和珠が繋ぐ絆

「『和宝珠わほうじゅ祭り』? ねえ、このお祭りは何?」
 夕暮時、肩にかかる長さの金髪の少女は、貼り紙を指で示した。後ろからついてきた銀髪の青年が、にこにこした表情で答える。
「ここから遠く東にある国が生み出した柄を和柄と言って、その柄を用いて作った宝珠に関するお祭りだよ。ほら、あまり馴染みのない柄だろう?」
 青年が指した先には、柔らかな筆使いで描かれている花の柄があった。まじまじと見ていると、さらに後ろにいた黒髪の青年にわざとらしく溜息を吐かれた。
「リディス、これくらい世界の歴史を勉強していればわかることだ。知らなかったのか?」
 頭をかきながら言葉を吐き捨てる青年フリートに向かって、リディスは口を尖らした。
「知っているわ! ただそういうお祭りがここで開かれるなんて、知らなかっただけよ」
「そういうことにしておいてやる。――おい、待てロカセナ!」
 近くにあった出店に顔を出している銀髪の青年に向かって、フリートは呼びかける。ロカセナは振り返ると、手で拱いてきた。
 リディスはフリートの静止の言葉を無視して、ロカセナの隣に寄る。出店に並んでいる品々を見て、感嘆の声をあげた。
 そこには色とりどりの鮮やかな柄の珠が置かれていた。桃色の花柄、青い大きな波の柄、矢羽の柄など、それらが規則正しく並んで描かれている。
「複数色使っているものはもちろん綺麗だけど、単色でも整然と並んでいる様子がかっこいい。これが和宝珠……素敵……」
 うっとり眺めていると、ロカセナが赤い花柄の珠を取り上げた。それをリディスの髪にそっと添えてくる。
「金髪だと濃い色の方が生えるよね。髪留めとして付けてみる?」
「髪留め?」
「そう。もしよかったら買ってあげるよ」
 それを聞いたリディスの表情が明るくなる。ロカセナから和宝珠を受け取ろうとすると、横から濃い緑色の和宝珠がぶら下がっている、一本の棒が突き出された。その珠の柄は同じ大きさの円を四分の一ずつ規則正しく重ねて並べた、幾何学模様だった。
 リディスは目を瞬かせながら、それを突き出した手の持ち主を見る。
「フリート、これは?」
「花なんかお前に似合うかよ。買うなら、お前らしいこっちの柄にしろ」
 端的に言ったフリートは、リディスにそれを押し付けて、道の反対側にある店へ行ってしまった。
 リディスは首を傾げた後に、和宝珠に視線を落とす。円が重なりゆくさまは、まるで永遠と広がっていくかのように見える。それを回しながら見ていると、店主が口を開いた。
「その柄は七宝しっぽうというものだ。兄さんの様子からすると、この柄の意味を知った上で、お嬢さんに薦めたようだな」
「どういう意味ですか?」
「円は円満を表し、繋げば繋ぐほど広がっていく様子から――」
 その時、血相を変えて走ってきた女性が道の真ん中で叫んだ。
「大変よ! 展示していた和珠わじゅが盗まれたわ!」
 道端にいた住民たちが、途端にざわめく。
 眉を跳ね上げたフリートは、息も絶え絶えになって歩いていく女性に近づいた。
「和珠はかなり高価なもんだろう。盗まれないよう、厳重に警戒していたんじゃないのか?」
「部屋の見取り図が裏で流出したらしいわ。さらに警備が手薄な時間帯に侵入されて……」
「犯人はどっちに逃げた?」
 女性は逡巡した後に、西を指した。その方向を見たフリートの目が見開く。そして女性に頭を下げると、西に向かって大股で歩き始めた。
 リディスとロカセナは、和宝珠を店主に返して、慌てて彼に駆け寄った。
「フリート、どこに行くの!」
「川だ。犯人の奴ら、小舟で川をくだって逃げるに違いない。――和珠は和宝珠の中でも別格で、物によっては庶民には手がつけられない値段がつく宝石だ。それを盗られてたまるかよ!」
 走り始めたフリートを見たリディスは、ロカセナと視線を合わせる。そして互いに表情を緩ました後に、彼の背中を追いかけた。

 夜の帳が下りた時間帯に川に行くと、小さな光をつけて小船と岸の上で荷物の受け渡しをしている二人の男がいた。ちょうど最後の一つである、大きめの袋を渡している最中だ。
「警備の穴を突けば、楽に盗めるもんだな」
「そうだな。また他の場所でも盗もうぜ。さあ、とっととずらか――」
「――果たしてここから逃げ切れるか?」
「だ、誰だ!」
 岸に足をつけた男が振り返る。フリートは即座にその男に詰め寄った。そしてぎょっとしている男の鳩尾に拳を入れ込む。男は悶絶しながら、その場に崩れ落ちた。
 拳を抜いたフリートは船の方に向き、投げつけられた数本のナイフをかわした。ナイフを投げた男が顔を強ばらせる。
「お前、何者だ!」
「盗まれた物を取り返しに来た、通りすがりさ!」
 フリートはナイフを一本取り出して、男に向かって投げる。ナイフは男の顔の真横を通り、暗闇の中に消えていった。男は悲鳴に似た声を出して、小舟の上に尻餅をつく。
 フリートは追撃しようとしたが、後ろにいたロカセナに肩を叩かれた。
「お灸を添えるのは後にして、今は捕まえるよ。盗まれた物をいち早く取り戻すべきだろう?」
「わかっていること、いちいち言うな!」
「冷静そうに見えて、実は火がつきやすいお前を止めるためだよ」
 ロカセナはフリートを押しのけて、岸の上で気を失った男を拘束していく。ナイフをしまったフリートは、船の上に乗っている男を無理矢理おろした。
 リディスは光を発する光宝珠こうほうじゅで周囲を照らしながら、二人に近づく。
 男たちの拘束を終えた二人は、てきぱきと積み荷を降ろしていた。
 ふと、川の水面が揺れていることに気づく。それは大きくなり、やがてある一帯で多数の泡が見え始めた。
 リディスは青年たちに向かって大声で叫ぶ。
「二人とも急いで!」
「わかっている!」
 まもなくして泡が大量に出てきた場所から、巨大な水生生物が現れた。
 フリートは小舟に乗っていた最後の小さな袋をロカセナに投げつける。その直後、小舟はひっくり返り、フリートは川に投げ出されてしまった。
「フリート!」
「リディスちゃん、それよりも前だ!」
 ロカセナの声を受けて、リディスは後ろに下がる。前方には触手を八本備えた、巨大なタコ型のモンスターが出現していた。その鋭い触手が、リディスの目の前をかすめていく。
「この川はモンスターがいる疑いがあるから、普段は近づかないようにしているって聞いた」
「盗人さんがここを利用したことで、モンスターが反応したわけね。遭遇したからには対処するわ!」
 リディスは首もとにある若草色の宝珠に手を触れた。
魔宝珠まほうじゅよ、我が想いに応えよ!」
 宝珠が輝くと、そこから一本のスピアが現れた。それを手にして、リディスはモンスターに向かって走っていく。
 襲ってくる触手をかわし、叩き落としながら突き進む。しかし八本もある触手は、なかなか接近戦を許してはくれなかった。
「無理はしないでくれよ!」
 ロカセナが男たちと盗まれた物を川から遠ざけながら叫ぶ。
 リディスは視線を前に向けたまま、襲ってくる触手をその場で攻撃し続けた。
「せめて意識だけでも私に……」
 ひっくり返っている小舟を見て、川に沈んだ青年のことが脳裏によぎる。未だに姿を現さない黒髪の青年。
 まさか――と思っていると、不意に足が引っ張られて、背中から地面に叩きつけられた。前方への気が薄れた隙に、足に触手が絡まれてしまったのだ。
 リディスはすぐにその触手にスピアを突き刺す。しかし反発するかのように、他の触手も足や腕に巻き付き始めた。
「ちょっ、やめて!」
 必死に抵抗するが、モンスターが言うことを聞くはずがない。あっという間にすべての触手で動きを封じられたリディスは、川に向かって引きずられ始めた。
 暗い色で覆われた川には、不気味な顔のモンスターがいる。
 唇を噛みつつ、モンスターを睨んだ瞬間、それの動きが唐突に止まった。
「――随分と危なっかしいが、おかげで楽に接近できたぜ」
 声の主である黒髪の青年が、モンスターの丸い顔を剣で深々と突き刺していた。さらに剣を捻ると、雄叫び声があがる。その声に対し表情を変えずに、フリートは大声で言い放った。
「在るべき処に――還れ!」
 モンスターの体は雄叫び声とともに、黒い霧となっていく。リディスに絡まっていた触手も例外なく霧となった。そして風が吹くと、それらはあっという間に視界から消え去った。
 危機が去ったと察したフリートが泳いでくる。リディスは岸に駆け寄り、そこから手を伸ばした。彼は目を丸くしつつも軽く手をとって、陸に這い上がる。
 水に濡れた彼を心配げに見ていると、急に右手首を取られた。突然のことに頬が赤くなる。そして手首の辺りをじろじろ見られた。
「気を引きつけてくれたのは有り難かったが、もう少し体を労われ」
 フリートは赤くなった手首をゆっくり下ろし、にやついている青年を睨んだ。
「お前、リディスに囮役を任すな!」
「フリートが早く顔を出せばよかったんじゃない? 僕は僕でやることがあったんだよ」
 男と荷物を避難し終えたロカセナは、一番小さな袋をフリートの前で開けた。中には美しい球体を帯びている、純白の宝石が輝いている。
「無事に取り返したよ、和珠――異国の地でとれた真珠を」
 三人は和珠の存在を確認すると、揃って表情を和らげる。
 始まったばかりの旅で遭遇した三人の絆を強くする事件は、重なり繋がりゆく七宝の円のように、力を合わせることで解決することができた。

 七宝は円満、調和の吉祥文として親しまれている、縁起のいい文様。
 これを手にする三人の旅に、幸あらんことを――。


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サークル名:桐瑞の本棚(URL
執筆者名:桐谷瑞香

一言アピール
成長、恋愛、戦闘などの要素を含んだファンタジー小説を中心に執筆。読了感がよいものを目指して日々奮闘しています。今回のアンソロは、鍵と大樹を巡る冒険長編ファンタジー『魔宝樹の鍵』の主人公たちが活躍する番外編、序盤に訪れた町でのお話です。本編では悩み傷つきながらも、大樹のある未来を求めて走っています。

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