ごようじなあに
ごようじなあに
ポストに投函された定型郵便物は、集配を担当する郵便局で仕分け機にかける。超高速のベルトコンベアーによって運ばれ、その途中でスキャナが郵便番号を読み取って、同じ番号のものが同じ位置に集まるように分別される。
番号を判別できず、分別できなかった郵便物はリジェクトとなる。つまり、「行先不明物」として弾き出される。
それらは人力で仕分けねばならない。小さい字、薄い字でも郵便番号が書かれていれば話が早いが、書かれていなければ、宛先に書かれた地名を人の目で読み解く必要がある。これが存外手間なのだ。誰も知らない珍しい地名だと、騒ぎになったりする。
郵便番号は正しくはっきりと。郵便局では常にそのように呼びかけております。
○
かくいう自分は、郵便局の仕分けバイトである。鉄道マニアでもあり日本地理を正規職員以上に把握しているので、そうした困りごとが起きたとき、バイト仲間たちに重宝されていた。
「あなぐりってどこよ」
「それ宍粟って読むんです。姫路六七〇」
「留め……萌え?」
「北海道の留萌ですね、〇七〇旭川……だったと思いますけど、まぁ、千歳行きに載せとけばなんとかなるでしょ」
そんな風に、郵便番号の記載がなく、宛先がどこかわからない郵便物は、自分の元に持ちこまれるのが通例になっていた。すると次第に、地名がわからないというだけでなく、書き損じや金釘文字で読めない、なんてのも持ち込まれるようになり、それはそれでパズルを解くような面白さがあって、自分はその仕事を引き受けるのをわりと楽しみにしていた。
ある日先輩が、一枚のハガキをぷらぷらと振りながらやってきた。
「さすがのキミも、これはわからんよぉ、きっと」
「え、どこですか、調べますよ」
「いやーわからん。君にだって絶対わからん」
妙なドヤ顔が鼻につく。むか。無性に敵愾心がわいた。
「日本語だったら、今わからなくても必ず調べてみせますって」
「言ったな? ほれ」
かかった、とばかりに、ドヤっぷりを増した表情で先輩から押しつけられたのは。
明らかに幼児の手になる、文字かどうかも判別の難しいグジャグジャした鉛筆書きのハガキだった。なるほどわからん。
「必ず調べるんだよな? まかせた!」
先輩は逃げていった。こんなの、即座に宛所不明へ分別すればいいだけなのに、要するにイヤガラセだな、これ。
しかし、日本語なら必ず調べてみせると豪語した手前、すぐ投げ出すのもしゃくに障る。
読み解いてやろうじゃないの、幼児の字!
○
渡されたハガキを、一瞥する。
まず幸いなのは、宛名書きの左下に差出人の名と住所ゴム印が捺されていることだ。親のものだろう。これなら、もし何もわからなかったとしても、この住所に送り返せばすむ。
おそらく、これを書いた子供の親は、頻繁にハガキを使う仕事か趣味を持っていて、差出人住所をあらかじめ捺したハガキを大量に用意していたのだ。それを、子供が勝手にくすねて書いたのだろう。
親にナイショで、幼児が誰に何を伝えたかったのか───ハガキの文面を読むなんてのは、郵便局員として誉められた話ではないが、今はしかたない、ハガキを裏に返して、文面を見た。
何も書いてなかった。真っ白だ。
はて。
もう一度表に返して、宛名書きを確かめる。
ゴム印の他に、幼児が力を込めて書いたとおぼしき、やたら濃い鉛筆書きの字が、三カ所に書かれている。……にしては、個々の文字は小さいな。気が小さい子なのだろうか。
ポイントは、そのうちの一カ所、ゴム印の左に本人の名前らしき文字列があることだ。〝かい〟か〝かこ〟か。二文字目は右上がかすかにはねているように見えるから、〝かこ〟という女の子ではなかろうか。
名前そのものは何でもいい。この子はひらがなを知っている。かつ、ハガキのこの位置に名前を書くと知っている、つまりハガキの書き方を理解している。そこが重要だ。
だとすれば、これはいたずら書きではない。ゴム印の右に、二カ所に分かれてグジャグジャ書かれている文字群も、それぞれ宛先と宛名と考えられる。
文面がないのが謎だが。ともかくこの子は、遠くの誰かに何か伝えたくて手紙を書いたのだ。ならば届けるべく努力するのが郵便局の意地ってものだろう。
文字は傾いでいるものの、宛名書きの二カ所の文字群は、その文字の並び方から見て、縦書きで二行に分けて書いたものと推察できた。ハガキの書き方を知っているのだから、一行目に宛先住所、二行目に宛名を書いたと考えられる。
この仮定で進めてみよう。
一行目の宛先。これは、場所を示す言葉になるはずだ。
しかしよくわからない。文字とすら判別は困難だ。
最初の文字からわからない。アルファベットの小文字のyっぽい交差線があって、その二画目の後に点がくっついている───いや、少しだけ右に折っているのか? 〝そ〟の上半分に見えるが、これで一文字なら〝と〟かもしれない。
そして右上に点が二つ。これは……濁点か? なら一文字目は、〝ぞ〟か〝ど〟だろうか。
だがその後がさっぱりだ。点がぞろぞろと並んでいるようにしか見えない。点の数は九個。縦に並んでいるように見えて、左にも右にも散らばっている。最後だけ点でなく、うねうねと波打った何かが二つ続く。
……最後のうねうねは〝ん〟に見えるな……それから、真ん中あたりにある二つの点は、位置や書き方的に、一文字目の濁点と同じものに見える。
〝ぞ(ど)・・・`゛、・・~ん〟
わからん。
二行目の宛名の方が、はっきりと読み取れる字が多い。だが、人の名前だとしたら、一部が解読できるだけではダメで、正確に読み解かねば特定はできない。
全部で六文字あると見える。
一文字目は、右上から左下にぐっと線を下ろし、最後にちょっとだけ右に折れている。素直に見れば、これは〝く〟だ。
二文字目は、アルファベットの〝Z〟……いや、最後ちょっと内に跳ねてるか、これ。〝M〟を横に倒したかたち、あるいは数字の〝3〟。
三文字目はこの謎の宛名の中でいちばんハッキリ、一目瞭然でわかる文字だ。〝か〟だ。
四文字目がよくわからなくて、漢字のくさかんむりがねじ曲がった何かだ。しかしじっくり考えれば、長い線に対し二カ所交差する線がひらがなは〝き〟か〝ま〟だけであろう。その周りにチョンチョンと点があるのは、これ濁点か? とすると〝ぎ〟か。
五文字目はもっとわからないが、四文字目と印象が似ている。ただし交差は一カ所で、濁点はない。なら〝さ〟か。
その後は、うねうねと波打っている。
〝く3かぎさ~〟
二文字目だけ数字ってことはないよな。ひらがなとすれば……〝ろ〟か。なら、くろかぎ? 黒鍵ってなんだろ。ピアノ?
うーん。
もう一度、ハガキ全体を俯瞰してみる。
〝ぞ(ど)・・・`゛、・・~ん〟
〝くろかぎさ~〟
…………待てよ。
宛名の最後のうねうね、宛先の方で〝ん〟と判別したものと似てないか? 〝くろかぎさん〟?
待て、似てる似てないでいえば。
ゴム印の隣の〝か〟と判別した文字と、宛名の〝か〟と判別した三文字目。同じ字のはずなのに、似ていない。違う字だと勘が告げている。前者は曲がりと跳ねがはっきりしているが、後者はどちらも弱い。
……あぁぁ! これ〝か〟じゃない、〝や〟だ!
そうだよ、オレも、子供の頃この二文字の区別つけらんなかったわ!
つまり?
〝くろやぎさん〟だ!
なら宛先は?
〝どうぶつえん〟だ!
わかってみればなんのことはない。この子の書き文字は、書き出しは強く書くが、字画の最後はとても弱く小さくなる特徴があるのだ。だから〝う〟や〝ふ〟の曲がりも小さくて、文字全体が点の集合に見えたのだ。
文面が真っ白である謎も解けた。
くろやぎさんなら、読むわけないもんな!
○
ゴム印の住所からさほど距離のないところに、市営動物園がある。象もライオンもいない、最大の展示がヘラジカというちんまりしたものだが、意外と人気はあるらしい。
ハガキをそこへ配達するよう、上長を通して配達部門に届けたところ、後日、差出人の女の子───かこちゃんの親御さんと、それから動物園から、それぞれ感謝の手紙が返ってきた。
市営動物園では昨今、地域の雑草処理にヤギを貸し出す試みを始めたらしい。かこちゃんの住まう団地にもやってきて、人なつっこい黒ヤギは子供たちに人気があったそうである。
数ヶ月で雑草を食べ尽くして、動物園に帰っていったわけだが、かこちゃんはその小さな頭で、「じゃあこれからごはんをどうするのだろうか?」と考え、「おてがみをおくればたべるにちがいない!」という結論に達したらしい───というのが、親御さんからの説明だった。
動物園からは、まず親に向けて、ハガキのような薬剤で固めた洋紙をヤギが食べると毒なので、今後は送らないように、という注意書きが一筆。加えてかこちゃんに、「さっきのてがみのごようじなあに?」というヤギからの返事とともに、遊びに来て教えてね、と園への招待チケットが送られたという。餌やりイベントに優先参加のおまけつきで。
感謝の手紙を読んで、判読した甲斐はあったと多少の満足感は得たものの───それで何か、お気持ち以外の見返りがあったわけではない。一介の郵便局バイトとしては、かの童謡の中で、いささかの疑念もなくエンドレスの往復を続ける郵便配達員に、想いを馳せたりもするのである。
サークル情報
サークル名:DA☆RK’n SIGHT
執筆者名:DA☆
URL(Twitter):@_darkn_s
一言アピール
現代・SF・ファンタジー脈絡なく書いています。
なろうやカクヨムにもいますので、お暇でしたらどうぞ。
自分が郵便局バイトだったのははるか昔の話なので、今は何か超テクノロジーが導入されてたりするかもしれませんが、気にしないでください。……そういえばかつては、郵便関連の実用本を作ったりもしたなぁ……。