御猫様祀り

 十二月、「御猫様祀おねこさままつり」の季節がやってきた。
 御神体ごしんたい町の交差点から、林立するビルのはざまで、小山のようなおおきさの黒猫――御猫様がうずくまっているのを見かける。
鯖虎さばとら君、来月のお祀り、うちの会社も参加するからね、資料用意しといて」
 昼食から戻ってきたオフィス。課長の突然の指名に、新入社員の僕は慌てた。
「えっ? お祀りの資料なんて、どうやって作ったらいいか知らないですよ!」
 課長は猫の手で背中をぽんぽん叩きながら、にたりと笑った。
亜祖部あそぶ町の図書室に行くといいよ。司書さんがなんでも教えてくれる。おやつの時間が終わったら出て、それで直帰でいいから、今日行ってきなよ」
「はあ……」
 ということで、総務の仕事もそこそこに、僕は図書室に向かった。
 大正時代に作られたという木造の建物を利用したコミュニティセンターの一角に、図書室があった。ステンドグラスから弱い日差しが差し込み、レファレンスカウンターに座る黒髪ロングの司書さんを照らしていた。
「お祀りの資料ですか」
 金と青のオッドアイの司書さんは小首を傾げる。
「うちの会社、寛政年間からの老舗なんですが、毎年のお祀り前に町内会のシンポジウムの資料を作っていて……。今回のテーマは『御猫様は肉と魚どっちが好きか』ということで……」
「興味深いテーマですね!」
 司書さんは目を輝かせた。
 彼女は資料室の鍵を開けると、中から古文書を取りだして示してくれた。
「享保の改革で御猫様のお食事も縮減されたのですが、その際に侃侃諤諤の議論が起こりまして」
 ミミズの這いずったような古文書を手袋を付けた手でなぞり、司書さんが言う。
「御猫様にふさわしいのは魚だ、いや肉だ、と論争が起こったのです。ですが、日本は古来より肉食を忌む風習がございましたので、結局、魚だということに落ちつきました」
「ははあ。当の御猫様のご意思はとくに確認されなかったのですね」
「ただ、その後のお祀りを続けていくうち、御猫様がやせ細ってこられて」
「それはたいへんだ」
「結局、肉も魚も両方大事だ、ということになって、現在のお祀りの形式に落ちついたのです」
「なるほど」
 ということで、僕はさまざまな資料のコピーを取らせてもらい、それを持って帰路についた。
 その翌月、御猫様祀りは始まった。出店が通りに立ち並び、焼きイカや綿飴などの雑多な匂いが漂ってくる。シンポジウムは無事終わり、僕は司書さんと待ち合わせをして、御神体神社の境内に向かった。というのも、司書さんがまだご饗応の神事を見たことがないと言ったからだ。うちの会社は町内きっての食品問屋で、今回のご饗応のお食事も一手に引き受けている。僕も社員特権でお社の中まで入れるのだ。課長に相談したら、司書さんならと、許可をくれた。
 お社は御猫様の顔に接して作られている。
 神職のひとたちが鈴を一斉に鳴らすと、黒い御猫様がゆっくりと金色の目を開いた。
「かしこみかしこみもーす」
 と祝詞を上げ、去年も御猫様のおかげで商売繁盛だったこと、今年も変わらぬご加護をお願いします、ついては御饗応をさせていただきます、という旨を申し上げる。
 お社には、新鮮な魚、焼き上がったばかりの豚や牛や鶏の肉が山ほど並べられる。
「むにゃ、むにゃ」
 御猫様はぺろりと舌なめずりをして、それからがつがつとお食事を召し上がった。
「すごい勢いですね」
 司書さんが感心して言う。
「やっぱり肉と魚、どちらが先ということもなく、いっしょくたに召し上がっていますね」
「やはり両方ともお好きなのでしょうね……」
「にゃも」
 御猫様がお食事を終えられて、一声鳴かれた。
「おお、お告げがいただけるようだぞ……!」
 周囲の同僚や神職がざわめいた。
「にゃんにゃんにゃん、にゃんにゃかにゃん」
 巫女さんがそれを聞き取り、驚愕した表情で僕たちに訳した。
「御猫様はご満足ですので、おからだを動かしたいとのことです……!」
「なんと!!」
「にゃーごろ《案ずるな》にゃーにゃんにゃにゃ《建物を壊すようなへまはせぬ》」
 どどどどど……と地響きのような音が立ち、御猫様が立ち上がった。
 僕たちはあわててそとに出て、境内に立つ御猫様を見上げた。
 黒い御猫様の毛並みが、日差しにきらりと光った。
 ……んん?
 なんだか既視感があるぞ。
 と思いながらそばにいたはずの司書さんをみると、彼女の頭からぴょこんと猫耳が生えていた。
「しししし司書さん、あなたまさか……!!」
 僕は叫んだ。
「鯖寅さん、わたし、目覚めるときが来たようです」
 司書さんは手を地面につき、しゅーっと威嚇するような音を立てた。彼女の全身から黒い毛が生え、からだはみるみるうちに巨大化した。
「わーっ、わーっ、御猫様の片割れ様がご顕現だー!!」
 みなが口々に叫ぶ。
 そうしているうちに、司書さんは御猫様と同じくらいのおおきさになり、御猫様と一緒にじゃれはじめた。
「にゃんにゃんにゃん、なーごろにゃーん」
 どしん、どしんと地面が揺れる。ばりばりと境内のイチョウの木が踏みつぶされる音もする。
「うーん、こりゃ、今年の御猫様はお元気だな」
 そばに課長がやってきて、にたりと笑った。
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ! 逃げなくちゃ!」
「まあ待ってみなよ。大丈夫だから」
 課長ののんびりした物言いに、はらはらしながら従うと、御猫様も司書さんも、やはり建物やひとはつぶさず、器用に遊んでいるのだった。
「ま、いいか」
 課長やほかのひとびとは、通りに繰り出して飲み食いし始めた。
「おおーい鯖虎君、君も飲もうよ」
 課長に呼ばれて、僕もビールのご相伴にあずかった。


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執筆者名:鹿紙路

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