母を知らぬ片羽根の鳥たちへ

ー拝啓イデアの救世主様へー

 むかしむかし、乙木家という華族の血筋を引いた立派な名家がありました。
細君と称される美しく品の良い妻を旦那様が娶ったことにより、人々は名家に才色兼備な子宝を望み続けました。しかし奥様は長年不妊に苦しみ、どうすれば愛しき我が子をこの手で抱けるのか悩み続けていました。
 治療を続けて三年が経った時、ようやく会えると思っていた子どもはお腹の中で小さな灰になり、潰えてしまいました。着床がわかり喜びもつかの間、奥様は何がいけなかったのかと毎日自分を責め、しくしくと泣いている日々を過ごしました。
 それからさらに二年、待ち望んだ乙木家に嬉しい知らせが届きました。しかも今回はなんと双子だとお医者様は言うのです。奥様は頬を赤く染め、硝子玉に似たまなこを赤く腫らし、心から喜んで我が子の誕生を待ち望みました。その頃旦那様はお仕事以外に余念がなく、長らくお屋敷へ帰ってこないことも稀ではありませんでした。
 月日は流れ、ふたつの命を授かった奥様のお腹はどんどん大きくなっていき、侍女たちの手助けがなければ動けないほどに、張ったお腹を抱え、出産に向けて奮闘していました。
誰もが願うことはひとつ、健康な赤ん坊が生まれてくることだけを思い続けるのみ。

 けれども現実はそう甘くはなく、奥様にまたもや試練が大きく立ちはだかることとなりました。あれはそう、さむいさむい冬の夜。お医者様がお屋敷に訪れ、寝室で自然分娩となった奥様は、夫が帰らない夜であろうと懸命に目の前の命と向き合い、息み続けました。握った手には爪が食い込み、少しだけ皮膚がえぐれ、どくどくと脈拍を伴ってすがっていたい気持ちが伝わってきました。
 奥様を刺激しないよう、家の者は姿を現さない旦那様の代わりに声掛けを怠りませんでした。そして凍えるような冬の朝、ついにふたりの赤ん坊が産声をあげました。早くこの手で、今度こそ我が子を抱いてあげたい。奥様は必死に手を伸ばしました。その途端、悲鳴にも似た看護師の声が室内にキンと響き渡り、辺りは騒然となりました。お医者様も腰が引け、真っ赤な絨毯に尻もちをしてしまったのです。
 侍女たちは何かあったのだ、と我先にと群れをなし驚きの視線が注がれる奥様の双子を怪訝な顔つきで覗いてみました。
 するとどうでしょう、姉と弟の身体はそれぞれふたつの個体を有しながらも部分的にひとつにつながり、まるで一本の木が枝分かれしているように結合しているではありませんか。手を伸ばし続ける奥様の容態など誰も知らぬふりで、一目散に個室から逃げ出した侍女はたくさんいました。みんな度胸がないのです。どんな形であれ、自分が仕えている乙木家にとって恩を売っている場合ではないぐらい、彼女らは化物でも見たような印象を奥様に植え付けて、距離を置くようになりました。
 数日後、家主である旦那様はやっとの思いで産み落とされた我が子に障害があり、しかも見た目もあまりよくないその姿に驚きを隠せませんでした。言葉を失い、こんな失態はあってはならないと奥様を手ひどく打つこともやむを得ませんでした。当時それだけ、旦那様が抱え込んでいた業界から見る世間の目というものも、今思えば狂っているほど差別化されてしまっていたのではないでしょうか。
 奥様は言葉に詰まりながらもこの子たちが必死で生きようとしている以上、私はこの子たちの母親でいなくてはならない、と強く旦那様の胸に思いを打ち付けて訴えました。奇形児として生まれてはいたものの幸い、内臓機能に異常などはまったく見受けられず、双子は元気そのものでしたから旦那様が帰るまでの間、奥様はのびのびと、それまで夢で叶わなかった「育児」という感覚を楽しんでいたのかもしれません。
 奥様によく似た双子の姉が瑠璃、弟が常磐と願いを込めて名付けられてすぐの頃、我慢ができなくなった旦那様は子どもたちと奥様を引き剥がしてしまいました。
 
 奥様は母屋へ軟禁されてしまい、粗雑に首根っこを掴まれた双子は旦那様の乱暴な腕の中でワンワン喚いて泣いていたのを昨日のことのように覚えています。それからというもの、奥様のおおらかで優しい穏やかな心は徐々に痩せ細り、食事を作り持っていくたびにうわ言みたいな呪文のようなかすれ声で我が子の名前を呼び続けるのでありました。ろくに何も喉を通らないと知ると、いよいよ心配でたまりませんでしたが、咀嚼を促しただけでヒステリに陥ってしまっていたのですから、精神的苦痛は相当なものだったのでしょう。
 一方、乱暴に赤子を取り上げた旦那様は妻の願いも虚しく、薄気味悪い結合双生児を闇市で巨額の高値をつけ、売りさばくことに決めました。それにしても噂が出回るのは早く、乙木家はついに次期当主が健常者ではないのかと騒ぎ立てられ、面子を守るのに精一杯だった旦那様はいつだれに見られてもいいように、急いで赤子の剥離手術を行いました。しかしそれにはいずれの個体も欠損・切断がつきものであると診断され、結果的には切り離したところで歪な子どもの烙印が消えることはなかったのでした。

 そしてその日、埒が明かないと次第に苛立ちが溜まりに溜まった旦那様はやってはいけない最大の禁忌を犯してしまうのです。
 当時闇市ではあなたも無論ご存知でしょうが、ケロイドピエロや蛇使いの女、火を飲む老人にキメラの半獣少年など、特異体質を持ち合わせた人間が集い、芸事を披露するアングラ大衆演劇なるものが流行っておりまして、その不気味さに旦那様もおそらく味をしめていた観客の一人だったのだと思うのです。
 売らない手はない、と心がつい急いでしまったのでしょう。しかしやはり、奥様が命をかけて産んだ子たちなのだから、せめてどれだけ仮面夫婦でも奥様とともに愛着は抱いてほしいと切に願っておりました。
 そして年が明け初売りも兼ねて闇市が賑わい始めたその日、旦那様は白布にくるんだふたりの不完全な身体を麻酔で眠らせていそいそと出かけていってしまったのでありました。
 結局のところ、奥様が真実を知らないのはあまりに可哀想でしたから、何度も口を開きかけそうにはなりましたが、刺激して衰弱した奥様が壊れてしまってはいけないと、なるべく子どもの話題に触れないように務めてまいりました。そんな矢先です。
 突然母屋の頑丈な扉が乱暴に開け放たれ、害悪の君主と成り下がった男――旦那様は、意気揚々と言いました。あの子たちは失敗作だ、でも大丈夫。俺が亡き者として葬ってやった。だから頼む、次こそは宝のような我が子をこの手で抱かせておくれ!

 全くもって異常でしかない屈辱に近い何かに、限界で旦那様を殴ってしまいそうになる拳の力をぐっと堪えました。堪え続けました。当主に逆らうことは死を意味する。その真意は分かってはいましたがこれではあまりに奥様が不憫すぎる。なんて無力な立ち位置なのだろうと、泣きたくもなりました。
 辛辣な言葉を投げられた奥様が、その後何を考えたのかは概ね検討がつきました。いつだか彼女は言いましたもの。「あなたと私は多分遠いようで近いのね。きっとソウルメイトなの」って、その言葉を支えに、無邪気に笑っていてほしくて、ずっとずっとお仕えしてきたはずだったのに。
 数日後、奥様は大量の血を流して真っ白なシンプルなつくりのドレスが真っ赤に染まるのも気にせず、自ら息を引き取りました。まだ二十代も盛りの歳で早死なんて、悲しすぎる運命の終わりを見せつけられたのだと思いました。涙が身体の穴という穴からぼろぼろとこぼれ落ち、どうして彼女が死ななければならなかったのかと勇気の出なかった自分の行動を心から悔い、恨みました。だけど、あの手紙に最後まで救われました。奥様は、聖母であり女神そのものだったのかもしれません。
 あの血まみれの手紙を渡して約二十年。奥様の意志を受け継いだふたりが、ついこの間成人の儀を終えたと聞いてびっくりです。そして風の噂で独立なさるんだとか。私の頭の中ではまだまだあどけないふたりで止まったままですので、驚きの連続が待っているなと思いました。
 きっと貴方の育て方がとてもよかったのですね。そこまで自立して頑張っていけるようになったのなら、奥様に尽くしてきた私の思いも少しは無駄にならずに済みそうでしょうか。
 そうであればいいな、と過去の自分を回顧し今はただ願うばかりです。

ー追伸-
 欠損のスキンドールの噂は、そろそろ世界に広まればいいのにな、思っています。
 次にふたりに会える時は奥様の好きだった百合の花を片手に、その美しさを是非とも拝ませてもらいたいと思っています。

サークル情報

サークル名:ブルウメロウ
執筆者名:水純みを
URL(Twitter):@bruemerrow

一言アピール
どこか物悲しくも優しい救済を目的とした、少年少女の邂逅や恋慕を綴っています。
今回3年ぶりに新刊が出せればいいなあと思いながらも冬にまつわる奇妙でうつくしい
双子の話を書き下ろす予定です。少年少女と季節をテーマにしたアンソロジーもあります。
何卒よろしくお願いします。

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