすることはたぶん無い。私のペンネームで検索したことなんて無いと思う。マミは、PEANUTSとか、アメリカンカントリー、とか、アンティーク雑貨、とか、ローラーアシュレイ、とか、そういう単語で画像検索ばかりして癒されている。

(ちなみに、そういうものが好きならPinterestを使えば? と提案したら、「このアプリはあたしに年齢を入力させようとするの! 登録したくない!」と、親友は憤然として云った)

 肝心なことに、私はあなたを未だ、許せていない。
 許せていないというより、治らないんだ。

   *

 マミ、今までに一度だけ私、反抗したよね。マミにしてみれば一度じゃないかも知れないけれど、私が本当に反抗を表したのはいっぺんだけです。
 この話題は避けてる。今更また話せないよ、痛めつけ合うだけだもの。私はマミのこと特に好きだよ。でも、私は今でも治ってない。

   *

2017/08/02(水)
15:56
まみ 今パパが本を積んで出発しました。[スタンプ]
まみ 崇くんに頼まれたDVDもよろしく。[スタンプ]

2017/08/03(木)
11:18
ゆこ 頼んだ録画、どうしていつもくれないの?
ゆこ どうして先週頼んだ崇さんのDVDだけ渡すの?

11:38
まみ 今度の日曜日に言ってみます。
まみ 古いテレビのほうに入っているので録画したものがだせるか心配ですが見てみます。

11:39
ゆこ 私が頼んだのは一昨年なのに古いTVになるまで放置する
11:41
ゆこ 私が自分で録画出来ないなら演劇を観る資格なんて無いんだ

11:44
まみ パパは今回でやっとDVDにやくやり方を覚えたので渡せました。

12:02
ゆこ なんで? 義理の息子のはくれたのに?

12:02
ゆこ 私が頼んだことには対応して貰えない。分かったし、知ってた

12:04
パパが昨日私にはDVDが無い件も、理由も何も話してくれなかった
つまり重要じゃないんでしょう
12:04
私のことは重要じゃないんでしょ
いつもそうだって知ってる
12:08
ゆこ
大事なのは両親が何をしたかじゃなくて娘の心にどう感じさせる人生にしたかでしょ

ゆこ
知らんわ

ゆこ
この負の遺産を背負って精神科に連れて行ったりカウンセラを探すのは夫の崇さんだってこと、不合理じゃないですか

    マミのLINEは黙った。
    私はひとりで泣いて、ベッドで泣いて、そのまま眠った。
    それから、あの夏いちども京都のに連絡を入れなかったね。

   *

 9月になった。崇さんの実家に帰省したあと、島にあるホテルに泊まった。食堂で崇さんはお刺身を、私はにゅうめんを頼んだ。

 マミもあやたんにも分かると思うけれど、それはマミとあやたんのと同じ、お味噌汁のあじだった。だってあやたんの家があったところ、マミと崇さんは同じ故郷だものね、同じおつゆ、おなじお味噌。

 とうとう泣いた。ばらばらと大粒の涙が落ちた。
 あやたんが、マミに作ってきたおつゆ。マミは京都にきてからも、あやたんからお味噌を送って貰っていたから、本当に同じあじだった。香りだった。美味しかった。美味しい筈なのに、涙がぐしゃぐしゃで苦くて、美味しくなくて、なのに美味しいあじなのに。言葉では突っぱねていても味覚嗅覚なんてもので決壊するなんて。

 私は食堂で声を殺して、涙を流した。そして崇さんに、ことの次第を打ち明け、ホテルの部屋に帰って号泣した。本当にひどく泣いた。悲しくて悲しくてたまらなかった。

「まずあやたんには電話しなよ」

 崇さんはそう云った。あやたんは何と云っても85歳だし、孫娘の電話を毎日のように心待ちにしてること、ちゃんと分かってる。あやたんももう京都に引っ越して長いし、独り暮らしだし。

「も、……もしもし、」
 ──ゆっちゃん? ああ! ゆっちゃんだ」
「……あやたん……あの……あの、あ、……ね……」

 優しい、祖母の声。可愛くて美人な祖母の、あやたん。

「……あの、おっ、おでんわしなくて、ご、ごめん、ね……わ、わたし……」
 ──ゆっちゃんが電話くれて、わたし嬉しいわ! あやたん、ゆこの声ずっと聞けなくて、なんだかもう、あやたんもうすぐ死ぬのかなあって思ってたんよ。ありがとうね、嬉しいわあ

「ママ、ママに、」
 ──ママ心配してるよ、ゆこ元気かなって、いつも云ってる」
「マ、ママは……」

 あのね、ママにやさしくされたかったの。ずっと。子どもの頃から、でもママはやさしくないの。

 私は祖母にしゃくり上げながら途切れ途切れに訴えた。

 色んなことがあったのは、祖母も知っている。マミは体調をよく崩した。私は「ちいママ」と呼ばれて、長女だから、といつも云われた。お留守番のあいだに野菜の皮を剥いてね、と云われた6歳児は、あのとき小指の先端を切って、母が帰ってきたとき血塗れで蹲っていた。マミと弟たちがTVを流しながらうたた寝をしているときにお皿を洗いながら、洗濯物を干しながら、やっぱりそれは随分いやだった。塾に行きたくなかったし、進学したくなかったし、保健室登校、大学は落ちて文転した私大、けれども中退。私のこれまではわりとぶっ壊れている。京都から逃げ出したまま結婚した。
 TVにWOWOWがついていないから、野田秀樹の舞台を録画して欲しいと頼んでから、2年経っていた。

「そうね、マミはゆこに甘えてるのはね、あやたんもマミを甘えんぼに育てたからわるかったわよね」

 涙が止まらない。誰も責めたくのに。誰も自責して欲しくないのに、こんなに、私は。

「ううん、……う、ご、ごめ、ん……な、さ、い……」

 ホテルの売店で買い物をして、ゆうパックに実家の住所を書いているとまた涙がこぼれた。

   *

2017/09/11(月)
00:33
ゆこ 明日午後ゆうパック着きます。周防島にいます。
06:42
まみ ありがとうございます。
06:42
まみ [スタンプ]
07:59
ゆこ 利休さんは、みんなに。あやたんにはなつみかんのお菓子。

  *

15:07
まみ
今ゆうパック届きました。
名産品わざわざ送っていただいてありがとうございますo(・v・)o
とても嬉しかったです。7年前に父と母をこちらに連れて来てからは山口に行くこともなくて海が見たいなと時々思います。
ゆっちゃんの写真いいですね。
可愛く撮れていますね”(^o^ /☆

15:15
まみ
浴衣の写真もいいですね。
ママの浴衣着て貰えるならお洋服と一緒に送ります。
ママは浴衣着る機会もほとんどありません。

  *

2017/09/12(火)
19:09
ゆこ
普通の会話するなら前に訴えたこと、私が悲しんでると分かってくれるなら(もしも理解出来るなら)それを謝って欲しい。
ゆこ
私が悲しんでると思ってそのことに対してリアクションをして欲しい。その他の話はそのあとにして欲しい。

  *

 マミ。

 マミ。これは出さない手紙です。

 あのね、ワンオペって分かる? 私はツィッタでこの単語知ったの。

 ほぼ年子みたいな子ども3人をマミはたったひとりでお世話してくれたこと(今のゆこより若いマミだよ?)パパは私たちのためにいっぱいいっぱい仕事をしていた。ふたりで護ってくれてた。
 きょうだいとマミと全部で4人でお風呂入っていたなんてうそみたい。どれだけ大変だったんだろう。母の心は疲れて、からだも限界だっただろう。0歳のかいちゃんと、1歳のゆいちゃんと、3歳の私。でも私は、私に弟たちが居ることが本当に幸せだと今ははっきり云える。ありがとう。

 あのね、私は治ってないけど、あなたは読まない手紙を書きながら泣いているけれど、悲しいけど、でも、あのときはごめんね。

 ねえ親友。

 あの日の夜、崇さんは涙が涸れた私を連れて、夜の浜辺に出掛けたの。
 海ほたるが見たかったんだって。
 でも、ホテルのひとに訊いても、最近は見えないって云われたんだけど、でも崇さんの幼馴染みが、海ほたるの見えるスポットを教えてくれていたから、疑いながらも探しに行って、
 
 海ほたる、見えた。

 マミは海ほたるって見たことある?
 闇のなかいっぱいにエメラルドが散らばってるみたいに、チカチカ煌めいて光るの。夜の浜で、私も崇さんも息を呑んで、真っ暗だから手を離さずに宝石がちりばめられた浜を歩いた。

 マミもパパとこうやってデイトしたかなって云うのは、照れるので、訊かない。
 あのね、ごめんね。

 今でも悲しくてごめんなさい。
 

  *

2020/10/12(日)
19:09
ゆこ
ママ、お誕生日おめでとうってあやたんに伝えてね。
コロナがましになったらすぐ
かお見に行くから、待っててね。

23:09
おやすみ、親友。

[スタンプ]



サークル情報

サークル名:白昼社ex.
執筆者名:泉由良
URL:https://www.necotoco.com/hakuchusha/

一言アピール
いびつな気持ちや子ども時代の記憶の現代文学、シュールからSFまで執筆する泉由良と、泉が編集している文藝誌シリーズと、愉快な仲間たちの一次創作群、白昼社ex.です。
(次のアンソロ原稿はさくっと笑えるやつにしたいですね!)

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