筆不精

 真っ白な紙を前に鉛筆を握ったまま固まる俺。
――何を書けばいいんだ?
 頭の中で彼女の事を思い浮かべ、彼女が好んでくれるような文章を探してみるが、なかなか見つからない。とりあえず彼女をイメージするような言葉を書き出した。

・美しい
・可憐
・清楚
・古風
・優しい
・綺麗
・可愛い
・純粋
・愛しい
・柔らかそう
・良い香
・触れてみたい
……………

 ここまで書き出して、ハッと気づく。
――変態かよ!
 ビリッと音を立てて文字の羅列が書かれた白い紙を破りゴミ箱に捨てる。気を取り直して、真っ白な紙に向かう。今の時代、PCや携帯電話の普及で手紙を書く事は皆無に等しい。そんな中、なぜ俺が彼女に手紙を書こうと思ったのか。
 理由は簡単。彼女の連絡先を知らないから。というより、彼女は携帯電話を持っていないから。
「私の生活に必要ないの」
 初めて会った飲み会でそう言い放った彼女は、その場にいた皆の注目を一気に浴びていた。
「なんで~? 連絡取るの大変じゃない?」
「家に電話はあるよ」
「でも、外で連絡取る時は?」
「公衆電話からかける。ほら!」
 そう言って鞄から取り出したのは、犬の写真のテレフォンカードだった。驚きの声が響く中、彼女はキョトンとした顔をしていた。俺はこの瞬間、体の中に何かが走ったのを感じた。
 その後の彼女は、皆から質問攻めにあいながらも、ニコニコと笑いながら答えていた。それなりの時間になって、飲み会と言う名の合コンが二次会へと移動する頃、彼女だけが帰ろうとしていた。しつこく誘う男達の言葉にも丁寧に断り、笑顔で駅に向かって歩いていった。
「彼女、変わってるでしょ?」
 彼女の後ろ姿を見つめる俺に、今回の合コンをセッティングした女友達が声をかけてくる。
「あぁ……今時珍しいタイプだな」
「でしょ~。柏田くん好みじゃない?」
「なっ!!」
 慌てる俺にニヤニヤしながら話を続ける。
「彼女、意外に有名な陶芸家でね。山奥に住んでるから終電が早いんだって。だから、飲みに誘っても帰るの早いんだ~」
二次会会場に向かう間、聞いてもいない彼女の情報を色々と教えてくれる友人を、いつもならうるさく思うはずが、今回はありがたく思う。

仕事で家に籠もりっきりという事
陶芸以外にも趣味で絵を描いている事
一人旅が好きという事
犬が大好きという事
意外に酒が強いという事
料理の腕が凄いという事
モテるのに彼氏が出来ない事

 彼女の事を聞くだけで、どんどん惹かれていく自分がいるのがわかった。
「彼女、年に一回、大きな個展を開くんだけど、招待状送るように言っておいてあげる」
 そう言われるがまま、俺は住所を友人に教えた。

――それから数ヶ月ほど経ったある日

 仕事から帰ってマンションの郵便受けを開けると、山のようなチラシの中から、綺麗な絵葉書が混ざっているのに気づいた。
 急いで部屋に入り、絵葉書以外のチラシをゴミ箱に投げ入れてベッドに座る。差出人は彼女で、彼女のイメージ通りの綺麗で丁寧な文字が並んでいた。
『お時間が合いましたら足を運んでくださいませ。柏田さんに、お会い出来る事を楽しみにしております』
 短い簡単な文章にもかかわらず、俺の名前が入っているだけで舞い上がってしまう。早速、俺は彼女の個展の初日に合わせて仕事の休みを取る。
「珍しい……女でもできた?」
 店長に言われるも悟られないようポーカーフェイスを決め込む。
「ちげーよ。ちょっと息抜き」
 とかなんとか言って誤魔化す。そして個展の日まで、いつも以上に仕事に没頭した。

 明日、彼女の個展が開かれる。絵葉書を受け取ってから、何度も手紙を書こうとしたが、いつも頭が痛くなって書くのを止めていた。
 そして、今更焦っている俺。元々、字を書くのが嫌いで、小学生並みに字も汚く、仕事仲間からは「読める字を書け」と言われるほどだ。何度も書いては破り、また書いての繰り返し。
 はぁ…と大きな溜息を吐く。こんな事なら、現文の授業をまともに受けておけばよかったと今になって後悔しても後の祭り。絵葉書を手に取り、彼女の事を思い出す。

他人にも時代にも流されない
自分の進む道を歩き
独特の雰囲気を纏う彼女
どんな言葉をもってしても
全てが陳腐なものになるだろう

 大きく息を吸って、俺は真っ白な紙に鉛筆を走らせる。
『貴女の事が好きです。』
 たった一言を書いただけなのに、全力疾走した後のように全身で息をする。自分の書いた字を見直す。今まで書いた字の中で、一番まともな字だと自分では思う。
 揃えて買った真っ白な封筒の表に彼女の名前を書き、裏には俺の名前を書く。俺の文字を載せた白い紙を丁寧に折り、封筒にソッと入れる。封を綴じると、明日着ていく予定のジャケットの内ポケットに忍ばせる。
――大きく息を吐き出す
 時計を見ると、既に朝方になっていて、慌てて目覚まし時計をセットしてベッドに潜り込む。

初めて書いた恋文
たった一言だけの
俺の精一杯の想い
彼女に伝わればと
願いを込めた恋文

そう思いながら、彼女に会える事を楽しみに目を閉じた。

サークル情報

サークル名:雑食喫茶
執筆者名:梅川もも
URL(Twitter):@usuasagimoe

一言アピール
初のwebアンソロ2本目投稿です。新刊(予定)・既刊ともに関連ありませんが個人的に好きなお話なので大分昔に書いたお話ですが投稿しました。いつかこのお話を完成させて紙の本にしたいと思っております。

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