扇動ジャーナリストの虚構レポート

扇動ジャーナリストの虚構レポート

 歴史的な出来事を報じられるとあって、編集部は色めきたっていた。
「やっと、本物のお言葉を載せられるな……」
 ヒゲを蓄えた編集長の男がエリシオの肩に手を乗せながら、小声で呟いた。
「……匿名だからって街角インタビューを盛る編集長に言われたくないですね」
 エリシオは軽く抗議の意思表示を示した。編集長はワハハと笑って、今度はエリシオの金髪の髪をわしゃわしゃとした。
 その快活なノリから一転、急に表情を引き締めてテキパキと編集部員に指示を出す。
「いよいよ殿下と総督の歴史的会談だ。独立への話が一気に動くぞ。軍令部、総督府へはおまえらでコメントとってこい。俺は会見場に行く。取材票を忘れんなよ。おまえらの身柄は大手新聞社様が保証してくれるからな」
 編集部員たちはいっせいに黙ってうなずく。
 誰もかれもが赤い髪に、赤みがかった瞳だ。一人だけ、金髪碧眼のエリシオはただでさえ、見た目にも浮いていたが、この時も熱ぽい編集部員の中、いつもと変わらず淡々とタイプライターを叩いた。
「留守番を頼む。紙面構成を考えておいてくれ」
 編集長の指示には手を挙げて返事に替える。
 ぞろぞろと出かけていくのを見送りもせず、ただ無心にキーを打つ。
 世紀の会談とやらがうまくいった際の記事を用意しておくのだ。本来ならうまくいかなかった際の記事も念のために用意しておくべきだが、エリシオに言わせれば、こんなものは予定調和でしかない、なので、うまくいった際のものだけで事足りる。
 帝国の占領下、圧政に苦しむこの国の民にウケるポイントはよくわかっている。
 帝国の武力により滅亡した王国の生き残りである王女の存在。それこそがこのファイナリア地方の希望。反帝国組織リフレイムの指導者でもある。
 民衆を導く、魅力溢れる指導者。
 そして、今エリシオが記事を書いているこの場所がこそがリフレイムの機関紙「灯火」の編集部だった。
 紙面に踊る彼女の言葉は、まるで神のお告げのようにありがたがられる。
 姿を現さないゆえ、言葉の真偽は問われない。
 今日もお言葉が紙面に載っている。
 彼女の健在ぷりがわかればそれでいいのだ。
 ボクの独占取材、と称してエリシオは誰もいなくなった編集部でお言葉のコーナーを仕上げた。歴史的というからには情感こめて。
 この「灯火」の立ち上げから関わっているエリシオとしても編集長ほどではないが、たしかにここまできた、という想いはあるから、つい文字数オーバーしてしまい、削るところに頭を悩ます。
 順調に記事を仕上げていると、頭の中から懐かしい声で反論が聞こえてくる。
 私は事実を伝える。
 いつもそう主張する女の声。
 エル……。
 その名を無意識に口ずさんで、キーを打つ指が止まった。
 今、ボクにはたくさんの読者がいる。
 キミとは違う読者層だが、みんな僕の記事を喜んでくれている。こんなに嬉しいことはない。
 頭の中で伝えたい言葉が並んでいく。
 自然に頬が緩む。
 今なら、書けるかもしれない。
 傍らにあったペンを乱暴に机の上に投げ、紙とインクを叩きつけるように用意する。
 一緒にファイナリアへ取材にきて、エリシオだけが残った。
 何度も手紙に書こうとして、単なる政治情勢報告になってしまい、ボツにした。そんな事を書いても、うんざりされるだけだ。
 でも、今なら。
 いつもは紡げない想いを書き起こせるかもしれない。
 幾度もうまく書くことが出来なかった、自分自身の気持ちを。
 と、気持ちが高まったところで、唐突に玄関から戸を叩く音が聞こえる。
 控えめのノック。
 舌打ちしながら、時計を確認する。
 なるほど、いつもの時間だ。
 原稿から離れ、念のため壁に背をつけ、扉の正面に立たないようにする。
「行商のシエロです」
 いつもの時間通りに現れたのは、出入りの若い行商人だ。定刻に現れては食べ物を売りに来て、若い編集部員の小腹を満たして小銭を稼いでいく。
「今日は人がいないから、またにした方がいい」
「そうですか、しばらく遠出するのでご挨拶にと思ったのですが」
 遠出ね。意味深に受け止める。
 わざわざ隠れ家的な編集部をのぞきこんで小銭稼ぎをするということは、別の目的があって接触を試みているというのはエリシオの見方だ。他の編集部員はそうは思わないらしい。とんだ危機意識とエリシオは苦笑する。
 しかし今この場に二人ならば……面白い話が出来るかもしれない。
 年季の入った木製の扉の鍵を開け、彼を招き入れる。
 この国の民である赤い毛ではなく、茶髪の若い青年が笑顔が現れた。
「ありがとうございます、お一人ですか?」
「歴史的な報道らしいからね、みな出払ったよ」
「聞きました、殿下がついに姿を現すと。ところで、これは僕からの差し入れです」
 新聞で包まれていた蒸したての芋を寄越す。
「ありがとう、お腹が減っていたんー」
 包まれていた新聞に見覚えがある。
 第三帝国新聞。
 しかも文化面、競馬記事じゃないか。
 三流大衆紙の、しかも競馬記事とくれば、興味のない人にとっては包み紙につかうのはいたく普通のことである。
 しかし、ここはファイナリアだ。
 いかに帝国の支配下に置かれているとはいえ、帝国の首都で刷られる三流新聞が易々と手に入るとは考えにくい。
「どうかしました?」
 青年は柔和な笑顔を崩さず、様子を伺ってくる。まるで反応を楽しんでいるように。
「いや君、芸が細かいね。僕が第三帝国新聞社出身と知っている。しかも芋だ。帝国の腐敗を告発した地下出版の『芋と鉄道強盗』はたしかにボクが偽名で書いた。君はそれをわかっているのだろう」
 エリシオは仰々しく問う。
 青年は不敵な笑みを浮かべるのみだ。
 もはや貧乏行商人の小銭稼ぎの態度ではなかった。
「君はただの物売りではないね。ボクに言わせると、君はファイナリア情勢を反帝国側から眺めるどこかの組織だろう。ただ、リフレイムと手を組むかはまだ様子見と言ったところかな」
 反帝国政府組織の名をいとも簡単にエリシオは述べた。
 青年は黙って聞いていた。笑みは消えていた。
「ま、君がどんな組織のスパイかはわからないが、ボクの書いた新聞の読者を増やしてくれるなら、協力は惜しまない」
「お言葉ですが、これを帝都で配ると捕まってしまいます」
「それなら大丈夫。この第三帝国新聞社に持ち込めば、取り合ってくれる。ああ、ちなみに第三帝国新聞社はリフレイムと繋がってるわけじゃない。ボクの個人的な繋がりだ。そうだな……文化娯楽部にエルという女性記者がいる。彼女だったら近づきやすいだろう。見本誌を一部渡すだけでいい……そうだ、この際だから手紙を届けてくれないか」
 まくしたてながら、エリシオはまだ宛名しか書いていない手紙を迷いもなく封筒に入れ、蝋で封じて、有無を言わせずにバックナンバーと一緒に押しつける。
「ラブレターの配達ですか」
 冗談ぽく笑いながら青年は受け取る。
 エリシオは腕を組んでしばし真面目な顔で沈黙する。
「いや冗談ですよ」
「いいんだ。そう思うのは自然だ。でもそこにはこの国の重要なことが書いてある」
「聞いていいんですか」
「今日は歴史的な一日になるというのが、世間の認識だが、ボクから言わせてもらえれば茶番だ」
「茶番? 歴史的じゃないんですか」
「だって救国の指導者フィン王女は帝国総督府で総督の有能な秘書フレアとして働いている。そもそもこの帝国の併合は国難ではなく、ファイナリアの文明的価値を上げるための壮大な計画だ。帝国亡きあと、田舎の王国では生き延びることができないからね」
 まるで見てきたかのように、エリシオは持論を続けた。
「総督も王女の支持者だ。だから総督室では毎日首脳会談が行われている。併合後、地元勢力の抵抗が薄いのもそういう理由さ。いつか帝国をあざむくことがお偉いさんの間では織り込み済みなんだ。だから今は我慢の時と書けば新聞が売れるのさ。打倒を大きく打ち出さないから取り締まりも弱い。もっとも取り締まる側にもシンパを置いてるからお互い派手なことはしなければ黙認ということさ」
「まるで常に当たり馬券をもっているかのようですね。驚きです」
「君は冷静だね。何も知らないこの国の民ならもっと大げさに驚くよ」
「いやこれでも驚いていますよ。どれくらいかというと」
 唐突に、先程エリシオが託した手紙をおもむろに取り出すと、静かに真っ二つに引き裂いた。
「私たちは茶番を伝えるために危険を侵せません。フィン王女はともかく、ここファイナリアの地で最初の革命を……」
 本性を現し語り出しところに、今しがた引き裂いた手紙の破片が風に流れて彼は気づいた。
「何も書いてない……?!」
 エリシオに言わせれば、これから書こうと思った宛名だけのもの。
 彼は頭を抱えた。
 白紙の手紙をブラフにつかわれ、わざわざ正体を晒してしまった。
「何も書いてもいないとはいえ、手紙を破かれるのは堪えるね。もっともエル・プリメロ記者は実際にいるから訪ねてみてくれないか。最初に言ったけど、君がどこの組織かはそれほど興味がない。あまり気にしなくても良い。今日は誰もいないことだし。それに、ボクの言葉がどこまで真実かは」
「お約束通り! そのエル記者にこの見本誌を届けましょう」
 歯を食いしばりながら、彼は言葉を重ねる。
「俄然興味が湧いてきました。あなたのような人が我々の仲間にいれば我々はもっと攻勢に出れたでしょう。しかし見ていてください。きっと我々も革命を起こしてみせます」
「その時は取材させてもらうよ」
 青年は新聞を一部だけ握りしめて去って行った。
 その後ろ姿を見送り、エリシオはため息をつく。
 また、エルを巻き込んでしまった……と、

 破かれた手紙には一言だけ、書きかけの言葉があった。
 それは誰にも読まれずに屑となって消えていった。

サークル情報

サークル名:MisticBlue
執筆者名:みすてー
URL(Twitter):@mistic

一言アピール
MisticBlue/みすてー
なんだかうさんくさい話になってしまいました。
当作品は「ファイナリアクロニクル」の書き下ろし番外エピソードです。
「ファイナリアクロニクル」はテキレボEX2にて、新刊として頒布予定です。
あわせて既刊「トランスポーター」をご覧になるとより一層楽しめると思います。

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