平和を願う王子

「はあああああっ!」
 勢いよく剣を振り下ろすと、肉塊の切れる感触がした。蛮族の首からは真っ赤な血が噴き出し、醜悪な異形の首は地面に転がり落ちた。
 ダイアン王国第一王子デイモンドは、自国の平和と、国の発展を何よりも望んでいる。そして、その為には自らの力を惜しむことの無い、献身的な性格でもある。
「死ねええええええ!」
 だから、国民に害を及ぼす恐れがある蛮族との交戦では、常に先陣に立って勇猛果敢に戦い、容赦なく敵を殲滅した。
「デイモンド様、お下がりください!」
「ダメだ、逃げろ!」
 彼は優秀な大将だったが、もちろん犠牲はゼロではなかった。勇敢に戦い、散っていった部下たちを、デイモンドは手厚く葬った。そして、蛮族を一掃し、自国に完全なる平和をもたらす決意を固くした。
 自分は、一人ではない。と彼は思う。国の平和を実現するために亡くなった部下達の魂が合わさって自分の力となり、勇気を与えてくれるのだ。亡くなった彼らの思いを無駄にしない為に、と努力を惜しまない彼は、どんどん強くなった。
 そんな彼を、多くの国民は英雄と称賛した。だが、そんな彼をたしなめる数少ない人物が本陣にいた。
「あまり敵を深追いするな、デイモンド。」
 叔父であり国軍総帥であるオットー・ハルフォード・ダイアン卿は、撤退した蛮族軍に追い討ちをかけようと提案するデイモンドを諫めた。
「しかし、叔父上。国民の脅威となり得る蛮族は残らず取り除かなければ。それが、神と教会の御意思で、国民の願いでもあるはずです。」
 彼が言うと、ハルフォード卿は少し困ったように、一つため息をついて言った。
「ああ……言い方は良くないが、そこまで徹底することはない。国軍の兵力も無限じゃないんだ。それに、お前にも休息が必要だと思うぞ。」
「休んでいる暇など! 私には、国民に完全なる平和をもたらし、国を豊かに導く役割が……死んでいった部下達の為にも!」
「死者の想いを無駄にしたくないのなら、なおのこと、自分も含めた生者を大切にしなさい。とにかく、今回は撤退だ。」
 国軍総帥であるハルフォード卿がそう言って立ち上がると、他の国軍幹部もそろそろと立ち上がった。各部隊の撤退準備を進めるためだ。
 やがて、本陣にデイモンドとハルフォード卿の二人だけが残された。ハルフォードは、ふと目を細めると、国軍総帥から叔父の顔になって、デイモンドに静かに微笑みながら、言った。
「お前は、よくやっていると思うよ、デイモンド。ただな、お前の徹底したやり方、迷いのない精神は、ちょっと危なっかしくて、俺は心配なんだ。国軍総帥としても、お前の叔父としても、な。」
「しかし、何事も徹底しなければ、中途半端では、意味がありません。」
「そう、だな……だが、もう少し肩の力を抜いて、考えてみたらどうだ? とにかく、今日は帰ったらゆっくり休みなさい。」
 そう言ってハルフォードはデイモンドの肩をぽんぽんと叩いて、出て行ってしまった。

城に戻ったデイモンドは、叔父に言われた通りに自室で休もうとしたが、ベッドに横になってみてもなかなか休むことができなかった。
どうして、叔父上はわかってくださらないのだろう。どうして、叔父上は自分の行いを諫めるのだろう。自分は何も間違っていないはずなのに。と、デイモンドは不思議に思い、悲しく感じていた。
「……あの方に、ご相談してみるか。」
 デイモンドは起き上がり、近侍の者を一人連れて、中央教会の大聖堂へと足を運んだ。

「……なるほど、総帥閣下がそのようなことを……。それは、お辛いことでしょうね。」
 デイモンドの話を聞いた教皇ガブリエル一世は、深くうなずいた。
「教皇様。私は国の平和を思って、己のできる限り、邁進してきたつもりです。それを、叔父上はもう少し肩の力を抜け、とおっしゃいます。しかし、私には肩の力の抜き方など、わかりません。私は、何か間違っているのでしょうか……。」
「殿下が間違っておられるはずがありません。……恐れながら、間違っておられるのは、総帥閣下の方と思われます。」
 教皇は悲しげに眉をひそめて、デイモンドを憐れむように見つめた。
「しかし、叔父上は良い方です。」
「それはもちろん存じております。ですが、殿下がお話しされたようなことを総帥閣下がおっしゃるなら、神の御意思に背くと言わざるを得ません。それから……いえ、これはお耳に入れぬ方が。」
 教皇は言いかけて躊躇する素振りを見せた。デイモンドは教皇の素振りが気になってしまい、問い詰める。
「なんです? 気になります。話してください。」
「しかし、これを申し上げてしまうと、殿下のお心を傷つけてしまうことになるかもしれません。」
「構いません。事実を教えてください。」
 真摯な態度のデイモンドを、教皇は憐れむような表情で見てから、言葉を続けた。
「……実は今、討伐兵の中にも『敵を追い払ったのなら、もう徹底的に追い詰めずとも良いのに』だとか、『休めるものなら早く帰って休みたい。討伐軍に入ったのは、給料が良いからだ。それ以上に働く理由はない』など、討伐軍としてはあまりに無責任な愚痴をこぼすものもいるようです。これでは、殿下の御意志が報われません。ああ、おいたわしい。」
 デイモンドは、驚いて目を見開いた。兵の中にも、自分のやり方を快く思っていない者がいることなど、彼は知らなかったのだ。
 みんながみんな、国の平和を思い、自らをなげうって戦いに参加しているのだと思っていた。それが、そんな無責任な考えをしている者がいるなんて。それでは、戦場で亡くなった、本当に平和の為に身を捨てて戦った部下の命はどうなるのだ。
 呆然とするデイモンドの両肩に、教皇は優しく両手を置いて、いたわるような調子で言った。
「……蛮族討伐軍の、人員の見直しが必要でしょう。兵は、私自らが選別した精鋭を、殿下に差し上げましょう。そして、総帥閣下には討伐軍から外れていただいた方がよろしゅうございますな。軍の士気が下がり、和が乱れてしまいます。」
 デイモンドは、教皇の言葉に静かにうなずいた。
 それから、デイモンドは自然と叔父を遠ざけるようになっていった。もちろん、表立って争うわけではない。必要な場面では言葉も交わすし、笑顔も見せる。表向きは、何も変わっていないように見えた。
 だが、教皇に相談をして以来、デイモンドの心中で叔父との間に見えない壁ができあがってしまって、デイモンドは叔父に本心を見せないようになっていったのだ。
 それでも、国政には何の悪影響も無い。教皇がデイモンドの為に選別してくれた兵は皆強く、志も高い者ばかりだったから討伐は以前よりも順調に進んだし、叔父の方は叔父の方で、他の仕事が忙しく、蛮族討伐についてはデイモンドに一任することになり、解決した。
 デイモンドは、どんどん強く、たくましくなっていった。国の平和の為に、豊かさのために戦っているのだという気概が、彼を支えていた。

 新しい蛮族討伐軍の編成から数日後。とある一家が国の片隅でひっそりと亡くなった。一家心中だった。
 家長の男性は、旧蛮族討伐軍の兵士だったが、突然、デイモンドの命令だとのことで謹慎処分をくらい、新討伐軍編成によって軍を解雇されたのだった。
 処分の理由を尋ねると、自分の発言が、討伐軍には相応しくない、と判断された為だと言う。
 確かに、討伐軍の仕事が辛く、早く家に帰って家族の顔が見たいと、愚痴をこぼしたことはあったかもしれない。だが、それだけで職を追われるのはあまりにもひどい、と上司に抗議したが、返ってきた答えは。
「お前は殿下に愛想をつかされたのだ。」という一言と、上司や周りからの冷たい視線だった。
 そして、男性は自分の身がおかれた状況を悟った。
 高潔で勇敢で、この国の正義の権化ともいえる、第一王子デイモンドが要らないと判断したのなら。すなわちそれは、この国にとって自分は要らない存在なのだと明言されたに等しい。
 案の定、新しい職探しをしてみたが、みんな白い眼で男性を見て、どこも雇ってくれるところなど無かった。
 もし、この男性がハルフォード卿を頼ったならば、状況はまた大きく変わったのかもしれない。だが、一兵卒にすぎない男性には、王の弟であり、国軍のトップであるハルフォード卿を頼るなどという考えはよぎりもしなかった。
 さらに、男性の妻や子も、周囲から冷たい待遇を受けるようになった。
 心中にあたり、男性はデイモンドや国軍、王室に対する恨み言を遺書に残さなかった。それどころか、デイモンドに対して、自分が至らない人間であったことを謝罪し、彼の功績を称え、今後の活躍を祈る文面を残した。
 この遺書は、憲兵によって燃やされた。彼の死がデイモンドや、他の国民の耳に入ることは無かった。

ダイアン王国第一王子デイモンドは、自国の平和と、国の発展を何よりも望んでいる。その国の片隅で一人の男とその家族がひっそりと死んだことは、彼の耳に入ることは無い。デイモンドが望む和から外れたものの死など、彼にとっては何の関係も無いのだから。
己の道を信じて邁進を続ける彼を待つものが何であるのか、知る者はまだ、誰もいない。


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サークル名:藤つぼ(URL
執筆者名:藤ともみ

一言アピール
現在、ソード・ワールド2.0リプレイ小説「王の選定者」シリーズを中心にのんびり活動中。
今回の作品は「王の選定者」本編が始まる前の番外編となっております。興味を抱いていただけましたら是非ブースにお立ち寄りください。

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平和を願う王子” に対して1件のコメントがあります。

  1. 浮草堂美奈 より:

    正義とは、人の枷ではなくガソリンである。よくもわるくも、と感じました。

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