出せなかった手紙

 部屋を片付け始めたのは葬儀の数日後。母の仕事部屋から大きな爆発音がしたのがきっかけだ。恐る恐る部屋に入ると卓上で小さな花火が上がっていた。母はいまどき珍しい魔女だったので変わった持ち物が多かったけれど、まさかそんな危険物が紛れ込んでいるとは。母の仕事部屋は人によっては宝箱かもしれないけれど、それほど深く魔法を知らないわたしにとってはゴミ箱だった。できればしばらく手をつけずそのままにしておきたかったのに。
 片付け始めること数日。この部屋には不似合いな可愛らしい箱を見つけた。母の好みとかけ離れた小花柄の箱で、中には未開封の封筒が行儀良く並んでいる。宛名宛先は全て同じ、差出人は全て母。事実から察せられるこの手紙の正体があまりにも母と結びつかなくて戸惑う。喧嘩っ早くて酒好きで喜怒哀楽が激しくて。手紙を認めるタイプですらなかった。だというのにここに残されているのはどう考えてもセンチメンタルの権化「出せなかった手紙」だ。
 母、恨むのであればこんな娘に育てた自分を恨んで欲しい。何よりも好奇心が勝った。わたしは箱の奥、最も古いと思われる封筒に手を伸ばし、封蝋でしっかり閉じられた口をできるだけ丁寧にこじ開けた。

『子供が生まれました。あなたに見せたい。とても可愛い女の子です。リアンと名付けました』
 
 差出人はアンシェンヌ、わたしの母だ。宛名にあるレイというのは誰だろう。最初の手紙はわたしが生まれた報告で、時候の挨拶もなければ愛想もない。母らしいといえば母らしい無骨な手紙。そして二通目。

『ひとり子育ては大変ですがリアンは可愛いいし毎日が楽しい。だけどあなたがいればもっと楽しかったでしょうね。レイ、会いたい。会って話がしたい。あんな別れ方をしたのにそんなことを思ってしまうの』

 母の甘酸っぱい思い出をにやにやしながら覗き見しようくらいの気持ちでいたのに、手紙の先にいる誰かを思うと胸が騒ぐ。むしろなぜこの相手を予想しなかったのか。わたしは残りの封筒も全部開け、手紙を並べた。

『最近あなたと過ごした日々を思い出すの。ごめんなさい。間違っていたのは私だった』
『あなたにも悪いところがあったわ。褒めるのはいつも他の誰かで私を馬鹿にしてばかり』
『魔法が弱まってきたの。これじゃあリアンに教えられない。私の願いはあの子に魔法を継ぐことなのに』
『もうすぐ私、死んじゃうみたい。あなたにリアンを託したい。だけど今更そんなこと言えないわね』

 それらは後悔の手紙でわたしを案ずるものだった。弱音を吐く母など想像もつかなかったけれど、書かれた文字は母のもの。そして何よりこの封蝋は母にしか扱えない特別製だ。わたしについて書かれているということは、相手はやはり父だろうか。父に会いたいと思ったことなどなかったというのに気になってしまう。父への思慕からでも恨みからでもない。あの母にこんな手紙を書かせる人間に会ってみたいと思ったのだ。
 住所を確認すると、どうやらそれほど距離はない。わたしのような日曜魔女でも箒で2時間も飛べばたどり着けるだろう。母ならきっと1時間。そんなに近くに住む相手にわたしの年齢分だけ出せない手紙をため込んでいたなんて。
 母は強い人だった。世間に笑われながらも時代遅れの魔法で生計を立て一人でわたしを育ててくれた。そんな母に立ち向かうことなく後悔させた父に興味がわかないはずがない。
 わたしは早速納屋から箒を引っ張り出した。母譲りの箒は反抗的でなかなか言うことを聞かなかったけれど、休み休み3時間かけて夕方には目的地へとたどり着いた。

 思いのほか時間がかかったのは箒のせいでもあるけれど、目的地がとんでもない場所にあったからだとも思う。住所という文字情報ではわからない切り立った山の中腹。こんなに不便で寂しいところに住んでいるのだから、父はもしかしたらとんでもなく変わり者なのかもしれない。
「こんにちは」
 扉を叩く。すると壁に据え付けられたランプがふわっと灯り、ほどなくして扉が開いた。
「どなたかな」
「リアンといいます」
 出てきたのは意外にも女性だった。わたしはハッとする。これだけ時が流れているのだ、父に新しい家族があっても不思議じゃない。そう思い至ると母の名を告げることがためらわれた。この人は父の妻かもしれない。恋人かもしれない。まごまごしているとその人は箒を一瞥し意外な言葉を放った。
「お前、もしかしてアンヌの?」
 アンヌは母の愛称だ。
「はい、アンシェンヌの娘です」
 ここぞとばかりに答えると、立ち話もなんだからと誰ともわからぬその人は家の中へ招いてくれた。通された部屋には他に誰もいない。壁一面に珍しい石が並んでいて、わたしでもわかるくらい強く魔法の匂いがした。
「まさか娘とは。いやその箒に覚えがあったんだ。それにお前はアンヌと同じ魔法の匂いがする」
 箒は母から譲り受けたものだ。魔法の匂いがわかるというならこの人もきっと魔女だろう。
「で、アンヌの娘が一人きりでなぜここへ?」
「母は死にました」
 続け様、わたしはここに来るまでの経緯を話した。母の手紙を見つけたこと。宛先をたどってここに来たこと。
「あなたはレイさんですか?」
「そうだレイランだ。アンヌにはレイと呼ばれていた」
 つまりあの手紙は父親宛てではなく、この女性宛てだということ。
「失礼ですがレイランさんは母の恋人だったとかは」
 わたしの質問に彼女は唖然とし、そのあとすぐに大笑いした。
「いや失敬。面白い子だ。恋人? とんでもない。アンヌとは喧嘩ばかりだったよ。なぜそう思ったのか知らないが、差し支えなければ私が受け取るはずだった手紙を見せてくれないか」
 出すつもりがあろうがなかろうが宛名はこの人、レイランさんだ。わたしは思い切って手紙を全部差し出した。次から次へと手紙を読む彼女。眉間にしわが寄っていく。待つことしばし。溜息が聞こえた。
「本当そういうところだよ。大っ嫌いだ」
 そう吐き捨てると細い指先で煙草を摘まむ。そしてわたしにすまないねと断りながらふうっと煙を吐いた。
「あれだけ断固として謝らなかったくせに、届かぬところで勝手に謝って勝手に満足して勝手に懐かしんで。気に入らないな。そんなの謝罪でもなんでもない」
「母とは友達だったんですか?」
「友達というか師匠が一緒なんだ。ここは元々師匠の家でね。この家で子供の頃から一緒に過ごした。だが10年以上前に揉めてね。明らかにあいつが悪いのに謝りに来ないからそれっきりだ」
「どうして喧嘩したんです?」
「私はアンヌの結婚に反対していた。理由はもはや忘れたが」
 喧嘩してこの家を飛び出したのだという。母が一人でわたしを育てていた事実やあの手紙の内容から察するに、レイランさんの反対は多かれ少なかれ真っ当なことだったのだろう。母は結婚を悔い、レイランさんと過ごした日々を懐かしく思った。けれど反対を押し切り飛び出した手前、きっと戻りたいとは言えなかったのだ。
「自分勝手なのは知っていたが死んでもこうか。ん、待てよ。もしやあいつ、ここに届くことを見越してこの手紙を書いたのか?」
 言葉の意味がわからずわたしは首を傾げた。
「手紙の中身だ。お前の母親はこんなしおらしい女だったか?」
「この手紙には正直わたしも戸惑いました」
 だからこそ興味を引かれここまでやって来た。
「この手紙はきっと、お前が私に届けることを見越して書かれたものだ。謝らずに死ぬのは逃げるようで嫌だが、だからといって謝りに来るのもプライドが許さない。お前が私に届ければあいつにとっては丸く収まることだったんだろう。出さない予定の手紙などではない。届くこと前提でこの手紙を書いたんだ」
「流石にそんなことは」
「あんな女を信じるのか? 」
「ええと、一応母親なので」
 死んだ人間を相手にレイランさんは全くもって容赦がない。母の友人に相応しいなかなかの気性だと思った。
「そうか。ならばそう思っておくといい。どちらにしろこんなものは謝罪ではない。私はアンヌを許さない」
 レイランさんがなぜそこまで言うのかわからなかったけれど、長い付き合いがそうさせるのだとしたらそのまま受け止めるしかない。二人の歴史は二人だけのものだ。
「だがお前の面倒は見よう。お前の師匠になってあげるよ」
 やはり変わった人なのだと思う。思いがけない言動に先ほどから翻弄されてばかりだ。
「母を許さないんじゃないですか?」
「許さない。許さないがそれでもアンヌは昔馴染みで、私は死んだ昔馴染みの願いくらいは叶えられる魔女でありたい。あいつの願いはお前を魔女にすることだ」
「わたし魔女になるとは決めてなくて」
「魔法を習ってから決めればいいさ」
 母とレイランさん。二人の難解な友情に挟まれ困惑していたけれど、魔女になる可能性を追うのであればこれはまたとないチャンスだ。魔女の数は少ない。師事する相手に巡り会うのもそう簡単なことじゃない。母があれだけ執着した魔女という道。あのゴミ箱のような仕事部屋を宝箱だと感じてみたい気持ちは少なからずあった。
「でしたらよろしくお願いします。レイラン師匠。運命ってわからないものですね」
「何を言ってる。あいつの策略にそんな綺麗な名前をつけなくていい」
 母の手紙がどのような意図で書かれたものか。レイラン師匠が言うようにわたしが届けることを意図して書かれたものか、あるいは誰にも見せないつもりで日記のように書かれたのか。真相はきっと永遠にわからない。けれどこの手紙のお陰でわたしには師匠ができた。この先しばらくを共に過ごす相手ができた。人と人とを繋いだのだからどんな意図で書かれたにしろ、母の手紙は手紙としての役割を十分に果たしたと言える。

 わたしの運命を変えた手紙はいまでも、師匠の家の大切なものを置いておく場所にしっかりと保管されている。母には不似合いの可愛らしい小花柄の箱にきっちりと収められたまま。

サークル情報

サークル名:酔庫堂
執筆者名:七歩
URL(Twitter):@naholograph

一言アピール
変わったことはひとつくらい。その変わったことが割とすんなり受け入れられている世界で、悲しんだり喜んだりする人々のお話を書いています。人々、じゃないことも多いです。今回は魔法をほぼほぼ使わない魔女たちのお話でした。読んでくださってありがとうございます。おかわりが必要な方は酔庫堂の本をどうぞ。

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