コラム「送信元:名誉社員ヤギ」

 こんにち、ほとんど全ての生き物がこうして読み、書くことができる。きっかけとなった書籍をご存知だろうか。「ヤギでもわかる! 鳴き声言語プログラミング入門」である。
 この書籍は、あるロボットシュレッダーメーカーに勤めていた名誉社員ヤギのメールアドレスから世界中の名誉社員動物へ送られました。当時ヒト言語のみが唯一の言語とされていたため、こんにち数多存在する鳴き声言語を体系づける基礎になったといわれています。この書籍は送信元の名誉社員ヤギが原案を、ヒトが執筆をし、再び名誉社員ヤギが翻訳したものです。
「ヤギでもわかる! 鳴き声言語プログラミング入門」のまえがきには、執筆を担当したヒトが書籍発行のきっかけを語っています。今回は、その興味深いまえがきを紹介します。(以下引用)

 すれ違う社員たちはみな、名誉社員ヤギから送られてきたメールの話をしていた。私は通路の端で早足になる。家路につく社員たちの社員証がかちりかちり揺れていた。
 ヤギさんたちが、いつもありがとうって。かわいい。
 ざわめきは大体がそんな内容だった。あのヤギたちが私たちにありがとうだなんて。
「こんな時間にどうしたんだい?」
 私には通れない社員証ゲートを迂回したところで、掃除カートを押したケンに話しかけられた。まるい顔に笑顔を浮かべる彼の胸にも、社員証はぶらさがっていない。
「ヤギの世話で忘れていたことがあって」
 本当は違ったけど、わざとぼんやりした返答をした。
 私の仕事は、シュレッダー室に勤務している名誉社員ヤギの世話だ。エンジニア採用だったはずなのに、どういうわけだか社員にもまれずにヤギの世話をしてそろそろ一年になる。
「知ってるかい? 例の情報漏洩、ヤギのメールにスパイウェアが仕込まれてたって話」
「そんなことだろうと思った。ま、私はそのメール見られないからわかんないんだけど」
 考えてみなくてもわかることだ。ヤギにメールなんて送れるわけがないし、社員にお礼なんて言うわけもない。
 肩をすくめると、ケンが違いないと言って笑った。会社の都合で社員になれない私たちの鬱憤ばらしは決まって社内の噂話を囁き合うことだった。
 当の社員たちには社の度重なる情報漏洩とか、いまいち評判の上がらない主力製品の大規模アップデートについてとか、そんな深刻な話題は重すぎて床に溜まってしまったのだろう。下へ下へ、社内じゅうのシュレッダーごみと一緒に、人の目のつかないところへ行ってしまったのだ。
「また、そんなこと言って。はい。お目当てはこれだろ?」
 ケンがカートから封筒を取り出した。うすい桃色の封筒だ。
「それ!」
「ダストシュートのそばに落ちてた。気付いたのがおれでよかったな」
 私は思わず叫んでしまった。大声が空っぽの社内を響いていく。笑顔を苦笑いに変えたケンから封筒を受け取った。
「早く帰んなよ」
「はい。ありがとう!」
 仕事のし忘れも本当だった。でも、密かに文通している若社長からの手紙が気になって戻ってきてしまったことも本当だ。
 若社長とは社に所属してすぐ、警備員室でばったり出会ったのがきっかけだった。社長のくせに社員証を忘れてゲートを通れなくなってしまったのだ。お互いにままならない社会生活を送っていて愚痴話に花が咲いた。
 社員証を発行してもらえない私にはメールアドレスがない。だから彼は、シュレッダー室へ直通のダストシュートに私への手紙を入れるようになった。三通に二通はヤギにむせながら食べられてしまうけれど、それも話題になった。
 便箋に綴られる字は丸くて小さい。女性の私よりもよほど可愛らしい字を書くひとだ。
 便箋の字を追いながらシュレッダー室のドアを押し開ける。獣のにおいとすっぱい排泄物のにおい、インクのにおいが混ざった、胸のむかむかするにおいが顔をうつ。手紙ににおいが染みてしまう。封筒を振ると、ひれひれ、光沢のある薄っぺらいものが落ちた。シート状のチップのようだ。こんなもの入っていたことあったっけ?
 ざらついたヤギの声がした。おや? ヤギはもう寝ている時間のはず。
 顔を上げると、ヤギが空間投影ディスプレイでメールを今まさに送らんとしているところだった。
 ヤギがしまったって顔をしている。
 低い鳴き声と一緒にディスプレイのカーソルが動いて字を綴る。
「やべっ」
「やべっ?」
 私は思わず声に出して繰り返した。
 この会社はヤギ型のロボットシュレッダーを製造している。だから、遺伝子編集して大量のインク印刷物を食べることができるヤギを『名誉社員』として『雇用』していた。言葉を選ばずに言えば、世間の人気取りのための生体シュレッダーだ。私はそんなヤギ達の世話係である。
 ヤギはメールを送ることが出来る。名誉社員だからメールアドレスを持っている。ヤギがメールソフトを立ち上げ、メールを書くことができればの話だ。当然社内の誰も、そんなことができると思っていない。だからヤギからのメールが話題になった。誰がそんな粋なメールを送ってきたのかわからないから。
 今、ヤギが送ろうとしているメールは、派手で可愛らしいデコレーションに添付ファイルが隠されているようだ。明らかに不審なスパムメールである。
 ヤギがおそるおそる私に向き直る。
「話しを聞いてくれ」
 返事をする前から、ヤギは驚くほどの長文を入力した。小刻みなヤギの鳴き声は私には全く違いがわからないが、ディスプレイにはさまざまな単語が並んだ。
 ヤギが言うには、この会社は不正をしているらしい。主力製品のアップデートは、シュレッダーをかける前に書類をスキャンして誤シュレッダーを防ぐというものだった。アップデート前からセキュリティ上不評だったにも関わらずアップデートは強行され、危惧された通り、スキャンデータから顧客の重要データが漏洩している。
「我々がそれを知ったのは、シュレッダーたちの食べ残しからだった」
 なんとヤギたちは、ヤギロボットシュレッダーがシュレッダーをかけきれなかった紙ごみを食べることによって、ヤギロボットシュレッダーたちがスパイさせられていることを知ったという。マジか。
 そしてスパイスキャンを画策したのは当社の若社長だという。
「マジか」
「これが証拠だ」
 ヤギが再生したのは、シュレッダー室の定点カメラ映像だった。たまにヤギの中継イベントをするためのものだ。
 真夜中、若社長が入ってくる。そして空間投影ディスプレイを立ち上げ、ヤギの感謝メールを作り送信している。
 彼の後ろで、ヤギはその様子をじっと見つめていた。
「いやいやいやいや、彼がスパムメールを送ったからって、アップデートの不正に関与してるとは」
「我々を騙ってスパムメールを送って得られるものはなんだ?」
「社を攻撃している人がいるって……あっ、犯人は外部にいると思わせること?」
「そう。そして、アップデートによる漏洩も同一人物による犯行だと思わせることだ」
 なんてことだろう。ヤギはまるでいないみたいだ。私と同じように。彼がそんなことをしているだなんて。
「その上彼は保険までかけた。これは彼の発明だ。これのために、我々は音声入力が可能となった」
 ヤギの喉には、彼の封筒から落ちてきた極薄シートが貼り付いているのだという。確認もした。確かに貼りついていて、これがヤギの鳴き声をヒト語としてディスプレイに反応させているのだとか。マジか。でも待って。それって。
「私への手紙に入れて……」
「そうだ。あの男はきみを利用していた」
 私への手紙はヤギの喉にシートを貼るためのごみの隠れみのってこと? ヤギがメールを送れるようにして、万が一のときにはヤギに罪をなすりつけるつもりで?
「だからこのメールを送らせてほしい。前回以上の情報漏洩と、さっきの映像を社内じゅうに送ってやるのだ」
「そんなの生ぬるい。マニュアル化して他社の名誉社員たちに片っ端から送りましょう」
「クレイジーなヒトだ」

(引用ここまで)
 かくして『ヤギでもわかる! 鳴き声言語プログラミング』はうまれ、摘発をものともせず複製と改訂を繰り返し、今日の社会に繋がったのである。

サークル情報

サークル名:夢想甲殻類
執筆者名:木村凌和
URL(Twitter):@r_shinogu

一言アピール
こんな感じの設定盛り盛り盛り合わせSFとか現代ファンタジー群像劇とかを書いています。

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