形見

 小説の題材にしようと、手元にあるハガキを眺めている。

 遠い昔、小学二年生の秋のこと。
何の授業の時間だったか、教室に先生の声が響く。
「間もなく敬老の日です。今日はおじいちゃんやおばあちゃんに手紙を書きましょう!!」
机の上に置かれた原稿用紙二枚と縦長の封筒。
「封筒にはおじいちゃんやおばあちゃんの住所と名前をお父さんやお母さんに聞いて書いてみましょう。
書いたら切手を貼ってポストに入れて送りましょう」
近所に住む父方の祖父母ではなく、なかなか会えない母方の祖父に手紙を書こう、と思った。

 母方の祖父は隣の県に住んでいる。
母の兄である伯父夫婦と三人のいとこたちと一緒に暮らしていて、お米とりんごを作っている。
もう少し冬に近くなったら、出荷できない不揃いのりんごをダンボールいっぱいに送ってくれる。
祖母は私が小学校に入学して三日目に、不慮の事故に遭い亡くなった。
そんな祖父と祖母には、全国各地に私を含めて孫が十二人いる。
おじいちゃんは元気かと書き始めた後、小学二年生になったこと、小学一年生の妹と元気で学校に通っていること、去年の冬の雪遊びが楽しかったこと、
また遊びに行きたいと書いた。

家に帰ると、先に帰ってきた妹と普段は仕事でいないはずの母がいた。
「おかえり」
「おかあさん、これ!!」
ただいまも言わずに、赤いランドセルから祖父に向けて書いた手紙を母に見せる。
「先生がね、おじいちゃんに送ってって!!」
「え、あ、そうか。敬老の日なのね」
「うん!」
「封筒はもらったの?」
「うん。『書いたら切手を貼ってポストに入れてね』って先生が言ってた!」
「その前におじいちゃんの名前と住所を書かないと」
「なんでー?!」
「ポストに入れてもおじいちゃん宛てだってわからないと、郵便屋さんが届けられないの」
「じゃあ、おじいちゃんの名前と住所も書く!!」
「おじいちゃんの住所書いたのを持ってくるから、手を洗ってきなさい」
「はーい」
「おねえちゃん、あたしも書きたいー」
「だめー!わたしが書くの!」
「はいはい、二人ともけんかしないの!これはお姉ちゃんのだから、真奈は宿題をしなさい」
「えーっ、ずるいー」
妹の言う「ずるい」の意味が分からない。
これは宿題と同じ。

 住所は全部習った漢字で書けるかと思ったが、できなかった。
三桁の郵便番号を母に聞いて、祖父の名前と一緒に書いた。
祖父の名字は簡単な字だけれど、名前に難しい字が含まれているのでひらがなにした。
自分の住所と五桁の郵便番号、名前も忘れずに書いた。
母が切手を貼ってくれて、遊びに行く途中で見かけたポストに入れた。
漢字とひらがなまじりの手紙。
ちゃんと届くかな、読んでくれたらいいな。
次の日に学校に着いて連絡帳を見ると、昨日手紙を書いて祖父に送ったことを母が先生に知らせてくれていた。

 返信が届いたのは、手紙を出したのもすっかり忘れそうになった頃。
季節は二つ動いて、春の初めになっていた。
開業したばかりの新幹線駅の絵入りのハガキ。
差出人には確かに祖父の住所と名前、あて名には私と妹の名前が書かれている。
私が出したのに。
妹とけんかをしないようにと祖父なりの気遣いなのだろうが、少し寂しかった。
裏には簡単な漢字とひらがなで、手紙をもらって嬉しかったこと、字が上手に書けて驚いたこと、自分は元気でいるので
両親も含めてみんな元気でいるようにということが書かれていた。
妹にも読めるように、わざとひらがなを多めにしたのだろう。

 ハガキを受け取った次の年の春休み、祖父は脳梗塞を起こしあっという間に祖母の元に向かった。
一緒に暮らしたことはなく、年に数回しか会うこともなかった。
農家という仕事の関係で、祖父がこちらに来たことはない。
会うのは向こう、母の実家に行く時だけだ。
おそらくは他のいとこたちのところも行ったことがないだろう。

 ハガキはすっかり色あせ、当時から郵便料金や郵便番号の桁数も変わった。
すでに伯父伯母も故人となり、母親の実家も建て替えられている。
私も妹もいとこたちも、みんないい年になった。
思い出せるのは薄い白髪を丸刈りに剃り上げた、人なつっこい笑顔。
私たちが到着すると、いつも玄関先の石段に小さな体で立っていた。
母は年を経るごとに、記憶の中の祖父に似てくる。
祖母の写真を見れば母と祖母が似ていると感じるし、不思議なものだ。

人が亡くなっても、思い出が遠くなっても、書いたものは残る。
伝えたかった思いは繋がっていく。

今も硬質のカードケースに収まる、一枚のハガキ。
私が持つ、祖父の唯一の形見だ。

サークル情報

サークル名:暁を往く鳥
執筆者名:砂原藍
URL(Twitter):@ai_suna529

一言アピール
普段は現代日常・恋愛・学生・強い女子を書きます。
詩人にして小説書きです。
通称、ローカル食アンソロジー東北編の主宰です。

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