猫だって恋をする
「トラ~!行ってくるよ~」
僕の頭をワシワシと撫でながら、目の前の彼女はそう言う。
「にゃあ」
いってらっしゃい。
言葉は違っても、彼女には通じてる。
僕はトラ。彼女はスズ。僕は猫。彼女は人間。だけど、僕らはとっても仲良しだ。もちろん、スズを僕の伴侶にするつもりだってある。
毎朝スズを玄関まで見送って、その後はスズが帰ってくるまで毛並みを整えたり、スズが帰ってきた時めいっぱい遊べるように睡眠を取っておいたりする。スズが帰ってきたら、玄関まで走って迎えに行く。ガッコウから帰ってきて疲れているスズを癒すのが僕の役目。スズがガッコウから帰ってきたら朝までずっと一緒に過ごす。もちろん、お風呂にもついていく。水は苦手だけど、スズの傍にいる為ならなんてことない。
あぁそうそう、スズが帰ってきたら、もちろん僕の匂いを付け直すことも忘れない。スズはいつも色々な匂いをつけてくるから。ここ最近は特に、なにやらよくない匂いをつけてくる。今日もスズが帰ってきたら、念入りに匂いを付け直さなくちゃ。
そんなことを思いながら、スズがくれた僕専用のベッドで毛づくろいをして、ウトウトしていると、玄関の開く音。
(スズが帰ってきた!)
僕は走って玄関まで飛んでいく。
「ただいま~」
「お邪魔します」
大好きなスズの声と、聞き覚えはあるが気分のよくない声。
(なんだ、こいつ?)
玄関まで行くとスズの姿と、いつぞや僕を公園で追いかけまわしてくれた人間がいる。こいつは確か、オス、だ。
「トラただいま~」
スズに頭を撫でてもらいながら、視線はオスの奴に向ける。
「お~トラ元気にしてたか」
そいつが触ろうとしてくる。
「ふしゃー!」
すぐさま警戒行動。なんでこいつがここにいるんだ。
「嫌われてるねぇ。祐樹」
「なんかした?俺」
「追いかけまわしたからじゃない?」
「それは、お前があの猫欲しい!飼う!って言ってやらせたんだろが」
スズとそいつはそんな会話をしながら、一緒に二階へあがっていく。
ちょっと待った。そっちはスズと僕の領域だ。簡単には入らせない。
そいつの前に回り込んで、今度は威嚇する。この先は一歩も通さない。
「なんだよ……」
「トラ~ダメだよ~」
スズが僕を抱き上げる。
「にゃーにゃー」
ダメだよ、スズ。そいつは僕を追いかけまわした奴だ。そんな奴、絶対通しちゃダメだ。
「トラってば、どうしたの~?」
「にゃっにゃっ」
スズ、こいつはオスだよ。僕らの領域に入れたらダメだよ。あぁもう、どうして今日は通じないんだ!
スズは僕を抱き上げて、僕の背中をトントンと撫でながらスズの部屋へ行く。もちろん、あいつも一緒に。
スズが部屋の扉を開けるために、僕から片手を離した隙にするりとスズの腕の中から床に降りて、再びあいつを威嚇する。
「本当に嫌われてんな……」
「もー。ダメだよトラ。祐樹は恋人なんだから邪魔しちゃだーめ」
そう言ってスズは、人差し指で僕の額をツンとつっつく。
今、スズはなんて言った?恋人?邪魔しちゃだめ?
スズの言葉が頭の中でグルグルと回るけど、全く意味がわからない。
きょとんとしている内に、二人は部屋に入って、ベッドを背にして、並んで座っていた。
僕は慌てて、スズとそいつの間に割って入る。
「トラ邪魔」
あいつに何か言われたけど、理解する気は全くない。ふいと顔を背けて、スズの膝に頭を乗せて、座り込む。
「トラったら甘えん坊だなぁ」
スズはニコニコしながら、僕の頭を撫でる。
ほらやっぱり、スズは僕のものだ。お前は頭を撫でてもらったことなんてないだろ?この心地よさは僕だけのものだ。
「猫って飼い主の恋人が来ると邪魔するとか言うけど、本当だな」
「だね~。祐樹のことライバルだと思ってるとか~?」
「なんでライバル」
「えーそりゃだって、祐樹に私を取られると思ってるとか?」
「はぁ?」
「だって、うちら恋人同士だし?」
「そこになんで猫が絡んでくるのかさっぱりわからん」
「トラはオスだしねぇ。私にべったりだもん」
ライバル??まさか!僕の方が圧倒的優位だ。
白と茶色のシマシマが可愛いってスズは毎日僕に言うし、毎日僕の毛づくろいをしてくれる。お前はそんな風に言われたり、毛づくろいしてもらったりしないだろ?
ちらりとあいつの方を見ると、あいつは僕の方は全く見ていない。
これはチャンス。もぞもぞと寝返りを打って、思い切り伸びをするついでに、そいつの足に爪をたてる。
「いって!」
「どうしたの?」
「トラ!爪立てんな」
ふいっと何事もなかったように、もう一度スズの膝に頭を乗せて寝転がる。
「トラってば、どうしたの?普段そんなことしないのに」
スズが僕を抱き上げて、僕と目を合わせてくる。
「にゃあ」
スズ、そいつは部屋に入れちゃダメだよ。
「もう外だしとけば?」
「えーダメだよ。かわいそうじゃん」
そう言うとスズは僕を膝にのせて、あいつの耳元でなにやら話している。
「そんなことできんの?」
「私を誰だと思ってるの?まかせなさい!」
スズは僕の背中を撫でたり、喉元を撫でたりしてきた。気持ち良い。
スズの目は完全にこっちを向いていて、あいつの方は見ていない。あいつはあいつでこっちも見ずに、本か何かを見ている。
勝った。
僕は目を閉じて、スズに身を任せる。スズの手は柔らかくて、本当に気持ち良い。スズが、それだけ僕を想ってくれてる証拠だ。あいつには、こんなことしないだろうな。だって、あいつからはスズの匂いが全然しないもの。
スズは僕のものだ。
あぁでも、そろそろあいつを追い出さないとな。スズだって、本当は僕をかまいたいんだ。早く追い出さなくちゃ。
それにしても、スズの手は気持ち良い。あいつを追い出すのは、もう少し見せつけてからで良いか。
僕はスズの膝の上に座り直す。スズは僕の背中を撫でてくる。心地いいその感覚に、ウトウトと眠気に襲われる。
眠る前にあいつを追い出さなくちゃ。
それにしても、本当にスズの膝の上で撫でてもらうのは気持ち良い。幸せのひとときだ。誰にも邪魔されたくない。
「ね、祐樹。寝たよ。トラのベッド持ってきて、動かすから」
「りょーかい」
「起こさないようにそーっと……。よしっ。移動完了」
少しひんやりした感触にうっすら目を開ける。
「あっ」
スズの小さな声。あれ?スズの横にあいつがいない。あいつはどこかにいったのかな?
スズが僕の頭を撫でてくる。眠くていまいち目が開かない。
「起こしたかと思った」
「やっぱり猫は猫だな」
スズの声と一緒にあいつの声が聞こえた気がするけど、気のせいかな?だって、スズは僕が大好きだもの。あいつはもうどっかにいったに違いない。
僕はそのまま眠りに落ちた。
* * *
ふっと目を開ける。すっかり眠り込んでいたらしい。
ベッドから出て、思い切り伸びをしてから毛並みを整える。
スズはどこだろう?
きょろきょろと辺りを見回すと、スズは自分のベッドで毛布にくるまって横になっていた。
ひょいと、ベッドに飛び乗ってスズに近づく。
ん??スズからいつもと違う匂いがする。
くんくんとスズの匂いを確認する。これは、さっきのあいつの匂いだ!スズの身体中にあいつの匂いがこびりついている。
僕が寝る前、あいつは帰ったんじゃなかったのか?もしかして戻って来た?いやもしかしたら、帰っていないでどこかに隠れていたのかもしれない。
とにかく、スズからあいつの匂いを消さなくちゃ。スズは僕のものなんだから。
毛布の中に潜り込んで、せっせとスズに僕の匂いをつける。
「んー……くすぐったい」
スズが起きたみたい。本当なら今すぐにでもスズに甘えたいけど、今はあいつの匂いを消すのが先。
「どしたのトラ?くすぐったいよぉ」
スズが僕を捉えようと手を伸ばしてくるけど、するりとかわす。早く僕の匂いにしなくちゃ。
「もー。くすぐったいってば」
ゆるゆるとスズは起き上がる。僕はすかさず膝に飛び乗って、スズに体をこすりつける。
「どうしたの?トラ。おなかすいた?」
「にゃっ!」
違うよ!スズ。こんなにあいつの匂いまみれになって。早く僕の匂いにしなくちゃ。
「鈴ー!ご飯よー!」
「はぁい」
遠くからスズのお母さんの声。僕にもご飯をくれる人だ。
「行くよー、トラ」
スズが僕を抱き上げる。
待って待って。まだ終わってないのに。
「にゃーにゃー」
不満げに声をかけるけど、スズはお構いなしに降りていく。
いつもと違うスズの態度。絶対あいつのせいだ。
次は絶対に追い出してやる。
決意新たにしたところで、スズが僕を床におろす。目の前には僕のご飯。
ご飯にパクつきながら、頭の中で作戦を考える。次来たらどうやって追い出してやろうか。やっぱり猫パンチかな?
今度は絶対に、スズに匂いなんかつけさせない。だってスズは僕のものなんだから!
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執筆者名:蒼井彩夏一言アピール
風花の夢はぼっち気ままサークルです。恋愛メインにファンタジーやら現代物やら、書きたいものを書きたい時に書いています。今回はハイテンションですが、基本的には落ち着いたテンションのものが多い気がします。