手紙のはなし

 その街は印象を灰色としていた。
 透きとおっているわけでもなく、ぼやけているわけでもない。透明度がひどく高く、彩度だけがひどく低い。そんな灰色が、晴れていても曇っていても、その街を覆っていた。街にとって、海は近しい位置にあったが、波音が聞こえるほどではなかった。それでも、大気の中を歩いているにもかかわらず、水の底を泳いでいるように錯覚させるだけの潤いを、海は街にもたらしていた。
 ある薄ぼんやりとした日、その街のとあるカフェのテラス席に、ひとりの青年が座っていた。白にちかい半端な長さの金髪の、青とも緑ともつかない彩りの目を持つ、細身の青年だった。書き物をしていた手を休めて青年が眼を上げると、広場の雑踏のなかに見知った姿をみとめた。それは黒髪で痩身の青年だった。金髪の青年は軽く片手を挙げると、近くを通りかかった知人を呼びとめた。
「学生さん、こんにちは。一服していかないかい」
 学生と呼ばれた黒髪の青年は、金髪の青年をみとめると、人懐っこい笑みを弾かせながら歩み寄ってきた。
「こんにちは、詩人さん。どうしました。煮詰まっているのですか」
「そんなところ」
「気晴らしをお求めですか」
「君とおしゃべりができると嬉しいな」
「お付き合いいたしましょう」
 芝居がかった仕草で、学生は一礼した。眼鏡越しに見つめてくる黒の目が、見る角度によっては紅をちらつかせることに、金髪の青年は気がついた。
 書き物の散らばるテーブルに、学生が落ち着く。
「手紙でも書いていたのですか」
「似たようなものかな」
「手紙というものは、封筒が便箋をつつむものであると聞きます。便箋には言葉がつづられているものであるとも」
「そんなに手紙が物珍しいかい」
「どうでしょうか。ひとによるのではありませんか」
「はぐらかされたかな」
「封筒に入っているものが、白紙の便箋に青い花の押し花だけが挟まれたものであっても、あなたであれば納得されそうです」
「押し花もいいけれど、咲いている花もいい。根から水をすいあげている花であれば、もっといい」
「小箱にでも入れれば、贈れるかもしれません。小さな箱に土を詰めて、種をうずめて、育んで」
「はなひらく寸前の蕾を、おくりつける」
「受け取った方は、戸惑うでしょうね」
「手にしたものが箱であるのなら、お菓子か果物か宝石かと、おもうよね。水をふくんだ土が詰まっていたら、びっくりするかな。開いてみるまで、中にあるものは隠されている。そこだけを見るのならば、封筒と箱は、よく似ているのかもしれない。でも、手紙というものは、何かを伝えるためのものだろう。便箋につづられるべきは、そこにあるのは、言葉でなければならない」
「そんなにかたく考えなくてもよいのではないですか」
 インクの乾きかけている紙片を、学生はつまみあげる。
「あなたがつづった手紙であるのならば、封筒にとじこめられることになるのは、どんな言葉であっても詩となるにちがいありませんから」
 楽しそうに細められた黒の目には、目をしばたたく詩人が映っていた。

サークル情報

サークル名:片足靴屋/Sheagh sidhe
執筆者名:南風野さきは
URL(Twitter):@K_ss_info

一言アピール
とらえどころのない幻想をつづっています。とりとめもない日々のかけらでできた短編が多目。つくりものっぽさを追求中。

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