迷い猫の告白
アタシ、ただちょっとママを困らせたかっただけなの。こんなことになるなんて、思ってもいなかったのよ。
ママったらあの日、本当に酷かったの。久しぶりのお出かけ、アタシ楽しみにしてたのに行き先は病院だったのよ。
そう、病院。アタシ、定期的に検診を受けているの。別に病気とか、そういうわけじゃないわ。ママが心配性なんだけ。アタシは健康そのもの。食欲は勿論あるし、見ての通りの艶のある身体。病院のドクターもナースも、アタシのことお姫様扱いしてくれるから嫌いじゃないんだけど。でもねえ、病院って場所はやっぱり苦手。場合によっては注射とか打ってもらう事もあるでしょ? それだけじゃないって分かっているんだけど。でもでも、やっぱり苦手なものは苦手なの。病院って言葉を聞くだけで、アタシ、センシティブになっちゃう。
だからアタシ、ママの隙をついて逃げ出したの。でも、ちょっと隠れて心配をかけるだけ、ママがアタシを呼んだらすぐに出ていくつもりだったのよ。
だけどねえ、そんなアタシに知らない男のコが声をかけてきて。そう、ナンパ。まあ、ね、アタシがあんまりに美人なのが悪いんだけど。でもちゃんと断ったのに、ナンパ君、しつこくて。嫌だっていうのにあいつ、追いかけてきたのよ。
アタシ、勿論逃げたわ。だってナンパ男は嫌だもの。アタシに釣り合うスマートな男性じゃないと、一緒に歩くのだって嫌。最近ワイルド系が流行りらしいけど。身だしなみができていない男子とか、アタシ的にはありえないわ。
だからアタシ、必死で逃げたわ。あんなに全力で走ったのって久しぶりだった。つるつるのフローリングか、ふかふかの絨毯の上でしか駆けたことのない、このアタシが汚い泥の上を駆けたのよ! ホント、自分のことながら信じられない! その時はでも、ナンパ男を振り切るために必死だったの。汚れるとか、気にしていられなかったのよね。
まあ、あんまりに必死で、どこをどうやって逃げたのか解らなくなっちゃったのは迂闊だったけど。
アタシ、箱入りで。ママが心配性でアタシを外に出してくれなくて。そのことに不満はないけど、でも、夢を見たことはあったわ。見知らぬ土地で迷子になって、ドラマチックな冒険を繰り広げる、アタシが主人公の物語みたいな夢。でもそんなこと現実に起こるわけがないって諦めてもいた。そもそも思慮深いアタシが迷子になる筈もなかったし。
でも、それが現実に起こってしまって。しかも迷い込んだ街は、夢で描いていた場所よりもずっとおかしな街だなんて。
ふふ。アナタたちの街と来たら。本当に驚きの連続だったわね。
肌に鱗が生えてたり、頭に角が生えていたり、髪や肌が素っ頓狂な色合いだったり。なんとなく人の姿をしているとはいえ、人じゃないモノばかりいる街だなんて。そんな簡単に迷い込むような場所じゃないわよね。ふふ。
アナタは確か狐、だったわよね。
ねえ、ちょっと尻尾を出して見せて? 理由? そんなのアタシが見たいからに決まっているじゃないの。駄目? ケチねえ。
ふふふ。あの街ではアタシまで普段と違う姿になっちゃった事も、驚いたわ。
さすがアタシよね。普段とは違う姿になってもちゃんと可愛いんだもの。ミニドレスがよく似合う長い手足と華奢な体、お尻で揺れる尻尾。ふわっふわの長い髪の毛と三角の耳。もちろん小顔でばっちり可愛らしい貌に大きな釣り目の瞳。アタシ、鏡で自分の姿を確認したときにあまりの美少女っぷりに自画自賛しちゃったわ。そういえば美少女に猫耳と尻尾って確か萌えっていうやつじゃない?ママの恋人が前に言っていたわよ。ね、アナタは萌えた? 正直におっしゃいな。
……顔色も変えやしない。ホント、アナタって堅物。
まぁ、アタシの可愛らしさはさておき。
おとぎ話のアリスみたいに、おかしな場所に自分が迷い込んでしまったことはすぐに理解したわ。世間知らずのお姫様ってママにもよく言われているアタシだって、さすがにこれはおかしいって解るわよ。ここは普通じゃない、ママのところに帰れなかったらどうしよう、こんなに可愛らしいアタシなんだもの、暗黒街に売り飛ばされちゃう、って。そうは見えなかったと思うけど、本当に怖かったんだから。
ああ、思い出したらまた怖くなってきたわ。ねえアナタ、アタシの事を抱きしめてくださらない?
……もう、冗談よ。そんな風に嫌そうな顔しないでよ、さすがのアタシも凹むんだからね。さっきも言ったけど、本当にアナタって堅物。常葉が、そう、アナタのご主人様、彼も言っていたわ。アナタは堅物で融通が利かないって。ま、アタシから見たら常葉も堅物だけど。
ふふ。たった五日間の間だったけど、あの街で過ごせて楽しかった。色々あったけど珊瑚も蘇芳もよくしてくれて。あの子たちとのお喋り、楽しかったわ。蘇芳から色々な話を聞けたのよ。珊瑚の淹れてくれたホットミルクもアタシの舌にちょうどいい温度だった。
でも珊瑚は男の趣味が悪いのが玉に瑕よねえ。なんであのコ、時雨みたいにもっさりした子を構っているのかしら。アタシには及ばないけどそこそこ可愛いし、珊瑚のこと好きなコは他にもいるみたいなのに。なんで時雨かしらねえ。あいつ、本ばっかり読んで、寝癖が付いているのも気にしないような男よ? どうなのそれって。腐れ縁? んー、そうだとしてもアタシだったら御免だわ。ああいう、自分の身だしなみに無頓着な人って。ナンパ男の次に許せない。
その点、アナタは合格。アナタならアタシの隣に並んで歩いても許せるわ。
何よう、またしかめっ面。もう、照れ隠しなんかしなくてもいいのに。
ああん、もう、冗談だってば。手を離さないで。常葉も言っていたじゃない。私が帰り着くまで手を繋いでいることって。だから、ほら、指を絡めてアタシのこと離さないで頂戴。
そう、ありがと。
……ふふ。たった五日間の事だったけど、本当に楽しかった。迷子になって不安だったのは最初だけだったわ。
本当に、最初に出会ったのがアナタでよかった。
あの街に迷い込んだ最初の時から最後の時までずっとアナタと一緒にいられて、アタシ、本当に嬉しかった。
ありがと。
……。アタシの『小首かしげて上目遣いのポーズ』で堕ちなかった人ってアナタが初めてよ。アタシがこの顔をすると、メロメロになっちゃうって。どんな願い事だって叶えたくなるって、小悪魔なママからお墨付きをもらっているのに。
時雨や常葉もアタシに興味がなかったって? 馬鹿ね。あいつらには愛想なんか、ひとっつも振りまいてないわよ。甘く見ないで。アタシ、誰にでも愛想がいいわけじゃないのよ。
そうよ、アナタだから愛想を向けていたんじゃない。
それがアナタったらアタシからの色目を全部スルーするんだもの。アナタのそっけない態度。アタシ、自分の魅力がなくなっちゃったんじゃないかって自信を無くしたわ。だから試しに関係のない通行人を誘惑したんだからね。
……はいはい、そうですね。アナタが来なかったら、アタシ、危ないところでした。これからは色目を使う相手はアナタだけにします。でも、勘違いしちゃった人が有名な怪盗だったなんて、アタシが知るわけがないでしょう?
だってアタシ、迷い猫よ?
ああんもう、反省してるってば。でもピンチのアタシを助けに来てくれたアナタは最高に格好良かったし、これって結果オーライってやつよね。
え、それも常葉様の言いつけだって? もう、無粋なことは聞きたくない。本当にアナタって職務に忠実な執事様よね。腹立たしいくらいだわ。
……わかってる。アナタがアタシをこうして送っているのも、アタシのことが心配だからじゃない。あの犬狼の家に仕える執事だからに過ぎないって。主人から言われただけだって。アナタはアタシの事なんかこれっぽっちも思っちゃいないって。
あ、ううん、何でもないわ。ちょっとした独り言よ。もしかして、アタシのこと全部、知っておかないと気が済まないの? 束縛する男はアタシ嫌いよ? なんてね、ふふ。
それで、結局のところ勤勉な執事様は結局のところ誰が好きなのかしら。
好きな人はいないって、嘘。アタシの目は誤魔化せないわよ。
アナタが好きな人って、珊瑚じゃない?
え、違うの? あれえ、おかしいわね。アナタが珊瑚に見惚れていたのは勘違い? うーん、それじゃあ珊瑚によく似ている人。たとえば、珊瑚のママ、とか、おばあちゃま、とか。
あら、今度は当たったみたいね。アナタの事ならなんだってお見通しなんですからね。うふふ。
あん、図星だからって視線をそらさないでよ。往生際が悪い執事様ね。
まあ、アナタが誰を好きかなんて関係ないけど。好きな人がいてもいなくても、アナタがアタシを好きになるまで追いかけるだけよ。
なあに、その顔。あきれてものが言えないって書いてあるわよ。ふふ。そうね、普通だったら好きな人がいる時点であきらめるのかもね。
でもね、アタシがアナタを好きなの。アナタに好きな人がいることなんか、アタシのこの気持ちをあきらめる理由にはならないわ。
アタシ、アナタに会いにまたあの街を訪れるわ。道を憶えたし、常葉にも許可は取ったわ。次は迷い猫じゃなくてちゃんと客人として伺うつもりよ。まだ少し先の話だけど、ママが子離れならぬ猫離れできるようになったら、あの街に住みつこうかな、とも考えてもいるの。
本気よ? 大好きなママと離れるなんて事、アタシ、冗談になんかしないわ。
ねーえ、知ってた? 猫ってね、なかなか執念深い生き物なの。
必ずアナタを手に入れてやるから、覚悟しなさい。
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執筆者名:sunny_m一言アピール
sunny_mの個人サークルとして活動。
のんびり淡々とした日常系が多め。時々切ない日常系。すこし不思議な世界を舞台にしていても日常系。
綺麗なお姉さんとか猫背な青年とか美少女とか好き。
今回の猫作品は前回アンソロ「小さな食堂にて」とかその他もろもろの作品と同じ世界観です。



