「過去の私へ」「未来の私へ」

 成人式の日、私は着慣れない振袖衣装で、冷たいパイプ椅子に座っていた。
 長い市長の話がやっと終わり、それこそ儀式的にかわるがわるスピーチ台に人が乗り、話をして、また降りる。それの繰り返しを、重い瞼を何とか開いて聞いていた。
 その後中学のクラスメイトで集まっていた私達は、小学校のタイムカプセルを掘り起こそう。と言う話になる。
 確かにタイムカプセルを埋めよう、と十年前に決まった時に、掘り起こすのは成人式の日、と決めた気がする。
 でもよりにもよって、こんな極寒の中、しかも汚してはいけない振袖を着た状態で掘り起こす気にはとてもなれない。それに、きっと今の私にとって、タイムカプセルの中身は、絶望的な『ある』物が入っているはずなのだ。それをわざわざ掘り起こすなんて、嫌気が差してしまう。
 そんな訳で、「この後別の用事があるから」と適当に断って、私は家へと直帰した。

 「タイムカプセル、ねぇ……」
 家へと帰るや否や、締め付けのきつい振袖を脱ぎ、いつもの部屋着へと着替える。締め付けから解放されたと同時に、堅苦しい儀式からも解放された気がして、肩の力が抜けるのがわかる。
 タイムカプセルは、確か私達が十歳の時に埋めたものだ。まだ未来もわからない、大人に希望を持っていたあの頃。
 タイムカプセル埋めたあの日、スコップ片手に手を泥だらけにして、みんなで学校の隅に宝物を埋めた。そう、あの頃の私達にとっては、宝物だったのだ。
 しかし、時の流れは残酷だ。クラスメイトにもよるだろうが、少なくとも私にとっては、そのまま埋もれたままでいて欲しい、所謂黒歴史的なものしか入っていない。だから、こんなにも憂鬱な気分になってしまうのだ。

 もうタイムカプセルの事は忘れよう。私ももう大人になったのだ。過去は無かったことにして、今日は眠ってしまおう。一日で色んなことがありすぎた。こんな時には休むに限る。

 「よ、久しぶり」
「ひ、久しぶり、だね」
 成人式以来の昔馴染みが家にやってきた。なんでも、例のタイムカプセルの掘り起こしに参加したのだそう。案の定黒歴史暴露大会になって、それはそれは盛り上がったそう。特に男子は。
「何で小学校来なかったのさー。葵が来なかったから寂しいどころか、ちょっとぼっちになりかけたんだけど。ていうか皆見た目変わりすぎだっつーの。まあ十年も経てばそうなるか!」
 あはは、とからからと笑う小学校以来の友人、真奈美。彼女は所謂陽キャで、今の姿もバッチリメイクを決めている。地味が売りと言ってもいい私とは正反対だった。
 それでも低学年からの付き合いのせいなのか、同じ中学を卒業して以降も、時々連絡をとっている。
「これ、渡しにきたよ」
「これ……って、私のタイムカプセル?」
「そ。当時の担任がさ、不参加の奴には出来るだけ届けてやれって渡されて。お節介だよねー。でも渡されたからには本人に届けないとなって思って。あとは葵の自由にしてよ」
「うん……」
「あ、待ってスマホ鳴ってる」
 真奈美は見事にデコレーションされたスマホを取り出し、画面をポチポチと打っている。
「葵ごめん……。彼氏がどうしても来て欲しいって連絡来て。ホントはもっと話したかったんだけど、押しかけたみたいでゴメンね」
「いいよ。彼氏の所行ってあげなよ」
「あんがと! また連絡するね!」
 真奈美はコートを羽織る形で着ていて、寒くないのだろうかとそちらの方が心配になってしまった。が、彼女のことだ。着こなしを大切にするスタイルなのだろう。コートをはためかせながら、彼女は家から去って行った。

 「……はぁ、どうしようこれ」
 私は真奈美から渡されたタイムカプセル、と言ってもガチャガチャの入れ物を少し頑丈にしたものを
見つめながら、眉を下げることしかできない。
 開けたくないなぁ、と思いながら。
 でもそのまま捨てて、万が一家族に見られてもそれはそれで気まずい。親は特に子供の成長アルバムとか、好きな人種だし。
 仕方ない、腹を括ろう。私は、もう劣化しきったセロハンテープをぺりぺりと剥がし、ガチャガチャの蓋を開けた。
 中には、よくあるお菓子のおまけの指人形と、折り畳まれた紙が入っていた。
 指人形は、私が幼い頃に流行っていたアニメのキャラの指人形だった。これでよく友達と遊んだものである。懐かしい。
 問題は、一緒に入っていた、紙。
 私は紙をじっと見つめ、指で取り出しビリビリに破こうとして、やめた。
 好奇心が勝ってしまった。一瞬だけ見て、それで捨てれば良いじゃないか。そんな思いで、四つ折りに畳まれた紙を開いていった。

 「おとなになったわたしへ。
 ケーキ屋さんにはなれましたか? すてきな人とけっこんはできましたか?
 もしかしたら、もう子どもができているかもしれませんね。
 わたしはこどもは最低ふたりは欲しいので、はたちではむずかしくても、四人家族になれたらいいな、と思います。
 もしケーキ屋さんになれたら、すごくうれしいです。
     あおいより」

 手紙を読んで、最初に出たのは大きな溜息。どうせこんな事だろうと思った。最後まで読んでしまった。
 未来への根拠のない希望。純粋が故に傷ついてしまう願い。
 一言で言えば、悲しかった。手紙に書いてある願いは叶えられるどころか、当時の私に現在の私を見せたら、絶望どころでは済まないだろう。
 だから、見たくは無かったのだ。タイムカプセルの未来への自分の手紙なんて、誰だって碌なものではないとはいえ。

 子供の自分の純粋な心にやられ、机に暫く突っ伏し、一旦落ち着く。
 これを破いて捨てるのは簡単だ。でも、これはあくまで手紙。自分から自分への手紙とはいえ、折角だから返事をしてやろうと、ふと思った。

 私は中身がごちゃごちゃで、どこに何があるのか瞬時に分からない状態の机を掘り起こし、レターセットを発掘した。大昔に買って封も開けていないそれは、今回が使うのが初めてだ。
 ペンは、ボールペンで良いだろう。封筒は要らない。便箋に、十年前の私に返事をすることにする。

 「かつて十歳だった私へ。
 私は二十歳のあなたです。残念ながら、夢だったケーキ屋さんにはなれていません。パティシエの専門学校ではなく、普通の大学に通っています。結婚もしていません。結婚予定のお相手もいません。中学や高校に入ったら自然と恋人が出来ると思っていたけれど、そんなことはなかったようです。
 そして今もいません。十歳のあなたのまま、私は奥手の性格で、好きな人に告白できないまま、今の今まで恋人ができず、大人になってしまいました。
 今は、特に夢はありません。『就活』という、大学を卒業した後に就くお仕事探しを今はしています。とても、つらいです。夢の為に仕事を探すのではなく、ただお金を稼ぐ為に、就活をしています。
 簡単にお仕事が決まらないので、何度も、長い書類を書かなくてはならないのです。そして、その書類は大抵は無駄になってしまいます。
 ごめんなさい、愚痴になってしまいましたね。
 二十歳の私はこんな残念な大人になってしまったけど、まなみちゃんは相変わらず元気です。大人なので、お互いお酒が飲めるようになりました。それ程強くはないけれど。
 大人になったら、大変なことやつらいことがたくさん待っているけれど、その分楽しいこともあったらいいなぁ、と思っています。

   二十歳の葵より」

 一気にボールペンを走らせ、便箋に文字を書いていく。途中から愚痴になったり支離滅裂な文になった気がして見返してみたけれど、愚痴ばかりなのはその通り。でも、一応全体として読める文にはなっている……はず。
 この手紙を過去の私が読んだらさぞかし落胆するだろう。だか過去には帰れない。だから過去の私にこの手紙を渡す事はできない。
 だからこれは、自分へのけじめである。
 過去の自分に応えられず、残念な大人になってしまった、私への。

 さて、この手紙だが、悲しいことに渡すべき相手がいない。
 それならば、燃やしてしまうのが良いのだろうが、この現代日本では、簡単に火で何かを燃やせる場所はない。
 そうだ。タイムカプセルは土に埋まっていた。私は、ある事を思い付く。

 簡単な外着に着替えて、上着を羽織る。ポケットに二つの手紙を入れて、スコップを持って、近くの公園へ。
 今にも雪が降りそうな厚い雲が空を覆う中、私は、公園の土にスコップを突き立て、さくさくと穴を掘る。
 そこに、タイムカプセルに入っていた手紙と、先程書いた手紙、二通の手紙を入れる。
 カプセルに入れるのではなく、土の中へと直に入れた。そうすれば、この手紙達は、いずれ自然に還ってくれるだろう。
 どうしてこんな事をしたのかは、正直わからない。処分場所に困って衝動的に埋めたのかもしれない。でも、何となくだが、土に埋めたら、過去の自分に届く気がしたのだ。この、悲しい手紙が。

サークル情報

サークル名:はじまりの銀
執筆者名:サイカ・コハンスキー
URL(Twitter):@kcnsk51

一言アピール
シリアス系の作品をメインに書いている小説サークルです。
タイムカプセルは埋めた事はないのですが、過去の夢溢れる未来への自分の手紙を見ると、こんな気持ちになるのかなぁと思い書いてみました。

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