シュヴァルツカッツェ

「これで五件目か。」
マテーウス・エーレルトは死体を眺めながら、やれやれと溜息をついた。
マテーウスはモーゼル地方ツェル村出身の刑事で、彼はこの連続殺人事件を追っている刑事だ。
ドイツ・モーゼル地方ではここ数ヶ月、連続殺人事件が街を騒がせている。被害者は一世帯単位で襲われ、死体の側には必ず被害者の血液の入ったワインボトルが残されており、ラベルには黒猫が描かれている。凶器も見つかっておらず、動機も不明。被害者にも共通点がなく、捜査は難航していた。
「エーレルト警部!」
マテーウスが物思いに耽っていると、部下のラルフ・デューリングがバタバタと慌ただしく駆け込んできた。
「なんだ、ラルフ。何か分かったのか。」
「いえ!何も!」
スパーン、と思いっきり頭をはたかれ、ラルフがいてて、と頭を抑える。思考を邪魔されたマテーウスは再び死体に視線を戻し、何かヒントが見つからないものかと観察を始めた。
死体に残されたメッセージは一つだけだった。必ず鋭利な刃物で喉を引き裂かれている。それが致命傷となり、被害者は絶命していた。残るヒントは、現場に必ず残されているワインボトルのみだ。
モーゼル地方ではワイン造りが盛んで、「ツェラー・シュヴァルツカッツェ」が有名だ。黒猫のラベルが特徴的で、甘口で少し酸味があり飲みやすい。
このワインには逸話があり、ワインを仕入れに来た商人がどのワインにするか悩んでいると、一つの樽に黒猫が飛び乗り威嚇したという。商人はそのワインを選び、購入していったのだ。
マテーウスはこれがヒントになるのではないかと思い、これを手口に捜査を進めていた。現場に残されたワインボトルと黒猫。そしてこの事件の舞台でもある、ツェル村。因果関係が全くないとは思えないのだ。
「行くぞ、ラルフ。聞き込みだ。」
「えっ。さっき行きましたよ~。」
「何かわからなければ意味がないだろう馬鹿者。」
 えー、と文句を垂らしている部下をしり目に、マテーウスは現場を後にした。

 それから数か月後。あれから三件の被害が出た末に、犯人が逮捕された。
 犯人は年齢不明の女だった。彼女はツェル村の郊外にある廃屋を拠点とし、あちこちで野宿を繰り返していた。マテーウスも何度かその廃屋を調べていたが、彼女は外出していた為、確保できていなかったのだ。
十三回目にその廃屋を訪れたとき、彼女はそこで眠っていた。すぐに身柄を確保し、逮捕へと至ったのだ。
「お前の名前は。」
マテーウスは彼女の話を聞いていた。大量殺戮犯として死刑は決定していたが、同じ村に住んでいたにもかかわらず、今まで見かけたこともない彼女に興味があったのだ。
 「名前なんてない。ボクはヘレンローゼカッツェ。野良猫だよ。」
「野良猫?」
真っ黒なロングパーカーを身に纏い、フードをかぶった彼女は笑った。
「そうさ。野良猫。ワインが大好きな野良猫だよ。」
「……お前が身元不明なことはわかっている。お前の目的は何だ。家族への嫉妬か?」
マテーウスの推理はこうだ。彼女には家族がなく、貧しく寂しい暮らしをしていたのだろう。それ故に、幸せな家庭が羨ましく、非行に走ってしまった。ワインボトルを残していたり、同じ手口での殺害を続けていたりしたのは、見つけてほしいという、寂しさからくるメッセージだと思ったのだ。
「嫉妬?そんなのじゃない。言ったじゃないか、ボクはワインが大好きなんだ。」
彼女はニタリと口元を歪ませると、楽しそうに語り始めた。
 「キミは黒猫ワインを知っているかい?黒猫!彼らは素晴らしいワインの探し手なんだ!だから彼に選ばれたワインは極上だよ。」
マテーウスは彼女が言っていることが理解できなかった。一体事件と何の関係があるというのだ。しかし彼女の輝きだした瞳を見て、黙って続きを聞くことにした。
 「ボクは黒猫が選んだワインを飲みたくて、彼らを探した。そして見つけた先でワインを貰った。美味しかったなぁ……。初めて口にした時は感動のあまり泣いちゃったくらいだよ。その味が忘れられなくて、彼らを探しまわった。」
黒猫、ワイン。マテーウスは気づいた。こいつは正常じゃない、と。
 今まで被害にあった家では、必ず黒猫が飼われていた。その事実に気付いたのは彼女の逮捕後だった。そういえば事件があってから、黒猫の野良が増えていたような気がしていた。それは殺害された家で飼われていた猫達だったのだ。
 つまり、ワインと彼女が呼んでいるものは、被害者達の血液だ。黒猫を飼育している家庭を襲い、血液を飲んでいたというのだ。
 狂っている。マテーウスは、いまだ異常な「ワイン」について語る彼女を制止させた。これ以上話を聞くこともない、そう思ったのだ。これ以上彼女の話を聞いていても、気分が悪くなるだけだ、と。
 彼女は死ぬ。それはもう決まっていることだ。マテーウスは彼女を独房に戻すよう指示し、部屋を後にした。
 黒猫が見つけた美味しいワイン。今日も何処かの樽の上で、黒猫が鳴いている。


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息を吐くように死に絶える(Twitter)直参 B-48(Webカタログ
執筆者名:そば猫

一言アピール
殆どの作品で何か死にます。意図せず死にます。殺伐、異常思考、生死。テーマが狂ってますが、本人はただのバカです。お気軽に遊びに来てください。当日、アンソロに登場したワインの瓶をディスプレイしますので、よかったら見に来てください。

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