又八物語

 むかしむかしある山のてっぺんに、小さなお寺がありました。
 ある日、和尚さんが境内を掃除していると、林の中に光るものがありました。
「おひさまの欠片でも落ちたかいのう」
 和尚さんはそう思い、おそるおそる林の中に入っていきました。すると和尚さんは竹が一本黄金色に輝いているのをみつけました。
「きっと竹のなかに仏様がいらっしゃるに違いない」
 和尚さんが光る竹に手を伸ばすと、中からすうっと子猫が出てきました。
「なんじゃ猫か」
 和尚さんは少しがっかりしましたが、せっかくなので育てることにしました。
 子猫は『又八』と名付けられ、和尚さんとお経を詠んだり、近くのクマと相撲をとったりして、すくすくと育っていきました。
 しかしある日、二人で朝の薄いイモ粥をすすっていると、又八は和尚さんにいいました。
「海辺の村がまた鬼に襲われたそうでございますにゃ」
 和尚さんはうんうんと頷きました。
「うわさでは鬼は山のふもとにまであらわれるらしいの」
「わたしは和尚さまに育てていただいた恩返しがしたいのですにゃ。ですから鬼退治に出かけようと思うのですにゃ」
「気持ちだけで十分じゃ。それよりおかわりはいらんのか、まだ二杯目じゃないか」
 和尚さんはイモ粥の鍋をかき混ぜながらいいました。しかし又八は負けません。
「鬼を退治すればきっと感謝されるにゃ。そうすればお寺の修繕も、一品おかずを足すことも夢ではありませんのにゃ」
「おかずか。遠いの」
 和尚さんはイモ粥をジッと見つめながら、シミジミといいました。
 山のお寺は檀家もなく、とても貧しかったのです。
「そこまでいうならこれを持っていくとよい」
 和尚さんは又八にイモの入った袋を渡しました。
「何かと都合の良いイモじゃ、大事に使うのじゃぞ」
「和尚さまありがとにゃ」
 こうして又八は鬼退治にでかけました。

 鬼の顔をしている島だから間違えるはずもありません。鬼ヶ島は波の向こうに見えました。又八が渡し船を求めて砂浜を歩いていると、子供たちが亀を棒でいじめていました。
「これこれ子供たち。このイモをやるからその亀を放しておやりなさいにゃ」
 又八がそういってイモを渡すと、「ふざけていただけだ」とか「こいつが最初にやった」とかいいながら子供たちは去っていきました。
 亀は海に帰ろうと手足をバタバタさせました。
「ほう、助けてくれたお礼をしたいとにゃ」
「そんなこといっとらんわい」
 亀はそういいましたが又八は聞こえないふりをしました。
「ならば鬼ヶ島へ連れていくにゃ」
 又八は亀の甲羅にどかりと腰を下ろしました。
「浦島の一件以来、背中に人を乗せたくないんじゃがね」
 と亀はボヤきました。しかし「竜宮城じゃなければ老いることもあるまい」と思いなおすと
「はいよ、鬼ヶ島ね、すぐそこだからね」
 といって泳ぎだしました。
 
 天井には大きな星が回転し、様々な色の光が床からその星を照らしていました。速い音楽が大きな音で鳴り響き、大広間はチカチカと光るのでした。肉や酒が山のように積み上げられ、どれもイモ粥とは比べようもないほど美味でした。
「ようこそいらっしゃいました。乙姫でございます」
 乙姫は着物の隙間から、白い肌を覗き見させるようにお辞儀をしました。
「これはいったいどういうことにゃ。鬼ヶ島なのに鬼がいないにゃ」
 又八は困りました。これでは鬼退治ができません。
「鬼たちは村においてある募金箱を回収している最中ですわ。三日ほど置いておくと結構たまるんですの。募金が少ないときはまぁ、その、ねぇ。おかげでここも『鬼ヶ島』なんて呼ばれているんですのよ。島のかたちも凝ってますでしょう」
 乙姫は口元を隠してクスクスと笑いました。
「よかったにゃ。ちゃんと鬼はいるんだにゃ。しかしなんのためにそんなことをするんだにゃ」
「わたしは宴が大好きなのです。特に若い男性と遊ぶのが大好き。でも年中無休となるとお財布が大変で」
「でも村を襲うのは良くないにゃ」
「善意の竜宮募金ですわ。もう又八さまったらそんなお話ばっかり、嫌ですわ」
 乙姫は怒ったふりをしてプイと横を向きましたが、弾けたように笑いだしました。
「今宵は存分に楽しんでいってくださいね」
 乙姫はすでに出来上がっていて白い頬は薄紅色でした。
 奥の舞台から「ヤー」という声が上がりました。ちょうど人魚たちによる十段のピラミッドが完成したのでした。

 夜になりました。
 どんちゃん騒ぎもおわり、又八は寝所に案内されました。
 真っ赤な羽根布団には金の糸で竜が刺繍されていました。
「趣味は最悪。でも寝心地はよさそうだにゃ」
 ほくほくと又八は布団にすべりこみましたが、中になにやら柔らかいものがありました。
「嫌ですわ、又八さまったら」
「これは乙姫。いやはや、案内係が間違えたようだにゃ」
「いいえ、間違えてはおりませんわ」
 乙姫は又八を乳で挟んでもみくちゃにしながらいいました。
「さあ夜は長いですわ」
 そういうと乙姫は又八にまたがりました。
「ちょっと待つにゃ。にゃんというか、こういうのはじめてなのにゃ」
「ええ、わたしも猫相手ははじめてですわ」
 しかし、上になったり下になったり、又八は乙姫の股ぐらをほうほうと感心して眺めるばかりです。又八は人間である乙姫の色気がわからないのです。
「さぁ又八さま、ここに入れるのです」
 焦れた乙姫は、両足を高々と上げて叫びました。
 又八はおもわずそこに、和尚さんからもらったイモをつっこみました。
「あひぃ」
 するとどうでしょう。乙姫の股ぐらから大判小判がザクザクと吹き出してきました。
「これで村を襲う必要はなくなったにゃ」
 又八は満足していいました。その横で乙姫も満足していました。
 次の日、いよいよ鬼ヶ島から帰ろうと又八が支度をしていると、乙姫が従者を引き連れてやってきました。なぜか蝶のようなお面をつけていました。
「又八さま昨晩はありがとうございました。お礼にこの大きな葛篭つづらと小さな葛篭をさしあげましょう」
 又八は大喜びで二つの葛篭を受け取りました。
「どちらもなるべく早く開けてくださいまし」
 又八は上機嫌で鬼ヶ島をあとにしました。

 それから鬼に村が襲われるということはなくなりました。又八が鬼を退治したのだというウワサは、近くの村だけではなく、お侍の源頼光にまで届きました。
「そんな立派な若者は是非わしの配下にくわえたい」
 頼光はさっそく又八に会いに出かけました。
 ときを同じくして、空の彼方からピカピカ光る星のようなものがお寺にやってきました。そして中から銀色の服を着た人が出てきていいました。
「ムルムルヨ、ソラニカエルジカンダ」
「和尚さま、あの銀色は一体なにをいっているのかにゃ」
 又八は不思議そうに和尚さんを見あげました。
 しかし和尚さんは又八が竹から生まれたことを知っています。これは尋常なことではないと足がすくんでしまいました。
「ムルムルよ、空に帰るのだ」
 和尚さまは銀色に調子を合わせていいました。
「嫌だにゃ。わたしはムルムルではなく又八だにゃ。ここで和尚さまと一緒に暮らしたいのにゃ」
 和尚さんはウンウンと頷きました。
「ムルムル。いや又八よ、すぐに河原からガマの穂をとってくるのじゃ」

 和尚さんはガマの穂からとれた実をすり潰すと、イモと混ぜて又八に食べさせました。
「からだが凄くかゆいにゃ」
 又八がたまらず全身をかきむしると、からだの皮がブカブカになってきました。
「又八や、その皮を脱ぐのじゃ」
 又八は着物と一緒に自分の皮まで脱ぎました。
 和尚さんがその皮をプウと膨らませると、又八そっくりの空気人形ができました。
「銀色にはそいつを渡せば良い。又八や、バレるまえに逃げるぞ」
 又八は赤剥けになったからだで震えていましたが、ニッカリ嬉しそうに笑いました。

 銀色は空気人形をピカピカ光る星のようなものに乗せて浮かび上がりました。
 しかしそれを頼光は遠くから見ていました。
「わしが配下にしようと思ったのに許せん」
 頼光は空気人形を本物の又八だと勘違いしたのでした。
 怒った頼光は火縄銃を一発ズドンと撃ちました。

 ドカン!

 ピカピカ光る星のようなものは煙を吹いてふらふらと山の向こうに落ちていきました。
 山が大きく揺れました。

 何日かして、又八は鬼ヶ島でもらった葛篭のことを思い出しました。
「すっかり忘れていたにゃ」
 又八はさっそく大きな葛篭を開けました。
「早めに開けてっていったのに。又八さまはひどい男でございます」
 そういって葛篭の中から出てきたのは乙姫でした。飢えていたらしく、前よりも少し細くなっていました。
「わたしを満足させてくださる男は又八さましかいないのです」
 そういうと乙姫は又八に抱きつきました。
「しかしわたしは猫なのにゃ」
 又八がうなると乙姫がいいました。
「小さな葛篭を開けてみてくださいまし」
 そういわれて又八は小さな葛篭を開けました。
 するとどうでしょう。葛篭の中から灰のような煙がもうもうと湧き上がり、又八を包んでしまいました。
「これは一体どういうことじゃ」
 和尚さまは又八を見て腰を抜かすほど驚きました。
 又八は若い男の姿に変身していたのです。
 人間になった又八は今度こそ乙姫の良さがわかりました。
 又八が乙姫の薄い背中に腕を回すと、彼女は頬をよせて喜びました。
「若いもんはええのう」
 和尚さんはウンウンと頷きました。
 三人はいつしか四人になり五人になり、お寺で仲良く暮らしましたとさ。
 
 トンテンカラリノチン


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執筆者名:奥田 浩二

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