メイルガール

 あたしのポジションはシューティングガード。外から射抜き、中へも切れ込む。ボールをただリングの中へ届けることがあたし――帆瑞千春の仕事なのだ。
「ナイッシュ、千春!」
 春季の地区交流大会は強豪校が軒並み崩れ、大番狂わせが起きていた。無論あたしたち雛山学園もその主役に躍り出ていた。
 ただ、引き換えに失ったものも大きい。
 コートに立つ姿の中に、キャプテンにしてポイントガードの網野柚季はいない。先輩は初戦で頭を強く打ち付け、病院へ運ばれた。今大会での復帰は難しく、また頭部ということもあり、数日入院ということになった。音居コーチの進言によるものだ。柚季本人は意地でも復帰すると言っていたものの、かつて大怪我をして引退を余儀なくされた音居コーチの言葉に納得せざるを得なかった様子だ。
 司令塔の柚季の穴を埋めるのは苦しいけど、やるしかない。でもあたしは不器用だから、得点でしか貢献できないけれど。
「チハ、ポスト!」
 代役のポイントガード・須王恋の指示に従い、ローポストへと陣取る。センターの新開ひなたはハイポスト、パワーフォワードの白金惠実は逆サイドのコーナーに陣取っている。二人の先輩がそこにいる。つまり、相手のインサイド陣も二人のマークをしようとついていったためにインサイドは手薄になっているということだ。
「行けっ!」
 トップオブザキー付近にいる同級生の鷹森一夏の声に押され、ゆっくりとしたドリブルから一気に速度を上げ、抜いていった。あとはゴールにボールを届けるだけ。
「さすがメイルガール」
 そう言ってひなたが背中をポンと叩いてくる。
 呼ばれ始めた時は気恥ずかしかったけど、今は気に入っている。6文字の言葉に込められた思いが、信頼で満ちていて、あたしの背中を押してくれるから。

 〇 〇 〇

 あたしのもう一つの名前を聞いたのは冬休みの練習の際だった。
「千春はNBAを見たことがあるかい?」
「少しだけ」
 いつかの練習中に音居コーチから話を聞かされたことがある。
「昔、カール・マローンという選手がいてね。調子が良くても悪くても、たとえどんな状況でも、黙々とゴールにボールを届ける男だった。それゆえ彼は“メイルマン”と呼ばれていた」
「……はあ」
「ポジションこそパワーフォワードで、千春のシューティングガードとは違うけど、どんな相手だろうと確実にゴールを配達してくれるのはマローンそっくりさ」
 あたしは音居コーチの言う意図が掴めず困惑していたが、横から柚季が入ってきてくれた。
「メイルマンだと武骨だし、千春はメイルガールでしょうか」
 からかわれているのかと思ったけど、柚季はそういう人間ではない。むしろ真剣に言っている。この先輩はドのつくほど真っ直ぐな人なのだから。
「メイルウーマンのほうが正しいのかな。ねぇひなた、どう思う?」
「千春の体格的にもガールのほうが合ってそう」
「いいな~恋もあだ名? 異名? 通り名? 欲しいなぁ」
 コーチとの雑談のはずが、気付けばだいたいみんな集まってしまった。注目を浴びるのはあんまり好きではない。
「ほら休憩も終わりですわよ! 次は3対3の速攻練習!」
 白金惠実が上級生らしく全員をたしなめる。助かった、と思った。けれど。
「……メイルガールなんだから、外さないでよね」
 同学年で同ポジションの鷹森一夏があたしにしか聞こえない声で言う。
「任せて」
 あたしにとって、ここは大事な場所。一度は諦めかけたけど、みんなのおかげで夢を追えることになった。だから、あたしはあたしに求められることを全部やる。全部やって、夢も叶えてやるんだ。

 〇 〇 〇

 試合も最終クォーターに入った。点差は付けているものの、防戦に転じつつあった。
「朱里、PGを少しの間頼む。恋を休ませるぞ。朱里はゲームのペースを落としてくれ」
「はい」
 同学年の熱田朱里がジャージを脱ぎ、交代を告げにオフィシャルのもとへと走った。
「千春。もう少し出てくれるか。その代わりに芽衣を入れて負担を減らす。芽衣、足は残っているか? ディレイオフェンスだが、隙があれば芽衣は速攻で先頭をぶっちぎっていい」
「よゆーっす!」
 元気印の朝陽芽衣も同学年のフォワードで、あたしよりも足が早い。負担が減るどころか、かなり助かる。特にみんなが疲れている終盤には。
「那美も辛抱してくれ。ひなたはファウル数気を付けて。ファウルするくらいなら得点を与えていい。残り5分までは耐える」
「って、ディフェンスをザルにしてしまっていいんですか?」
 蜂宮那美の疑問も当然だ。けどすぐに音居コーチが答えをくれた。
「終盤入る前にファウルアウトだけは避けたいんだ。特に相手はインサイドに頭数がいる。それに、たとえ点を取られてもうちには確実に点を取り返してくれるのがいるだろ」
「……しっかりやれよ、メイルガール」
 今日もからかうように一夏が言う。もちろんその意味がないこともわかっている。
「ここを勝てば本戦につながる。病院にいる柚季にいい報告を届けてやろうじゃないか!」
「はい!!」
 得点を届ける。吉報も届ける。
 あたしがやるべきことはシンプルになった。

「あのガードを止めろ!」
 残念だけど、あたしを止められるディフェンダーはいない。……あたしの“配達業”の邪魔をするな。
「いいよ千春」
 朱里に励まされ、あたしはさらにペースを上げる。ドライブ、アウトサイドシュート、ストップアンドジャンプ、フローター。ありとあらゆる方法でゴールに得点を配達し続けた。相手チームのコーチのボルテージはさらにあがり、徹底マークの指示が出た。すると何が起きるのか。……簡単だ。だってこれはチームスポーツなのだから。
「リバウンド、取ったぁ! 千春!」
 ひなたからあたしにボールを渡そうとするも、ボールすら持たせないマークを試みてくる。
 ――それを待っていた!
 ひなたがあたしにパスするようにフェイクをし、すぐにハーフコートを既に超えた芽衣へとタッチダウンのようなパスが通る。閃光一撃。芽衣はノーマークでシュートまで決めた。
 相手からすれば、誰を守ったらいいのかという気持ちだろう。
「迷うな! 8番だけを守れ! 速攻はケアしろ! シュートはいつか外れる!」
 けれども現実は上手くいかない。あたしを囮に朱里がパスを捌き、みんなが着々と得点を重ねていく。ならば、とあたしのマークを緩くすると今度はあたしの配達が捗る。
 相手が苦労して得点を上げても、こちらが何の苦も無く入れ返すとそれだけで相手は精神的に疲弊するのだ。
「パターン入ってきたっすよ!」
 芽衣が声を上げたころにはもう残り五分だった。制限が解除される時が来たのだ。
「朱里、恋とチェンジ。芽衣は一夏と。インサイドはディフェンス強度上げていこう! もう少しだ。流れはがっちり掴んでる! でも離れるのもすぐだぞ!」
 コーチの言葉をあたしたちは体現していった。
「チハ、ローポストで!」
 恋から再びローポストでボールを受ける。前半にもあったシチュエーションだ。ディフェンスを背にしてゆっくりとドリブルを始め、ギアを上げて抜き去る。配達までもう少し。だけど、流石に二度も同じプレイには相手もひっかからないわけで。だからあたしは右へ“手紙”を投げる。
 受け取ったのはゴール正面・トップオブザキーで待っていた一夏だ。
 綺麗に回転がかかったボースハンドシュートがリングに水しぶきをあげた。
「ナイスパス」
「……手紙」
「手紙? ……あぁ、パスも手紙ってこと?」
「うん。どうだった?」
「速さも丁度よかったし、バウンドパスにしたのも良かったわ。あんただけがスコアラーじゃないんだからね。私もちゃんと“配達”するし!」
 一夏とあたしはハイタッチをする。前まではパスも投げっぱなしだった。だけど、今は違う。「決めて」という想いを込めている。
 恋がナンバープレイを指示する。あたしはそれを見てすぐに恋のパスを受けた。あたし一人を残して全員が逆サイドに陣取った。必然的にゴール下のスペースが広くなる。
 右か、左か。いいやシュートか。色んな事がディフェンスの頭に浮かんでいるに違いない。思考回路を少しでも使わそうと目線を右に振る。反応のいいディフェンダーは少し重心を右に傾けたが、その瞬間を待っていたわけで。
「届ける!」
 あっさりとディフェンスを抜き去り、レイアップシュートを決めて見せた。残り3分で18点差。あたしはみんなが喜んでいるのを見て、より気合を入れる。他のコートメンバーも同じだ。
 その後、相手に主導権を渡さないままゲームをクローズした。

 今日も勝った。これで少しはあたしの夢に近づくかな。
 そんなことを思っていると先輩たちから手荒いタオル攻撃を受ける。
「ちょっ、あの」
「MVPだねチハ! って、その様子は気づいてない?」
 恋に言われても全く理解できない。
「……あんた、何点取ったか覚えてないの?」
 そう言って一夏があたしにスコアブックを見せてくる。あたしの名前の欄を見ると、得点が40点とあった。
「40点も“配達”したのに感動がないわね」
「……それがあたしの仕事ですんで」
 そう言うと上から声が聞こえてきた。聞きなじみのある声。あたしをここに連れてきてくれた人の声だ。
「みんな! おめでとう!」
 怪我で病院にいるはずのキャプテン・網野柚季が顔をのぞかせる。
「せんぱい、病院は……?」
「許可貰って抜けてきたの! それよりも、千春! お疲れ様!」
 この先輩だけはどうも苦手だ。真っ直ぐすぎて、陰陽で言う所の陰のあたしにはまぶしすぎる。……だから背中を預けたくなっちゃう。
「ちゃんと治して本大会には間に合わせるからね! そしたら私がたくさん配達の手伝いするから!」
 そう言って引率の副顧問に連れられて行った。本当に抜け出してきたようだ。
「一夏」
「なに」
「配達業は譲らない、よ」
「実力で奪うから、失業の心配してなよね」
 あたしはこのチームが大好きだ。
 だから、あたしはこれからも得点の配達を続ける。
 ……みんなの喜ぶ顔が見たいから!

サークル情報

サークル名:まりあ骨董
執筆者名:汐江アコ
URL(Twitter):@mari_ako_tto

一言アピール
ローファンタジー、時々百合。
今回は数年前に執筆した女子高生バスケ部の青春群像劇「ショットガンガールズ」のスピンオフを投稿させていただきました。初見の人も楽しめる内容になっています。

少女は手紙を届け続ける。それが彼女の存在意義なのだから――。

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