化け猫クロ

猫は長く生き過ぎるとやがて化け猫になるという。
果たしてそれは本当なのだろうか。
 
確かに俺は長生きだった。それも、かなり生きている方だと思う。幼い頃に一緒に遊んでいた仲間はもう、誰も生きていなかったが、俺だけは今もこうしてのうのうと生きて、呑気な毎日を謳歌していた。
 それは、粉雪がチラつく寒い冬の明け方の事だった。俺は路地裏の片隅で、寒さに耐えながらうずくまっていた。いつの間にか目の前に不思議な男が立っていた。真っ黒なマントに身を包み、頭からフードを被っていて顔はよく見えない。その男は、俺に向かってこう言ったのだった。
「人になりたくはないか?」
 その男が言うには、俺を人にしてやっても良いという。ただしそれには条件がひとつあって、それは人間を殺すことだった。
「猫の俺がどうやって人間を?」
 ばかばかしいと思いながら聞き返すと、俺に人を殺すことが出来る力を授けるという。
「死ねと念じながら噛みつくだけでいい。簡単だろう?」
 そういうと男は、何やらまじないのようなものを俺にかけたようだった。
 気がつくと男はいなくなっていたのだが、これで俺に人を殺すほどの力が宿ったというのだろうか。
(ばかばかしい)
 俺は一つあくびをすると、うつらうつらと眠りについた。

 目を覚ますと、今度は目の前に黒髪の少年がいた。しゃがみこんで、くりくりとした目で俺の顔をのぞき込んでいる。
「あ、目を覚ました!」
 目が合うと、少年は嬉しそうに笑った。
「君って綺麗な真っ黒な毛並をしているんだね。あんまり綺麗なんで見入っちゃったよ」
 そう言うと少年は手を伸ばして俺の頭を撫でた。
(よし、ひとつ試してみるか)
 と思い、少年の手が俺の目の前の方へと移動してきた時に、がぶりとひとつ噛みついてみた。
 しかし、少年は顔色一つ変えずに、笑顔のままで「こらこら」と言っただけだった。
(なんだ、人を殺せるどころか、なにも起きないじゃないか)
 そう思い、口を開けて少年の手を離すと首を傾げた。
「ふふふ。可愛いね君」
 少年は俺を抱き抱えると頬を擦り寄せた。真っ黒な俺の身体を見て綺麗とか可愛いとか表現する人間は珍しかった。 
「よし、連れて帰っちゃお」
 そう言うと少年は俺を抱き抱えた。少年の腕の中は不思議と居心地が良かったので、俺はされるがままに身を任せることにした。

 ずいぶんと長い道のりを連れて行かれたようだった。まあ、俺は眠っていたのでその間の記憶は無いのだが……。
 気がつくと俺は、宮殿のような建物の中にいるようだった。
「ただいまぁ」
 と言いながら少年は広い廊下を歩いている。
「お帰り……」
 一番最初に出迎えたのは肌の色から髪色まで真っ白な少年だった。少し驚いたような顔をしながら俺の方を見ている。
「て、ちょっとまてよ黒竜!」
 と、白い少年が黒髪の少年を呼び止める。
「なあに? 白竜兄さん」
 黒竜が振り返る。

 黒竜に白竜。
 と言うことは、こいつらは竜の化身で、俺は今、竜の館にでも連れてこられたのだろうかと考える。どうりで噛みついてもびくともしないはずである。もっとも俺に人を殺せるほどの力が本当に宿っているのかも疑問だったが。

「なあに、ってお前それ、猫だろ? まさか地界から連れてきたのか?」
「そうだよ」
「そうだよ、じゃないよ! 今日はめずらしく骸骨を拾ってこなかったと思ったら今度は猫? さすがにそれは兄さんに怒られるよ。地界の生き物を勝手に連れてくるなんて……」
「やっぱりだめかなあ?」
「なんだ? 猫か?」
 今度は赤い髪の青年がやってきた。興味深そうに俺の顔をのぞき込んでいる。こいつが白竜のいう「兄さん」なのだろうか。
「紅竜兄さん、やっぱりだめかな? この子、地界から連れてきちゃったんだけど……」
 そう言って黒竜が俺の身体を掲げた。
「地界から……? で、うちにおいておくの?」
「だめだよねえ、そんなの」
 確認する様に白竜が言ったが、紅竜は即答しない。
「うーん、可愛いし、いいんじゃない? ――て、言いたいけど、それは兄貴しだいかな……」
 こいつの上にさらに「兄貴」なる人物(竜?)がいるらしい。
 かくして俺の運命はその「兄貴」の決断に委ねられた。
 その日の晩、兄弟揃っての家族会議となった。

「で、この子がその例の猫ですね?」
 長い黒髪を後ろに結わえた青年が俺の顔をのぞき込んだ。ほかの3人に比べて一番物腰が落ち着いており、なるほどこいつが兄弟の長男なのだろうと言う雰囲気を醸し出している。
「だめかなぁ、青竜兄さん……」
 黒竜が俺の頭を撫でながら言った。
「確かに可愛いですけど、地界の生き物を天界で飼うのは……」
 天界? どうやら俺は天まで連れてこられていたらしい。
 青竜はしばらくの間考え込んでから口を開いた。
「でもこの猫、黒竜が連れてきたという事はただの猫ではないのでしょう?」
「俺もそんな気がしてたけど……」
 紅竜も続けて言った。
「げ、そうなの!?」
 白竜は戸惑いながら俺の顔をじーっと見つめた。
 いや? ただの猫だぜ?
 と思いながらひとつあくびをする。
「うん。化け猫だよ」
 化け猫? だと? それはおれも知らないぞ。
「やっぱりそういう事でしたか……」
 青竜がため息をつく。
「げ! マジで?」
「うん。ほら」
 そう言いながら黒竜が俺の身体を白竜に押しつける。
「動いてないでしょ、心臓」
「ほ……本当だ……」
 そ、そうだったのか!いや、俺が一番びっくりしたよ。俺って死んでたのか。いや、死んでるのに生きている?
「死んでるのに生きてるの」
 俺が思っている通りの事を言いながら黒竜が俺を抱き寄せる。
「生きているから黄泉の国へ連れて行く事も出来ないし、死んでいるから地界へ置いておく事もできなくて……」
「で、連れてきてしまった訳ですね」
「でも、いいのかよ、そんな訳の分からない生き物を連れてきちゃって……」
 白竜のやつ、訳が分からないとは失礼な! いや、確かに俺にも訳が分からないが……。
「やっぱりだめかなあ。だとしたら、この子は妖獣として始末するしかないのだけど……」
「え!?」
 青竜の顔色が変わる。そして俺の顔色も。いま、始末って言ったよな? 妖獣? この俺が?
「この子は特になにも悪いことしてないけど、地界の生き物を超越した力を持ったものは妖魔、妖獣という事になるでしょ」
「た……確かにそうですけど……」
「兄さんがダメって言うなら、この子は僕が始末するしかないなあ……」
 言いながら黒竜は俺の顔を青竜の目の前へと近づけた。ダメ押しとばかりに俺も「ニャーン」とひとつ鳴いてみる。
 青竜はたじろきながら重い口を開いた。
「そ、そんな風に言われたら、ダメとは言えません……」
「じゃあ、いいよね?」
 黒竜の顔がぱあっと明るくなる。
「誰にもバレない様にしなくては……」
 と青竜は不安そうだったか、 かくして俺は、この日から天界の竜の城で飼われる事となったのだった。
「化け猫って飼ってみたかったんだあ♪ そうだ! 名前はどうしよう?」
 と黒竜は上機嫌だ。
「黒いからクロ? それじゃあ、お前と一緒だな!」
 と言って紅竜が笑う。こいつはあまり深い事は考えていない様である。
「化け猫飼うってマジかよー。気味悪い……。どうせ飼うなら白猫が良かったな……」
 と白竜はぶつぶつ言っていた。だけどその後に、いざ俺と白竜以外誰もいないような状況になると、思いっきり俺を抱き抱えてもふもふしてくるのであった。案外可愛がって貰っている。こいつは自分で思っていることと口に出して言っている事が時として違うらしい。
「不死身である事以外に何か特殊な力があるとも思えませんが、あまり悪さはしないで下さいね」
 と、事あるごとに青竜は俺に向かって念を押した。
 そういや、人間になれるというアレは何だったのかな? 俺の周りには竜しかいないのでもはや確かめようもないけど、俺にまじないをかけたあの男は何だったのだろう。おれが化け猫となってしまったのはあの男のせいだと思うが、あいつ悪魔か何かかな……。まあ、どうでもいいか。おかげでこうして毎日寒さにも空腹にも耐えなくても良くなったのだ。人になるよりも、いっそこのままでいよう。


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執筆者名:天野はるか

一言アピール
一次創作でのんびり活動してます。ファンタジーや、恋愛絡みの作品などが好物です。
アンソロでは、猫の目線で自創作「幻創夢伝」のキャラをゆるく紹介させる内容を試みました。

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