この手紙は100%私でできています。

「こうしてあなたに手紙を書くのは初めてでしょうか。いえ、厳密には書いてはいないのです。私は手紙を作っただけですから。そもそも今まで毎日顔を合わせている相手に手紙を出す必要なんて発想はありませんでしたし、あまりあなたは文章が好きな人ではなかったので、今の今まで機会に恵まれることがなかっただけですね。
 気付いたのは湯船に浸かっている時でした。黒い小さな何かがふよふよと漂っているのです。体に塵でもついていたのかと思いましたが、どうやらそうではないようです。付着しているだけにしては量が多すぎるのです。じっと目を凝らしてみると、黒い小さなそれは、文字でした。ひらがなもカタカナも漢字もあります。入浴剤で乳白色になった湯船に黒い明朝体が浮いていました。湯船から上がってシャワーを浴びていても文字はどんどん流れていきます。どうやら私から出ているようです。どこから出ているのかしらと思い、体のあちこちを躍起になって調べましたが分かりません。穴という穴をのぞき込んでみましたがどこから出ているわけでもないようです。しかし、確かに文字たちは私から出ているのです。不思議なことです。邪魔だなぁ、と思っていると、文字たちが「邪魔だなぁ」と並んでいることに気づきました。どうやら私の意識に従うようです。文字は私から出てきた、つまり私の一部なのですから、当たり前と言われればそんな気もします。そこで私はひらめきました。この文字で手紙を作ろうと。
 早速私は机からレポート用紙とスティックのりを取り出して意識しては文字を捕まえて貼り付け始めました。やってみて気付いたのですが、なかなか骨が折れる作業ですね。捕まえたり貼り付けたりするのに失敗した文字も山ほどあるのであなたが目にしている文字とは比にならない量の文字と私は向き合っています。本当は残さず届けたいので、もったいないとも思うのですが、躍起になっているうちにくしゃくしゃになって読めなくなってしまったので仕方ありません。それに、もっとお洒落な便せんでもあれば良かったのですが、備えがなかったので、許してくださいね。小説は三行で飽きるあなたのことですから、もうここまでは読んでいないかもしれません。でも、良いのです。文章なんてものは所詮自己満足です。読んでもらえれば幸い、くらいの心持ちで書く他ありません。でも私は全力で書きます。あなたなら知っているでしょう。
 まさかこんな事態になってしまうなんて思っていなかったので、私はちっともあなたに気持ちを伝えられていませんでした。どう伝えれば良いでしょうか。いや、もはやこうして伝える他ないのです。私はあなたが好きです。知っているとあなたは言うでしょう。でもあなたが思っているよりもずっとずっと私はあなたのことが好きなのですよ。あなたが思っているよりもずっと。あなたになったことがないのであなたの尺度は厳密には分かりませんが、私が解釈するあなたの尺度からするにあなたは全くもってまだまだ私の愛を甘く見ています。私はあなたを愛しています。本当に好きなのです。わからないでしょう。私を切り刻めばあなたを好きだという文字が文字通りあふれ出してくることでしょう。私の中はあなたでいっぱいなのです。買ってそのままになっていた積み本たちを読むと、あなたはどんな感想を抱くかしらと思ってしまいました。そばにいないにもかかわらず、あなたは常に私の思考の中に現れます。あなたはすっかり私を奪ってしまった。私は空っぽになってしまった。その代わりにあなたが詰め込まれています。どうすればこの思いを伝えることができるでしょう。もどかしい。あなたと出会う前に私はどんな私だったかが思い出せないのです。今朝ホットケーキを2枚焼いたところ、片方が少し大きくて綺麗にできたので、その大きくて綺麗な方をあなたにあげたいと思いました。昨日開けた缶詰が美味しかったので、まだ2缶ある分はあなたと一緒に食べようと思って残しています。以前あなたが帰り道に買ってきてくれた新発売のプリンは美味しかったですね。あと、今日はいつもより柔軟剤が良い匂いに思えました。それから、掃除をしていたら高校時代の写真が出てきてあなたに見せようと思って置いています。何でも伝えたい。何が起こっても、何を見てもあなたに言いたい。きりがないのです。あなたがどんな顔をするのかを楽しみにして私はあなたが帰ってくるのを待っています。そして、あなたはどこでどんな気持ちでどんな風に過ごしていたのでしょうか。それを語り合える日を思って毎日眠るので悪夢ばかり見ます。なんだ夢か、と泣きそうになってしまう夢です。こんなことなら夢にずっと閉じ込められて現実なんて捨ててしまえれば良いのに。でも夢に引きこもっていたら本物のあなたに会えませんものね。あなたに会いたい。あなたが好きです。どんな言葉ならこの思いを伝えることができるでしょうか。これは吐瀉物です。恋文を渡すというのは往々にして吐瀉物を投げつける行為だと私は思っています。でも伝えずにはいられない。あなたが私をどう思っているかなんて本当はどうでも良いのかもしれません。いえ、できれば私のことを思ってほしい。うっかり私に話しかけようとして落胆したりしてほしい。私がいないことによって傷ついてほしい。私のせいで困ってほしい。でもこれらはすべて私が勝手に望んでいることなのであなたには関係ないことなのです。でも関係のないままで終わってほしくなくて、関係してほしくて私は吐瀉物を形にして投げつけようと試みるのです。付き合った相手全員にそう言ってきたのだろう、とあなたは言うでしょう。そうです。それが何か問題ですか。私は常に全力で愛しているだけなのです。過去を恥じるつもりもありません。毎日毎時間毎秒最高を更新して生きているだけです。確かにそれを注ぐ対象が変わることもありました。愛が先で対象が後なのです。じゃあ誰でも良いのか、と思うでしょう。それは違います。今の私はあなたに決めたのでそれを誰も口出しすることができません。あなた以外はどうでも良い。いえ、ちょっとそれは言い過ぎかもしれません。極端に優先順位が低い、くらいが適切でしょう。なぜなら私があなたに決めたからです。このまま生きながらえることができれば、あなたの後のあなたもいるかもしれません。あなたはすぐ自分の後の人ができたら、なんてことを言いましたね。たしかに今の私は救助に現れた人や、偶然漂流してきた人に出会って恋に落ちるかもしれません。でもそんなことは考えたくないのです。だからどうかもう二度とそんなことを言わないで欲しい。だって私はあなたが好きなのですから。会えなくなってますます焦がれています。会えないから余計に焦がれているのでしょう。腹を立てたり嫌いになったりできるほど近くにいないので、あなたがどんどん神格化されていきます。怖い。私は怖いです。あなたという人間がまるで最初からいなかったみたいになってしまうのが怖い。最初から今まで全部、一人になって頭のおかしくなった私の妄想なんじゃないかと思えてくるのです。どうか早く会いに来てください。触れてください。触れさせてください。その形を確かめさせてください。ちゃんと熱を持ち形があり自ら思考できる他人なのだと証明してください。
 ふと自分の体を見て、随分と私が減ってきていることに気づきました。ふらふらするのは体が足りていないからでしょうか。それとも家が海に揺られているからでしょうか。後者であることを願います。でも、明らかに手紙を作り始めた時よりも体に力が入らなくなってきています。意気込んで文字を出しすぎたようです。手に力が入るのは不幸中の幸いですね。こうして手紙を作れるのですから。
 消しゴムがその身を削って消しカスを作るように私は身を削って吐瀉物に形を与え、手紙を作ります。
 あなたは自分の無駄遣いをするなと怒りそうですが、私が好き好んでそうしているので、怒らないでくださいね。決して無駄なんかじゃありません。

追申
 この手紙を瓶に詰めて、いざ海へ投げ入れようとしてようやく初めて気づきました。頭の良いあなたはとっくに気付いていたでしょう。私たちの家が漂うこの海は、文字で、つまり、人間だったものでできているのですね。私も近い将来あの中に混ざって他人と区別のつかない形になってしまうのでしょう。本当はわかっているのです。これを海に投げ込んであなたに届くロマンチックな作り話みたいな奇跡が起こるわけがない。他人の文字でできた波が私の言葉をあなたのところに届けてくれるほど親切でしょうか。ただ願っているだけで勝手に届いてくれるのを願いながら消えるなんて馬鹿げていると思いませんか」

 差し出された瓶から取り出した手紙をすっかり読み終わって顔を上げると、彼女は懐かしい優しい瞳でこちらをじっと見上げていた。ここまで来るのにすっかり小さくなってしまっている。見つけた時には声を発することも、自力で移動することもほぼかなわぬ状態だった。それでも夢中で瓶を抱えていた。こんなに文字を使わなければもっとましな状態で再会できていたかもしれない、と思ったが、怒らないで欲しいと書いてあったのを思い出して何も言わないことにした。そもそも彼女がこうして手紙を届けに来なければ僕たちは再会することすら叶わなかったのだから。
 今にも泣きだしそうな顔で笑う彼女を潰れないようにそっと抱き締めた。
 熱を持ち形があり自ら思考できる、愛する他人がそこにいた。

サークル情報

サークル名:字一色
執筆者名:曾根崎十三
URL(Twitter):@sonezaki_13

一言アピール
「怒りにまかせて新聞紙を食う」というアンソロジーを売っているサークルです。おもしろいです。ぜひ。

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