それはそのまま愛の証だ
自室の片付けをしていると、机の引き出しから大量の手紙が出てきた。
「こんなにあったんだ」
差出人はいろいろだけど、その半分以上は同じ人からだ。
『坂下鈴音様へ 奥村鈴子より』
彼女と手紙のやりとりをするようになったのは、高校二年生の春から、つまり、りんちゃんと同じクラスになったときからだった。
りんちゃんは高校二年生に進級したときに同じクラスになって、最初が隣の席だった。窓際の一番後ろがりんちゃん、その右隣が私。二年生の教室にドキドキしながら入って、黒板を見て席を確認して、一番後ろに向かった。自分の席より先に、彼女が視界に入った。
「すごい、きれいな娘だ」
思わずつぶやいてしまうほど、彼女はきれいだった。真っ白な肌に、長い黒髪。唇は赤くて、まつげは長い。本当に、お人形のように綺麗な女の子で、自分なんかが隣に座って良いのか、不安になったのを覚えている。
教室に入るときよりドキドキしながら席に鞄を置くと、彼女はこちらを見て微笑んだ。
「初めまして。奥村鈴子です。よろしくね。坂下さん」
「あ、はい! 坂下鈴音です。よ、よろしく」
びっくりしてどもってしまったけど、奥村さんは笑ったりせず、にこっと微笑んで受け入れてくれた。それで、すごく安心できた。
「ねえ、すずね、って綺麗な名前ね。どういう字なの?」
「鳴る鈴に音だよ」
「おそろいね」
そう言って奥村さんは名前の字を教えてくれた。彼女の名前にも、鈴という字が入っていて、だから私の鈴と共鳴したのかなと、その時から、今でもずっとそう思っている。
それから私たちは、すごく仲良くなった。その日のうちに私は彼女のことをりんちゃんと呼ぶようになっていたし、彼女は私をすずちゃんと呼んだ。お昼ごはんはもちろん、移動教室や実験のペア、遠足のグループまで、なんでも一緒だった。意地悪な男の子の中には、私たちのことをレズだなんだとからかう人もいたけど、全然気にならなかった。だってそれはある意味で本当のことだったのだ。
私は誰よりもりんちゃんを大事に思っていたし、りんちゃんだってきっとそう思ってくれていた。その証として大量の手紙が、今でもこんなに残っているのだ。
もちろん、りんちゃん以外の子と手紙の交換をすることもあった。女子高校生だもの。先生や親、男の子には言えない秘密が、胸の中にいっぱい詰まっていたのだ。そう言った秘密をみっしりと書き込んでは、仲の良い子たちと密かに交換し合うのだ。でも、というか、やっぱり、というか、りんちゃんと交わした秘密が誰よりも多かった。
内容はたわいないことばかりだ。教師の誰それが苦手だ。あの男の子がかっこいい、同じクラスの女の子の持ち物のことや、誰が誰を好きであるかなど。年頃の女の子の誰もが交わしたことがあるような、ささやかな話であり、それを、さも重大な秘密であるかのように装飾過多な言葉で手紙に綴り、私とりんちゃんの間で幾度となく交換した。
りんちゃんは体が少し弱かった。体育はいつも見学で、校庭や体育館の隅っこで膝を抱えてこちらを眺めていた。夏は暑そうだったし、冬は寒そうだった。体育の先生は昔ながらの、悪く言えば頭の固い先生だったから、「参加は出来ずとも心は一つ」とか言って、見学の子も体操着に着替えさせられていたから、余計に辛そうに見えた。これは学年の途中でりんちゃんのお母さんが学校にクレームを入れて、体育の授業中は保健室で休むことになった。りんちゃんのお母さんは、良くも悪くもそういう人だった。
そしてりんちゃんは月に2回くらい学校の後に通院もしていた。HRを終えたら、そそくさと出て行く。掃除当番に当たっているときは「ごめんね」と小さく謝ってから。
病院に行った次の日の朝には、必ず手紙が来た。いつもよりずっと長い手紙だった。内容はいつもとかわらないのに、何か必死さを感じさせる手紙で、正直に言えばそれを受け取るときに、僅かに緊張したことを今でも覚えている。決定的なことは何も書いていなかったし、本当にたわいのない内容だった。だから余計に、次こそはなにか恐ろしいことが書いてあるのでは、と疑心暗鬼になっていたのだと思う。
あの頃の私たちは本当に子供で、私とりんちゃんはずっと手をつないで一緒にいられるものだと思っていた。それが難しいということには、すぐに気がついた。私は女であり、りんちゃんも女だ。2人の非力な女の子がいつまでも寄り添っていられるほど、世の中は甘くなかった。
女子はすべからく男子に恋をし、早い内に結婚して子を生せ。それが女性の幸せである。それが世の中の共通認識だったのだ。きっと今でも、そう思っている人は多いのだろう。
「ねえ、すずちゃん」
「なあに?」
「ずっと一緒にいたいな」
「そうだね。ずっと一緒にいよう」
そう、口に出すのは、それが叶わないとわかっているからだ。そんなこと、今にも消えてしまいそうな、りんちゃんには言えなかったけど。
山のような手紙を片付けていると、そういう懐かしい思い出がいくつも、いくつも出てきて度々手を止めてしまう。でも急がなくては。約束の時間に遅れてしまう。
「鈴音ー、片付けは終わったの? 引っ越し屋さん、あと30分で来るそうよ」
「はーい。たぶん大丈夫!」
母に急かされて急いで片付けを進める。りんちゃんは、今どうしているだろうか。元気でいれば良いけれど。
なんとか荷物を全て箱に収めたところで、玄関の呼び鈴が鳴らされる。
「今日はよろしくお願いします。はい、部屋は2階です」
引っ越し屋さんが、母に誘導されてやってきた。邪魔にならないようにリビングに移動する。母が引っ越し屋さん用にお茶などを用意している間にスマホを開いた。メッセージが届いている。
『こちらは引っ越しが完了しました。荷解きが大変そうです』
「良かった」
私もぽちぽちと返事を送る。
「こちらは、今運び出してもらっています。今夜からりんちゃんと一緒に生活出来るなんて夢のようです」
紆余曲折がなかったわけじゃない。むしろ山のようにあった。それでも、私とりんちゃんは、まだ一緒にいる。これからずっと、なんて楽観はできないけど、それでも私はりんちゃんと一緒にいたい。
「もうしばらく、よろしくお願いします」
そう追加で送って、私も新居に向かうべくバッグを背負った。
サークル情報
サークル名:水玉機関
執筆者名:水谷なっぱ
URL(Twitter):@nappa_fake
一言アピール
最後は安心できる話を書いています。
女の子と女の子が寄り添う話の試し読み版を出します(この話の本編です)。
それと人間と人外が共存を目指す話と、二次でFGO綱ぐだコピー本も出すつもりなので是非、webカタログをご覧ください。