金魚掬い
すっかり筆不精ですみません。頂いたお手紙は全て拝見しております。励まされてもおりました。漸くのお返事になることをお許し下さい。先日拝見しましたあの金魚の絵、此度の展示でも見られること嬉しく思います。こんなことを言うのなら本当は、私が買い上げてしまえば宜しいのですが、如何せん懐の事情がそれを許しませんで。ただ好きであるとお伝えするに留まること、どうかお許し下さい。
さて、本日お手紙差し上げましたのは、一つ、お聞きしたいことがございまして。あの作品の、二匹連れ添うように泳いでいる金魚。その後ろに離れて一匹。この一匹、最初からここに居ましたでしょうか。記憶違いならば申し訳ないのですが、最初に先生の絵を拝見した際には見かけ無かったように思いまして。
いえ、私の記憶違いなら良いのです。良いのですが、先生の作品で「無常」というものをコンセプトとしているものがあるとお聞きしました。移ろうもの、無常なるもの。例えば心の動きがそうであるからして、あの、素敵な絵に一匹、孤独な金魚が増えたのならば、それは私の心の持ちようが、きっと変わってしまったのでは無いか、そう、思いまして。先生、不躾な質問ですが、あの金魚は私なのでしょうかね。
親しげに寄り添う二匹を、追うように一匹。もし、最初から存在していたのに、見つけられなかったのなら、それは私の心がそういう形に変わったから、きっとあの子を見つけたのでしょうね。
幼き日の手習いを、成長と共にどんどん忘れていってしまうように、頭の中の使わない部分というのはどんどんだめになっていくようですね。さながら書く、ということが色んな生活のあれやこれやに飲まれて遠のいているうちに、言葉を紡ぐことが億劫になってしまったように。ねぇ先生、描き続けるというのはどうですか。あなたの選んだ日々から、はぐれてしまった私があの一匹の金魚のように思います。ねぇ、あの一匹を、どうにか掬うことは出来ないでしょうか。ああ、いえ、私をここから掬い出して欲しいなどと、そんなことを申し上げているのではないのです。今の生活は十分に私の人生というものを満たしております。ただ、私の心の動きが重なった、あの一匹を、どうにか掬うことは、出来ないのでしょうか。もしも、もしも私の願いが聞き入れられましたら、どうかその子は私にお譲り下さい。庭のお池で大切に育てます。カラスや猫にはもちろん気をつけますので。
突然、不躾なお手紙を送ることになってしまい申し訳ございません。この頃は随分と寒くなって参りましたので、どうかご自愛なさってください。
かしこ
サークル情報
サークル名:コハク燈
執筆者名:瓜越 古真
URL(Twitter):@f_urigoe
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