団子と恋

 和菓子を食べている。
 常弘つねひろと食べている。
 京子はあんみつを食べていて、常弘は焼いた団子にたっぷりの蜜をかけたものを食べている。
 はぁと溜息をつくと、常弘は京子を不思議そうに見た。
「どうしたの?」
「いや、おいしいなと思って」
「でもなんか、顔が辛そうだけど」
「そんなことないよ」
 京子は頭を横に振った。
常弘はそうなの? と団子を引き続き頬張った。
 京子と常弘は遠距離恋愛をしている。京子はフルタイムのパートだし、常弘もそれほど給料のいい職業ではない。必然的に会う回数は少ない。
 だから会う度に必死な気分になる。これでもか、これでもかとイベントを詰め込む時もあれば、ただ二人が寄り添っているだけという時もあった。
 京子は常弘がそばにいてくれればと願っているが、現実はそうはうまくいかない。金がない二人は、こうして数少ない機会にデートをして、いつもより少しだけの値の張るお店で和菓子を頬張ることだけである。こんな生活をもう一年半も続けている。
 京子は少し、膝をもじもじと動かした。
最近分からないのだ。どうして、自分たちはくっついているのだろう。そんなことを言ったら、常弘は優しく口説いてくるに決まっている。

 そんなの「好き」でつながっているからでしょう。

 人目がなければ惜しげもなくそう言う常弘が京子は実は苦手である。いや嬉しいのだ、嬉しいのだけど、悔しいような気もする。それにそう教えつけられても、それは常弘の答えだ。京子の答えではない。京子は思う。
 私はどうしてこの人といるのだろうかと、考えなければいけないと思う。
 常弘が自分の顔をじっと見てきた。
京子は目を丸くする。どうしたのとたずねると、ここと口元を指さす。
「あんこ、ついてる」
「え」
「京子はちょっと抜けてるからなぁ」 
 常弘はくくっと意地の悪い笑みを浮かべる。それに京子は唇を真一文字にする。あぁ悔しいなと思う。常弘の方が京子より四歳も年下なのに、京子はちっともかなわない。

 京子は頬を赤らめつつ、口元を拭うと、ごまかすように聞いた。
「常弘は最近どう?」
「最近って?」
「仕事だよ、しんどくない?」
「うーん。まぁ慣れてるし、平気」
「そっか」
「急にどうしたの?」
「いや、大変かなと思って」
「うーん。まぁ大丈夫」
 京子は大丈夫という言葉を聞くと寂しくなる。
その言葉は何というか、本当と嘘の中間にあるような言葉だと感じてしまう。でも男というものはそういうものらしい。弱音を軽々しく吐くのは、ださいらしい。それもつき合っている女の前では。そういつか、彼の友達から聞いたのだが、京子は寂しくなる。信用とは別の地点で、彼の弱音やグチはせき止められているのは知っている。それは男の何とやらというヤツで。意地も含まれているだろうし、頑固さもあるのだが。京子は分かっていても、やっぱり辛くなるものもある。
 昨日ラブホで泊まった時も京子は自分のグチを話してしまった。せっかくの甘い現場にそんな話を持ち込むのはずるいなと思ったが、京子はそういう話を持ち込んでしまう。
 好きな男には自分のことを知ってもらいたい、気持ちを分かってもらいたいと、願ってしまう。
 京子という女は自分の気持ちを分配せずにいられないのだ。
 あんみつはクリームあんみつだった。 
 京子はスプーンとすっとアイスに差し入れる。口に運ぶと、ひんやりとした甘さが口の中に広がっていく。
 しかしどれだけ京子が自分のことを打ち明けようとも、常弘が打ち明けるのは別だった。
「あんみつって渋茶とよく合うよな」
「そのお団子も渋い緑茶と合いそうだよ」
「この団子なら抹茶が良さそう」
「そうかな」
「うん、そうだよ」
「ふぅん」
 確信に満ちている。こうなるとテコでも常弘は意見を動かさないだろう。
 ほんとに何で好きなんだろうと京子は頭を抱えたくなった。彼は自分との関係をタイミングとか相性が良かったからと言う。京子はそれを聞く度に、何ともいえない不安を覚えていることに気がつかないだろう。
 常弘はどれだけ甘く口説いたとしても、京子そのままがいいなんて言ってくれないからだ。むしろ彼は京子が一生懸命になって何かを頑張る姿が良さそうだった。つまり京子は一生懸命にがんばり続けなければ、常弘につなぎ止められないのだ。それがよくあるというか、人をつなぎ止める手段としてはまっとうであることを、京子は理解していたが、疲れを覚えないわけでなかった。
 なぜなら彼女が一生懸命に仕事をするのも、デートのために時間を咲こうとするのも、彼のためだった。それはこうしたいという自分のためでもあるというのだが、京子はそこの点を分かっていなかった。そうして恋に疲れていたのだ。
 そんな気にしすぎな彼女は彼は、いろいろと気になってしょうがないのだと言う。多少物事はどうでもよくていいと言う。京子は生来それが出来ない。彼のように自分ですらどうでもいいと感じていては、周囲を見る時、良き「観察者」になれない。物事の変化は微妙なところから起きる。それを感じ取れることが、京子は強みだと思っていた。違和感が強く感じ取れるから、文句は多くなるだろうけど、それでも……何も気づかずにその悲劇を迎えるのは、京子は嫌がった。
「最近寝れてないんじゃない?」
 常弘は目をまん丸にする。不器用な笑みを浮かべる。
「そんなこと、ないよ」
 京子は笑う。そっかと言う。心の中でうそつきとなじる。常弘は嘘をつくと、少し鼻の穴が広がる。
 ここでアドバイスをしてもきっと、彼は嘘をつき続けるだろう。なじっても責めても泣きついても嘘を続けるだろう。
 京子は鼻の奥がツンと痛くなった。
ーーどうして、私はこの人が好きなのかな?
 鎌首をあげて、疑問が湧く。この人は強いのか弱いのか、優しいのかひどいのか、分からなくなるのだ。

 ふと何かを思い立ったかのように、団子を常弘は追加注文した。もうずいぶんと食べたような気もするが、まだ食べるのだろうか。
 常弘は追加注文で来ただんごを、京子に差し出した。
「え?」京子が疑問の口にする。すると常弘は子供のように笑った。
「ここの団子、マジで最高だよ。柔らかさといい、食感ものどごしも、たれもくどくなくて、やばいやばい」
「はぁ」
 京子が曖昧に返事をすると、少し不服そうに常弘はこの団子のすばらしさをとくとくと語り出した。それが五分も語り続けることが出来たところで、呆気にとられていた京子は止めにかかった。
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って!」
「何だよ。京子」
「常弘はそんなにお団子が好きなの」
「超好き。京子と出かけると甘味屋に行きたくなるんだ」
「ふ、ふぅん。知らなかった」
「あぁ言わなかったし、気づかれないようにしていたんだけど。やばいなぁ、こんなにうまい団子だと。テンションが上がっちまう」
 ……前言撤回。京子は思う。京子は良き観察者であろうとしたけれど、まだまだ観察眼は修行中らしい。こんな風に常弘が子供になるのを見たことがない。それも団子でだ。
 常弘は自分と団子の出会いについて語り出した。それは愛着を通り越した執念を感じられて、京子は小さく吹き出した。
 常弘は現実を取り戻したかのように、京子を見る。
「ちょっと、気持ち悪い」
 そんな京子の言葉に心に傷をつける。そうだよなぁ。団子に執着しすぎだ、でも本当に好きなんだよなぁと思って自分の心を慰める。
 そうして顔を上げると、京子は自分を嬉しそうに見ていた。
「今度お団子を買うときは、ここのお団子を買うね」
「え」
「おいしいもんね。いっしょにまた食べよう」
「お、おう」
 常弘は口角をあげて、頷いた。京子は団子にかぶりつく。もぐもぐと口を動かしながら考える。
 常弘については、まだまだ新たな発見が出来るかもしれないなと。それを探したくてたまらないし、知って心がときめく自分がいる。

 ──そうだ。私達たったの一年半しかいないじゃない。

 京子は甘酸っぱい気持ちで言葉を紡いだ。
「ねぇ。お団子、ひとつくれない?」

おわり


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サークル名:雪国屋(URL
執筆者名:佐和島ゆら

一言アピール
現代を舞台にした作品を中心にネットや同人誌にて公表している。食べる描写といちゃいちゃしている描写が好き。
今回の作品は恋人とすれ違いしそうな女の子の心が恋人に戻る瞬間を書きたかったことから、アイデアが生まれた。

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団子と恋” に対して1件のコメントがあります。

  1. 浮草堂美奈 より:

    なんだか切ない話だなぁと読んでいたら、最後でキュンとなりました。お二人に幸あれ。

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