ファンレター

 ある日、西嶋はふと思い出して自宅のクローゼットを開けていた。
「よっと」
 開け放たされたクローゼットの前で屈んだ西嶋は、手を伸ばしてある物を取り出す――それはブリキ製の大判ケースだった。
 西嶋にとって、それは一種の宝箱のようなものだった。輪ゴムで留めてある長形の茶封筒の山のなかには、現金のほか母親からの手紙が入っている。送られてきた現金には一切手を付けていないのは西嶋にとって意地のようなものでもあったが、今日の用事はそれではない。
 茶封筒の山とは別に、小ぶりでカラフルな封筒がクリップで留められている。それは西嶋に今まで送られてきたファンレターだった。
 ファンからちやほやされるなんて一軍の主力として活躍する者の特権だ。山のようなファンレターやプレゼントなんて夢物語、西嶋のような知名度の低い選手へ届くことなんて年間を通してもほとんどない。
 しかし、中には西嶋に手紙を書いてくれたファンも存在する。球団経由で西嶋の手元に届いた手紙はこうして全て保管してあるが、西嶋はその中の一つをクリップから取り外した。
 青色を基調とし、魚のイラストが添えられている可愛い封筒の表面にはスコーピオンズの球団事務所に宛てた住所が書かれているが、ファンのリターンアドレスが書いていない。消印を見る限り、今から四年前に送られてきたもののようだ。
「確かこれだったかな……」
 ――何故だかは分からない。ただ、西嶋は急にその手紙の存在を思い出し、もう一度読みたくなったのだ。
『西島大然選手へ』
 封筒を手にベッドに横たわり、数年ぶりに見返す手紙の文頭にはそう書かれていた。恐らく小学生、あるいは中学生の文字だろうか。
 西嶋は自分の名前を書き間違えていると思いつつも、自分に宛てて手紙を書いてくれたという事実は今でも本当に嬉しいことだ。
『私は、〇〇県にある××島に住んでいる小学生です。海がきれいで、お魚がとても美味しいところです』
 その文字から察するに女の子が書いてくれたのだろう。西嶋も実際は行ったことは無いが、その島の名前は聞いたことがある。
『お父さんはプロ野球が好きで、いつもテレビで試合を見ています。私はお笑いが見たいと言っても、子供にはけんりが無いそうです』
『家にはプロ野球の本がよく置いてあって、お父さんが毎月買って読んでいます。私もちょっと読んでみたけど、むずかしくて読むのをやめてしまいました(ごめんなさい)』
『でも、そんな私でも、西島選手が載ったリンゴの話(月刊ベースボール△△年二月号の百三十四ページ)は面白かったです!』
 西嶋が雑誌の記事で林檎について語ったのは、文字通り自分がルーキーと言われたころの話だ。当時はスコーピオンズにドラフト一位で入団した西嶋について期待の声も上がっていたが、所詮過去の話だ。
 今もそうだが、当時から口下手で己の野球論も持ち合わせていなかった西嶋は苦肉の策として、取材の中で故郷の話をすることにした。豪雪地帯で果樹園を営む両親の下に双子の長男として生まれ、プロになるまでの過程を話した延長上で、林檎についても触れたのだろう。
『私の家はお父さんもお母さんも働いていて、一人で家にいることが多いです(お母さんはモデルさんで、とってもキレイなんですよ!)』
『宿題したり、テレビを見たり(テレビ番組は二週遅れです)……でも最近は、近所のスーパーに行ってリンゴを買うようになりました』
『色とか、形とか、西嶋選手の言うとおりに選んだら、甘くて美味しかった。まるで宝物を手に入れたみたいでとても嬉しかったです』
『学校の図書室でリンゴについて調べたら、リンゴは寒い地域で収穫されると書いてありました。私の住んでいるところは暖かいので、多分、寒い地域でとれたてのリンゴはもっと美味しいんじゃないかって思います。いつか西島選手のお家のリンゴ屋さんに行って、たくさん買って帰りたいです。リンゴのお礼が言いたくて、手紙を書きました』
「……ふふっ」
 手紙を読み返していた西嶋の口から笑い声が漏れる。この小学生がどんな顔をして手紙を書いてくれたのかが安易に想像出来てしまう、そんな事実が愉快で仕方が無いのだ。
『野球についてはくわしくないけど、これから勉強します(まずは東陽スコーピオンズと西島選手のファンになります)』
『西島選手のプロフィールを見たら、私と同じ左利きだったのでちょっとうれしいです』
『おうえんしています。がんばってください!』
 まるで水族館のような、海の動物のイラストが描かれた可愛い便箋に綴られた手紙の最後には、手紙を書いた主の名前が書いてある。
『南 杏夏』
「……」
 最後まで読み終えた西嶋は暫く黙り込み、じっと便箋を見つめていた。やがて便箋を畳むと封筒へと戻そうとする。丁度その瞬間、封筒の中にはまだ何か入っていることに気付いた。
「……!」
 封筒を逆さにしたときに出てきたもの、それは西嶋の写真が使われた野球カードだった。自分ですら直視したくないほどに初々しい自分の姿に、西嶋自身がぎょっとしてしまうほどだった。
『宝物にします。サイン書いてください』
 その野球カードには付箋紙が貼られ、少女の字でそう書かれていた。
「ああ、そうだ。思い出した」
 年代物のカードを見たとき、西嶋の脳裏に当時の記憶が過る。このカードにサインを書いて返送しようにも、この少女の住所が書いていない以上はどうすることも出来ないと諦めていたものだった。

サークル情報

サークル名:NRD
執筆者名:ねるねるねるね
URL(Twitter):@nrd_info

一言アピール
テキレボEX2でも販売中の「君に捧げる97マイル」、プロ野球選手の主人公が自分宛に送られてきたファンレターを読み返す話です

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