フライドエンジェル

 飼育小屋の鶏を首ちょんぱしているところを担任からとがめられたマサヲは、その結果クラスでいじめにあった。
 いじめられている事実を両親に相談するなど小学生三年生のプライドが許さず、マサヲは善信おじさんの家に行って相談することにした。善信おじさんは「じゃしん」を奉じていると親族から忌み嫌われていたが、マサヲや他の子どもにはいつも優しかった。
「なるほどねえ」
 マサヲの相談を聞き、善信おじさんがうなる。善信おじさんの家は摩訶不思議な品物が山ほどあり、マサヲにはまるで秘密基地のように思えた。中でもくるくると色を変えるきらびやかなエレキギターはひときわマサヲの目をひいた。
「そもそもマサヲはどうして鶏を首ちょんぱしてたんだい?」
「フライドチキンが好きだから作る練習をしようと思って。それで今度は紗世ちゃんがかわいいからフライドチキンにするつもりだったんだ」
「わかった。マサヲは二つ間違えているよ」
 善信おじさんは右手を突き出し、指を二本立てた。
「一つ、フライドチキンは油を使う料理だからまだひとりじゃ危ない。二つ、フライドチキンは鶏を揚げるからフライドチキンなのであって、人間を揚げたらフライドチキンじゃない。フライドホモサピエンスだ」
 マサヲはもうひらく思いだった。やはり善信おじさんは頼りになる。
「それじゃあどうすればいいのかな」
「まずはフライドチキンをきちんと作れるようになることから始めるべきだね。そうすればいじめもなくなるし完璧だよ」
「え、善信おじさんが教えてくれるの!」
 マサヲを期待に目を輝かせるが、善信おじさんの答えはNOだった。彼はゆるやかに首を横に振る。
「残念だけどおじさんの調理レベルはレトルトが限界でね。代わりにとっておきを紹介してあげよう」
 そう言って善信おじさんは、真っ赤な真っ赤な便箋と封筒をマサヲに渡した。
「この便箋と封筒を使って真っ赤な真っ赤な手紙を書き、真っ赤な真っ赤な郵便ポストに入れて、ババスにお願いするといい」
「ババスって誰?」
「冥獄の料理屋さ。あいつならフライドチキンもフライドホモサピエンスもお手のものさ」
「ありがとう善信おじさん!」
 マサヲは満面の笑みでお礼を言う。自宅に戻ったマサヲはさっそく手紙をしたため、真っ赤な真っ赤な郵便ポストを探して投函した。
 数日後、小学校からの帰宅途中、マサヲの前に鼻輪をつけた偉丈夫が現れた。尖った耳を持つ紫色の肌をした見た目からしてどう見ても人間ではなかったが、不思議とマサヲが恐怖を覚えることはなかった。
「我が名はババス。そなたが我が友ヨシノブの血族か」
「そうです、善信おじさんは僕のおじさんです」
「そなたの名前は」
「マサヲです」
「では我に料理を習いたいのはマサヲで相違ないな」
「はい、まずはフライドチキンを完璧に作れるようになりたいです。それと人間もフライドチキンできるようになりたいです」
「厳しい修行になる。覚悟はあるか?」
「あります!」
 マサヲは勢いよく答えた。フライドチキンのためなら本当にがんばるつもりであった。
「あいわかった。それでは我が料理の真髄を叩きこんでやろう」
「お願いします!」
「ではまずご両親にご挨拶しよう」
 こうしてマサヲはババスと共に帰宅することとなった。父親の帰りを待ってから、ババスが両親に事情を説明する。なお、その日の夕食はババスが作った。完璧なフライドチキンだった。間違いなくマサヲがいままで食べてきた揚げ物の中で最も美味しかった。感動的とさえ言えた。
「ああ、なんということだ。マサヲがそのような修羅の道に!」
 そんな完璧なフライドチキンを食べてなお、父親は頭を抱え嘆く。
「お前が進もうとしている道は、善信と同じ道は、地獄より地獄の世界だ。そんなことをせず、平和にまっとうに暮らした方が人間よっぽど幸せになれるんだ。だからやめなさい。フライドチキンならいくらでも買ってあげるから」
「でもお父さん、僕は完璧なフライドチキンを作れるようになりたいんだ。絶対なんだ!」
 父親が幾度となく翻意するよう説得したが、マサヲは頑としてその意志を曲げようとしなかった。結局、折れたのは父親の方だった。
 それからマサヲの修行の日々が始まる。
 まず求められるのは鶏の調達だ。スーパーマーケットで買ってくるなど軟弱な所業では完璧なフライドチキンを作ること能わず。独力で鶏を狩る力量が求められた。毒の尾と致死の邪眼を持つ雄鶏は極めて凶悪で、これを屠れるようになるまで極めて厳しい鍛錬を要した。
 また、揚げ物を作るにあたり火加減が重要であることは言うまでもない。冥獄の業火を用いればカラッと美味しく揚げることができるのだが、少しでも油断すると火力が強すぎて鍋ごと灰燼に帰してしまう。冥獄の業火を精密に操るためにマサヲは血のにじむような努力をした。
 そして何より真の料理には卓抜した調理技術が求められる。幸いにしてババスは厳しくも優しい良き師であった。マサヲは長い時をかけて彼のもとで着実に実力を磨き、とうとう完璧なフライドチキンを作れるようになった。
 フライドチキンを修めたならば次はフライドホモサピエンスだ。
 材料の調達自体はフライドチキンよりも簡単だった。むしろ問われたのは料理人として腕前だった。適切な精肉、使用する部位、肉に合った味付け。どれもが一筋縄ではいかなった。幸いにしてババスは厳しくも優しい良き師であった(二回目)。やがてマサヲは完璧なフライドホモサピエンスを作れるようになった。
 これでマサヲの目標は達したと言える。だがマサヲにはさらなる料理の深淵をのぞきたいという意欲が芽生えていた。
「マサヲよ、そなたはもう戻った方がいい」
 だからこそババスの言葉はマサヲにとって予想外のものであった。即座に反駁はんばくする。
「何故ですか師よ。僕に才能がないとでも言うのですか」
「我が片腕に足る才能はある。しかしこれから大きな戦が始まるのだ。かような争いにまきこまれるより人の世で安穏と生きた方が幸福であろう」
 ババスは語る。混沌を貴び人類の繁栄を望む冥獄と秩序を重んじ人類の根絶を目論もくろむ天獄は古くから戦いを繰り広げており、近々再び大きな戦争が始まるのだと。
「我はこの大戦に参ずる。だがそなたまで付き従う必要はない。紗世なる女をフライドホモサピエンスにするなりなんなり好きに生きるとよい」
 衝撃の事実にマサヲはしばし呆然としていた。けれども己の心を見つめ直し、一つの覚悟を口にする。
「いえ、僕もその戦に加わります。要するに天獄が優勢だとそれだけ人類が滅ぶのでしょう。そのような事態に目を背けて生きるなど、そこに僕の幸福はありません。それに僕は気づいてしまったのです。」
 結局僕は、とマサヲは己の思いを伝えると、いかめしいババスがやわらかに微笑む。
「ふ、大人になってもそなたは全くもって甘っちょろいガキのままだな。だがそれでよいのやも知れぬ。血は争えないものだ」
「血は争えない?」
 マサヲが尋ねると、ババスはどこか誇らしげに答えた。
「ヨシノブも以前我と肩を並べ戦ったのだ。人の身でありながら大したものであった」
「――ありがとうババス。そして今回もさ」
「善信おじさん!」
 颯爽と現れたるは色の変わるエレキギターを携えた善信おじさんであった。
 善信おじさんはさっと前髪をかきあげ、不敵な笑みを浮かべる。
「ババス、BGMは任せろ」
「久しぶりの演奏楽しみにしているぞ、ヨシノブよ。我は忌まわしき天使を片っ端から料理してやろう」
「ええ、僕も頑張ります。天使なんて所詮は羽の生えた人間みたいなものでしょう。余裕で揚げてやりますよ」
 こうしてマサヲはババスと善信おじさんと共に第五十三次天冥大戦に身を投じた。
 冥獄の料理屋ババスとその右腕マサヲ、そして全能なるギターボーカル善信の三名は大戦にて綺羅星のごとく名をはせ、うち二名は終戦までに儚く散っていった。

   ×××

 黄昏の住宅街を老婦人がひとり歩いていた。右手にさげた買い物バッグには夕食の材料がつまっている。
「もし。そなたが我妻紗世か」
 献立を考えながら帰路につく彼女の前に、鼻輪をつけた偉丈夫が現れる。本来なら怯えて然るべきであったが、不思議と老婦人の心が恐怖にひたることはなかった。
「ええ、今はもう紺田ですけど」
「崖端マサヲを覚えているか」
 戸惑いながら答えると、その偉丈夫がさらに問う。
「崖端、マサヲ……。もしかして小学校で行方不明になったあの?」
 老婦人は古い過去を思い出す。快活でクラスの人気者だったマサヲは突如として飼育小屋の鶏を惨殺し、その結果周りから煙たがられていたが、ある日なんの前触れもなく行方不明になってしまった。それから彼の行方は杳として知れない。
「ああ。そのマサヲから預かっているものがある。受け取ってくれ」
 偉丈夫が風呂敷に包まれた器を差し出す。香ばしい匂いがした。料理された肉の匂いだ。本来なら見知らぬ不審者からそのようなものを受け取るべきではなかった。しかし老婦人は思わずそれを受け取ってしまっていた。
「ありがとう」
 瞬きする間に偉丈夫の姿が消える。狐に化かされたような思いだったが、受け取った器の重みは確かに現実だった。
 自宅に戻ってから渡された器を確認すると、そこには匂いどおり、カラリと揚げられた肉がつまっていた。食欲をくすぐる香ばしい匂いが老婦人の鼻に届く。
「一つくらい味見してもいいかしら」
 誰に言い訳するでもなくつぶやき、試しに食べてみると暴力的なまでの旨味が老婦人の口内で爆発する。なんの肉かはわからない。けれども間違いなく彼女がいままで食べてきた揚げ物の中で最も美味しかった。感動的とさえ言えた。
 そのまま一つ二つとつまんでいると、老婦人は器に小さな封筒が添えられていることに気づく。
 開いてみると一枚の便箋があり、そこにはたった四文字、つたない筆跡で好きですとだけ書かれていた。

サークル情報

サークル名:ささやかさんくみ
執筆者名:ささやか
URL(Twitter):@ssyk3km

一言アピール
はじめまして、ささやかさんくみは絵を描くささやか(1号)と文を書くささやか(2号)によるサークルです。
作品ごとの振れ幅が大きすぎて自己紹介に難儀するサークルなのですが、とりあえずささやかさんくみ的直球を投げれば問題なかろうと執筆した結果、このような小説になりました。
どうぞよろしくお願いたします。

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