おさんぽや

 暗闇の中に小雪が散らついている。
 会社の前にある自動販売機の明かりで雪に反射して辺りがほのかに明るく見える。もう、そんな季節になってきた。
 
 この時期はお正月から春休みにかけての商戦の為に残業が増えてくる。午前0時を回ったのに、同じフロアにはまだ半分ぐらいの同僚がいる。それが正しい姿とは思えないけれど、独り身だし、特に用事もないし、仕事が楽しいから苦にならない。クリスマスの季節になると、やや寂しい感じはするけれど、まぁどうせ会社に居るんだろうと思う。
 いつも買っているホットコーヒーが売り切れにならずに残っている。お金を入れようとすると、小さな声が聞こえる。

ー いらっしゃいませー。

 自販機の隣にある電柱の方を振り返ると、暗がりの中に茶トラ猫が居る。
 その猫は駅弁売りスタイルで首から大きな箱を吊っていて、こちらを上目遣いで見ている。
 
「……猫?」
「はい。ねこです。いらっしゃいませー」

ー 猫と会話してしまった!

 寝不足が見せる幻影なんだろうか?とりあえず面白いからノってみる。

「……えっと、何屋さんですか?」
「はい。『おさんぽや』さんです」
「お散歩屋? お散歩を売ってるの?」
「はい、そうです。おさんぽする余裕の無い悲しい人に、おさんぽを売る大切なお仕事なのです」
 若干カチン、とくるようなその言い回しが気になるけれど、その茶トラ猫が持っている箱の中身が気になったので覗き込んでみる。そこにはガチャポンの透明なカプセルが沢山あって、箱に付いているポップには「ひとつ百円」と書いてある。
 
 ちなみに茶トラ猫の首には名札があって「研修中・田中」だそうだ。

「じゃぁ、これ、一つ下さい」
「はい。ひゃくえんです。お好きなものをお取りください」
 コーヒーを買おうと思って持ってきた百円玉を渡して一つ選ぶ。カプセルを開けてみると、突然それが発光して、あまりの眩しさに思わず目を伏せる。

 ぐらりと目眩を感じると足元を確認しながらゆっくり目を開けてみる。そこは小さな遊園地で、近所の駅ビルの屋上だ。こういう場所に一人で来る事はない。なんといっても子供やその親たちが沢山いるから、ゲームで遊ぼうと思ってもその視線が少し痛いのだ。奥には九つのゴンドラがついている小さな観覧車があって、係員の趣味なのか、マニアックなアニメやゲームの曲が流れている。
 さすがに夜中は営業はしていないらしく、非常灯に照らされた雪が少し積もり始めた中を歩いていくと、寒さに身体を震わせる。自販機に行くだけの予定だったから上着を持ってこなかった。とりあえず暖を取ろうと観覧車に向かって、ゴンドラに乗り込む。

ー いらっしゃい。なんにします?

 今度はゴンドラの中にカフェがある。ゴンドラの戸を後ろ手で閉めると、正面にあるカウンターの中の黒猫をみる。

「……今度は何屋さんですか?」
「……見てわかるでしょう。カフェですよ。カフェ。ご注文は?」

 カウンターの上にメニューがある。ブレンド、アメリカン、カフェオレ、ミルク。特に変わった物があるわけでもない。ちょうど寒かったしコーヒーも飲みたかったから、ブレンドを注文と、ぶっきらぼうな黒猫は顎で左右にある二人掛けの椅子に座るように合図をする。

 ガタンと揺れると、観覧車が動き出す。
 
 よく見ていた風景だけれど、この観覧車から見るのは初めてだ。駅前のロータリー全体が見え始めると、タクシーのランプが並んでいるのが見える。
 そういえば、この屋上遊園地に最後に来たのは長い事付き合っていた彼女と別れた時だ。
 出てきたコーヒーを受け取るとゆっくりと味わう。やっぱり淹れたては違う。缶コーヒーには無い旨さが。
 彼女は珈琲が好きで、僕はそれに影響されて飲み始めたんだった。
 
 だんだんと気が滅入ってくる。お散歩を買ったのに、何が楽しくてモノ悲しい彼女との別れた場所に連れて来られて、思い出のコーヒーなんぞを飲んでいるんだろう。ゴンドラがようやく頂上付近に到達する。雪が窓ガラスに貼り付いて結晶がよく見える。

「……お客さん、最近自由な時間って使ってますかね?」
「……はぁ? いや、どうかな? 最近は土日も出勤してるから特にはないけど、別に困ってはいないよ」
「……お困りの方がいらっしゃるんですよ」
 黒猫がヒゲをピクッと動かして、外を差す。すると遊園地のベンチに少し髪の毛が伸びた彼女が座っていて、携帯電話の明かりが彼女の顔を照らしている。
「え? なんで?」
「……お散歩屋が売ってるカプセルは、心の中で気になっている所に誘導してくれる代物なんですよ。お客さんはココが気になってた。というより、ココで彼女と喧嘩して先に帰ってしまったことを気にしている。その後彼女がどうしたかも確認していない。そして連絡すら取っていない。そう、勝手に彼女に嫌われたに違いないと別れたと思い込んでいるからです。そして彼女もまた、あなたに嫌われたと思って、ココが気になっている」
「………」
「……ゴンドラが一周する時間ぐらい、冷静に思い出してみたらどうですかねぇ?」

 思いっきり猫に説教されている。
 それよりも、その話しは本当なんだろうか?ゴンドラが次第に高度を下げて、到着する。

「……コーヒー四百円です」
 財布からお金を出して黒猫に渡すと、慌てて外に出る。ゴンドラの音に驚いたのか、彼女が吃驚して立ち上がってこちらを見つめる。
 
「……ええっと、ごめん」
 とっさに一言彼女に伝える。
「メール、返事してなかった」
「……うん」
 コーヒーで少し温まったのか、顔が熱い。でも、なんだか今なら正直に言えそうな気がする。
「……その、ごめん、本当は会いたかった」
「……うん。こっちこそ、ごめんね」

 独り身だし、特に用事もないし、仕事が楽しいから苦にならないなんて、本当は強がりだ。思わず苦笑いをしてしまう。

 彼女が猫にどうやって頼んだかわからないけれど、こんな仲直りもアリかもしれない。あとでおいしいものでも食べながら、ゆっくり経緯を話してもらおう。
 
 またあの研修中の田中猫にも会えるだろうか。会えたらちゃんとお礼でも言っておこうと思う。


Webanthcircle
ばるけん(Twitter)委託-26(Webカタログ
執筆者名:猫春

一言アピール
「少し不思議」をテーマにした小説や猫グッズ、豆本などを制作しています。今回のお話は再録の加筆修正版になります。作品に猫話が多いのですがこちらもよろしくお願い致します!/blockquote>
Webanthimp

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください