羽衣の棺

ハシビロコウ審神者の朝は早い。
霊力の高さは政府の折り紙つきだが、付喪神たる刀剣男士と何がしかの相性はあるらしく、ハシビロコウ審神者と意思の疎通がスムーズに可能な者とそうでない者とにわかれる。故に、ここ【銀の羽本丸】では、通訳係と近侍の二人態勢を取っている。今週の通訳は不動行光、近侍は大倶利伽羅。
何かが起こりそうな予感しかしない組み合わせである。
銀の羽本丸では通常、審神者と平安の刀たち、いわゆる「年寄り」から起きる。しかし今朝はどうやら様子が違うようである。
「あるじさま!」
「主さん!」
審神者の起きるのを待ち侘びた男士たちが部屋の前で集まっている。近侍の大倶利伽羅と、通訳係の不動行光も他の男士たちに急き立てられるようにして連れて来られていた。不動は、眠さと朝の光眩しさとで顰め面の糸目になってしまっている。
「朝っぱらからすまねぇな、あるじ。こいつらの話、聞いてやってくれよ」
就寝中に突撃されて引っ張って来られた事はさほど気にしていない様子で、ぶっきらぼうに不動が声を掛ける。

五虎退、一期一振、愛染、明石、青江、太郎太刀の六振りに、不動と大倶利伽羅を加えた八振りと審神者が居間に膝を詰めている。神無月に入ったばかりで、陽射しこそ真夏に比べれば和らいだものの、今年の夏は猛暑だった。その名残か、蝉もまだ庭の木でしぶとく鳴いている。不動に促され、ごくり、と息を呑んだ五虎退と愛染が目を交わし、小さく頷く。
「「出たん です!だ!」」

ことの発端は数日前、本丸の近所の古いお社に屋台が立った夜。
射的に綿あめ、たこ焼き、かき氷、お面売り、金魚すくい。
遠征に出ていた者、夜戦を控えている者は残り、それ以外の待機している男士で行きたい者には自由にさせた。居なかった者の為に、りんご飴やら鈴カステラなどの土産も持ち帰ったらしく、特に短刀たちは喜んでいたようだ。
怪異はその翌日から起き始めた。
「怪異?本丸の中で?」
審神者の疑問そのままに不動と大倶利伽羅も首を傾げる。刀剣の付喪神がわんさか寝起きしている場所で怪異、とは、いったい何事だろう。
「そうなんだよねぇ…ボクもそこは不思議なんだ。なんてったって、この本丸には神剣も勢ぞろいしているからねぇ…」
青江が言うには、数日前から何かおかしなコトが本丸の中で起きていて、それは付喪神の他愛もない悪戯などでもなく、怪異、としか呼びようのない現象なのだと。茶目っ気の多い鶴丸や鯰尾は当然のように真っ先に疑われたのだが、遠征に出ていた鯰尾、燭台切のくりやの手伝いをしていた鶴丸の順でアリバイが成立し、濡れ衣は既に晴れている。

 では一体、どのような怪異なのか?

「赤い襦袢の裾でした」と五虎退
「赤い兵児帯だったぜ!」と愛染
「障子に映った風鈴の影が、一瞬で何かに飲み込まれたんや」と明石
「弟の付き添いで夜中に目を覚ましましたところ、水音がした、と言うのです」と一期一振

「なんだか定番の怪談風だねぇ…」青江は困ったような顔で審神者と不動を見ながら呟いた。

審神者の命により、鳴弦と舞を奉じる支度が大慌てで整えられた。鳴弦の弓を弾くのは鯰尾、骨喰、堀川、青江、浦島、物吉ら六振りの脇差。
囃子(はやし) 笙の笛は鴬丸、江雪。太鼓に山伏。横笛に歌仙、小鼓に小狐丸。
地謡(じうたい) 今剣、岩融、髭切、膝丸。
シテ(舞の主役) 三日月、ワキ(シテの相手役) 数珠丸。
演目は「帰ってくれと頼むのならば、アレヽヽが良かろう」という三日月の一言により『羽衣』に決まった。

『羽衣』とは、昔話でもおなじみの、羽衣伝説をもとにした演目である。昔話では、天女は羽衣を隠されてしまい、泣く泣く人間の妻になるが、能のほうでは、漁師・白龍は、すぐに返してしまうお人好しである。
羽衣を返したら、舞を舞わずに帰ってしまうだろう、と訊く白龍に、天女は、「いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」と返す。正直者の白龍はそんな天女の言葉に感動し、衣を返すのである。

付喪神、それも天下五剣自らが天女と漁師を演じ、舞を奉じる薪能である。正体のわからぬ怪異に対し、
「お前は何者か?」
「正体を明かしたのだから在るべきところへ帰れ」
と演目になぞらえて暗に告げる、という主旨だ。
舞台を取り囲むように煌煌と焚かれた薪に、初秋の暑さを残した西日が静かに差し掛かる。蝉しぐれは秋の虫の音に取って代わられ、ひと際、澄んだ笙の羽ばたきから『羽衣』の幕が上がる。

正装の束帯を身に付けた不動と大倶利伽羅は、舞台から少し離れた位置に設えられた特等席で、ハシビロコウ審神者の側に控えている。用心の為かしゃくの替わりに剣を持っている。舞台の観覧席にあたる場所には戦装束を身に纏った本丸の刀剣たちが油断も隙もなく待機しながら眺めている。

ものがたりは天女が漁師に舞を披露する場面に進み、唐突に怪異が現れた。
しゃりん、とも、ふわん、とも、つかぬ、音無き音と共に姿を現したのは。
透き通る巨大な金魚、だ。

三日月は動揺した素振りもなく舞を続け、ふわり、ふわり、と三日月の周りを金魚が踊る。シテが動揺していないのであるから、ワキが動揺する訳にはいかない。とばかりに数珠丸も天女の舞、と天女をまるで迎えに来たかのような金魚を見守っている。横笛と笙の音色が絡み合いながら尾を引き、遠くの空へ、たなびきながら消えてゆく。虫の音色と、薪のパチパチと燃え盛る音だけが、残った。

「それで?結局なんだったんです?あの大きな金魚は。」
今日のくりやの当番は織田組みだ。宗三、長谷部、薬研が昼餉の支度をしている。裏山でキノコがたくさん採れたので、川で獲って来た鱒と合わせてキノコの炊き込みごはん、ちゃんちゃん焼き、キノコ汁と、秋めいたお品書きだ。味付けも味噌派やしょう油派、塩、ポン酢など、好みに合わせて数種類は用意してある。スパイスやハーブは燭台切の得意ジャンルで、
「川魚ならコリアンダーとローレルだよ!」と言いながら勝手に伊達組みの分をハイカラな焼き魚に仕上げて行った。

「金魚鉢の思い出、なんだと。」
パッと来てサッと去って行った燭台切に呆気に取られて口が半分開いたままだった不動が宗三の質問に答えた。
「ふぅん……付喪神じゃあなく、思い出、ね」
鍋を洗いながら薬研が相槌を打った。
不動が言うには、金魚の居る夏の短い間だけ使われ、金魚が居なくなれば仕舞われてしまう金魚鉢が本丸の蔵に長く在って、金魚の居ない時は微睡まどろみの中で金魚を夢見ているらしい。存在意義を金魚に全部、預けてしまった金魚鉢は、先頃のお社に屋台が立った夜、久方振りに金魚を迎えるはず、だった。
「だけど、金魚を部屋で飼いたい、と申し出た者が多かった為にバケツや仮初めの器で金魚を間借りしたせいで、金魚が来なかった金魚鉢は……拗ねた。」
汁椀の支度を整えている長谷部は、不動の言葉に、うーーん、と返答に詰まっている。なんと答えて良いのか、わからないようだ。
「で?甘ったれた金魚鉢はどうしたんです?」
エプロンを外しながら宗三は不動の顔を覗き込む。
「審神者の部屋に置くみたいだぜ」
置くんだ……と薬研、長谷部、宗三は思った。

ハシビロコウ審神者は夜も早い。

床に就く前に、と言われ、大倶利伽羅は金魚と金魚鉢を審神者の部屋へ運んで来た。カルキ抜きをした水と金魚をゆっくり、金魚鉢へ移してゆく。ハシビロコウ審神者は、大倶利伽羅にしっかりと頷き、労う。
「……ああ、それでいい」
和金の赤いヒレが、ふわり、と金魚鉢の中で、揺れた。


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サークル名:兎角毒苺團(URL
執筆者名:伊織

一言アピール
初めての二次~♪君と二次~♪(アイウィルニージュオールマイラーヴ)刀剣乱舞の二次創作です、おりじなる設定です、大倶利伽羅かわいいです、よろしくお願いします。

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