かぎしっぽの猫を追って

――かぎしっぽの猫が未来を見せる。
 数年前、ある町で、そんな噂がたった。

 *

 はいはい、見ましたよ、かぎしっぽの猫。
 え、何が見えたかって? そりゃああなた猫ですよ、猫。
 え、違うの? 猫の目を見ると別の物が見える?
 うーん、どうだったかしらねぇ。あの猫がいたのは結構前で、私もまだ若かった頃だからねぇ。
 あ、でもそうね、あの猫が教えてくれたんだったわ。おじいさんがもうすぐ死ぬって。それで、私慌てて病院へ行ったの。その頃はもうおじいさんは入院してて、それでタクシーを呼んで、病院の名前を言おうとしたんだけど、なかなか思い出せなくってねぇ、あのときはタクシーの運転手さんを困らせちゃったわねーそれで……
 え、どうやって教えられたか? どうだったかしらねぇ、もう忘れちゃったわ。

 えぇ、そうです。三年ぐらい前の今頃だったかしら。買い物の帰り道に突然猫が現れてーーかぎしっぽは記憶にないですけど、黒と茶の縞模様で、雉猫っていうんでしたっけ? じっと私の目を見つめてくるものですから気になって、ちょっと屈んで目を合わせるようにしてみたんです。そうしたら、頭の中にテレビが映るみたいな感じで、車が私目掛けて走ってくるのが見えて、本当にびっくりして、悲鳴をあげてしまったんです。猫はその悲鳴に驚いたのか、逃げていってしまいました。
 よくわからないけど怖かったので、歩いていた道を一度戻って、少し遠回りして家に帰ってきました。後になって知ったんですけど、私が歩いていた道を凄い勢いで走ってきた車がいて、電柱にぶつかって運転手の方が亡くなったって……。

 はい、知ってますよ、その猫。黒と茶の雉猫、かぎしっぽが特徴ですね。ふふ、僕、猫大好きなんですよ。
 え、うわさ? あぁ、その猫と目を合わせると不思議な映像が見えるってやつですか。残念ながら僕自身は見たことないんですよねー。一度見てみたいんですけど、もう一年以上見かけないんですよね、かぎしっぽ。
 そういえば、友人がなんか変なの見たって言ってましたよ。
 え、変なのが何かって? うーん、子どもが産まれたとか言っていたような気がするなぁ。そういえば彼とも大分会ってないかも。何してるのかなー。

 いいですよ、もう終わったんで全部お話しますよ全部。
 不倫してたんですよ、当時の会社の新入社員と。もちろん遊びですよ遊び。向こうもそう思って割り切ってると思ってたのに、いきなり妊娠した、奥さんと別れてくれとか、訳わかんなかったですよ。
 ねこぉ? あぁ、そうだ、あの猫だ! あの猫の目を見てたら変な物が見えて、そうだ、あの猫のせいでこんなことになったんだ、冗談じゃない! そうだよ、赤ん坊が産まれた映像が見えて、それからだよ、こんな、こんなことになったのは……!
 こども? おろさせましたよ。当然でしょう? 遊びだったんです、本当に。今ようやく妻の信頼を取り戻しつつあるんで、この話、もちろん表沙汰になんかしないでくださいよ。

 うん、ねこがおしえてくれたの。こわいおじさんがいるから、ちかづいちゃだめって。ちかづいたらおかあさんとおとうさんにあえなくなるって。だからみほ、おじさんからにげたの。おじさん、おっかけてきてこわかったけど、ねこがおじさんをやっつけてくれたの。ね、おかあさん!
 はい、その、猫がどうのというのはわかりませんが、そうです。一昨年の夏に起きた連続児童誘拐事件です。えぇ、本当に本当にこの子が無事で良かった。
 猫? 猫は、見ていません。娘は見たと言っていますし、犯人の顔にも猫に引っ?かれたような傷があったと聞いていますから、いたのかもしれませんね。
 おかあさん、ねこいたよ。みほのこと、たすけてくれたんだよ。おじちゃん、ねこにあったらありがとうってつたえてね。

 かぎしっぽの猫? えぇ、会いましたよ。そこの裏の公園で。二年ぐらい前だったかな。そう、なんかその猫に会うと未来が見えるとかってジンクスみたいなのが当時噂になってたんですよ。
 うち、弟と二人暮らしで……あ、両親はいるんですけどね、仕事で海外行っちゃってて、夫婦仲も家族仲も全然悪くないし、たぶん私が帰ってきてほしいって言ったら二人とも帰ってきて弟の面倒を見てくれただろうっていうのはわかってるんです。でも、それも嫌で、進路を凄く迷ってて、そんなときに猫の噂を聞いて、猫を見たっていう人の近所をうろうろしてみたりしたんですけど、全然猫なんかいなくて……で、ふらっと寄った真夜中の公園に、いたんです。
 未来が見えたか、ですか? うーん、どうなんでしょう。でも、迷いは晴れましたね。
 そういえば、同じように猫の話を聞きにきた子がいましたよ。弟が好きな子みたいで、あの子もきっと悩みがあったんだろうけど、どうなったのかな。

 あ、はい。そうです。笹倉君のお姉さんに教えてもらって、笹倉君と真夜中の公園でブランコこいでたんです、そうしたら……。
 未来が見えるっていうのとは、ちょっと違うような気がしました。でも、私が本当に望んでたことがわかりました。
 あ、えっと、そのとき、うちのお父さんとお母さん、離婚することになってて……あ、今はまだ離婚してません。私が嫌って言って、もうすぐ一年が経ちます。
 もちろん、この先どうなるかはわかりません。でも、私はお父さんとお母さんと三人で暮らしていきたいから、そのためにできることをがんばろうと思ってます。

 *

 かぎしっぽの猫が人々に何を見せていたのか、猫を見たという数人の人々に話を聞いてみたが、やはりどうにも判然としない。ここ一年は、実際に姿を見たという人もいなかった。噂も、前に比べれば知られなくなっているようだ。
 また、別の町へ行ってしまったのだろうか。
 私がまだ母の腹の中にいた頃、母と私の命を救った猫がいた。母は言った。かぎしっぽの猫が、お前の命を繋いだのだと。腹の中の命には、やるべきことがあるから、今ここで命を断ってはならないのだと。
 もう、三十六年も前の話だ。同じ猫のはずがない。
 そう思いながらも、私はかぎしっぽの猫を追い続ける。噂を追って、町から町へ。そのかぎしっぽを捉まえるために。


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執筆者名:なな

一言アピール
RPG風異世界FT@ゆるふわ日常系短編集「さが。」と、このアンソロジーに掲載した作品「かぎしっぽの猫を追って」の続編か同世界観の小説で委託参加します。「おっさん×少女」アンソロジー、300字SSポストカードラリーなどの企画にも参加します。

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