まこと
ひっそりと静まった校庭に、やはり今日も人の姿があった。
黒く、艶のある髪の毛が風に揺らされている。強く射す西日を背にして顔は見えなくなっていた。
足元に伸びてきている影を踏まないようにと気をつけて、男が人影に近づいた。
「まこちゃん、今日も残ってるの?」
初老を迎えた用務員の男性が遠くから声をかける。
まこちゃん――東野眞はゆっくりと用務員の方へ目を向けて頷いた。腕になにか大事そうに抱えていると思えば、やせ細った汚い猫だった。
本来白であるはずの毛が汚れて茶色くなっている。
「まこちゃん、また猫拾ったの?」
「おうちに持って帰るんだ」
「一週間前も持って帰ったでしょ? お母さんはいいって言ってるの?」
「…………」
用務員がそう言えば眞は下を向いて黙ってしまう。
眞と向かい合うと、西日が直接目に刺さって痛い。
彼女の手の中で猫が蠢いていた。
「お母さんに許して貰わないで、勝手におうちに持って帰っちゃダメじゃない?」
「眞がいいから、いいの」
「まこちゃん、お母さん困っちゃうよ?」
「お母さん困らないよ」
眞はきっぱり言って猫の体を撫でる。泥で固まったゴワゴワの毛並みは決して心地いいはずない。
彼女の黒くて大きな瞳が、しょぼくれた瞳を覗き込むようにしている。
「猫さんが、眞と一緒に居たいって」
「そう……」
眞の服が猫のせいで汚れている。彼女の服だって綺麗とは言い切れないものだ。
「まこちゃん、とりあえず猫洗おうか。そうしたら持って帰ろう?」
「……洗うの?」
「まこちゃんのおうち、汚れちゃうよ」
「……そうだね」
東野眞には抗えない。初老のしぼんだ力では、彼女の瞳にきっと勝てはしないのだ。細いながらもハリのある、四肢がそう訴えかけてきていた。
眞がボロボロの猫をそっと撫でた。
「キレイになろうね、ねこさん」
やさしく笑む彼女を見ながら、用務員は何とも言えない胸騒ぎを覚えるのだ。
「まこちゃん、お湯と洗面器貸してあげるから、君が洗うんだよ?」
「わかってるよ、ねえ」
七人と透明な私(Twitter)直参 B-13(Webカタログ)
執筆者名:八重土竜一言アピール
幼女が好きです。もにゃっとした小説を書きます。