堀川国広も燭台切光忠もひとこと多い。

※刀剣乱舞(燭台切光忠×堀川国広)の二次創作です。作品自体は全年齢ですが、いわゆる『そういう関係』であることを匂わせる描写があります。

 辺りはまだ薄暗く、夜が明け切らぬまだ早い時間だった。虫の音が消えかける夜明けの直前、本丸の一部分に明りが灯っている。
 トントントンと控えめな音が響く。燭台切光忠が、包丁で食材を刻む音だ。
 その音に重なるように、トントントンと戸を叩く音がした。戸を振り返らずに、光忠は声を掛ける。
「おはよう、堀川くん」
「おはよう、ございます。お手伝いします」
「今朝は厨当番じゃないのに?」
「えっと……あの」
 光忠の口調はまるで、やんわりと手伝いを断られているような口振りにも感じられた。
「僕が勝手に、お手伝いしたいんです」
「……そう。まだ、寝ていればいいのに」
 台所の中へ入れてくれない光忠に、堀川国広は己の唇をきゅっと噛んだ。いまだ振り向きもしない光忠の背中を、恨めしそうに見つめた。
「御迷惑、ですか?」
 その声は少し拗ねているように聞こえる。堀川から表情が見えないのをいいことに、光忠は思わず笑みを浮かべてしまった。
 いつものように、台所へ堀川を招き入れる。
「……いや。とてもありがたいよ。皿を出してもらえるかな?」
「はい!」
 その語調から、顔など見なくとも、堀川が笑顔を浮かべているだろうことが知れた。

 戸棚から人数分の皿を出したり、野菜の皮剥きを手伝ったりしながら、光忠とたわいのない会話が続く。
 数日前の遠征で兼さんがどうだったとか、昨日の買い物で一緒に浅葱色の飴を買ってきたとか、堀川の話はとにかく『兼さん』が中心だった。
 堀川の話を、光忠はウンウンと頷きながらいつも聞いている。
「それで、兼さんが――」
 しかし、さすがにその話を『今朝』聞かされるのは、光忠も決まりが悪い。
「ねぇ、堀川くん」
「はい?」
「君が和泉守のことばかり話すのは今に始まったことじゃ――いや、君はここへ来たときから和泉守の話をしていたけれど」
 堀川国広が本丸へやってきた時。
 堀川が初めて発した言葉は、まず己の銘を名乗るではなく、前主へ共に仕えた相棒の所在だった。
「……あっ その……。そ、その節は、お恥ずかしい限りです……」
 喉を使って声が出せることが嬉しいらしく、『カネサン』とは、『前の主』とは、これこれどういうひとだったと、堀川はことあるごとにふたりの話題を出してきた。
 その頃、和泉守兼定はこの本丸に顕現していなかった。
 当の本人である和泉守がやって来たのは、それからずいぶん経ってからだ。彼がこの本丸へ足を踏み入れた時、誰もがすでに『カネサン』のことを知っていて、和泉守がたびたび居心地が悪そうにしている様子を目にしたこともある。
 このエピソードは堀川がなにかやらかすとそのたびに語られ、脇差は恥ずかしげに肩をすくめるのだった。
「す、すみません……」
 申し訳なさそうに、堀川は顕現した時と同じ言葉を発した。
 堀川の初めての声を聞いたのは、近侍である光忠だった。残念ながら、堀川自身はそのことを覚えていないらしいが。
 堀川が発した言葉の響きはその時と同じであるが、その意味はまったく異なっている。
「僕は別に、君に謝ってほしい訳じゃないんだ」
 己がいない場所でなにがあったか、なにをしてきたか。逐一報告してくれる堀川を律儀だと思うし、彼とのことを包み隠さず光忠に話すのも、堀川なりの誠意なのだろう。
「でもね」
 向き直って、堀川の顔を覗き込む。堀川は小さく唇を開き、光忠の瞳を見返してきた。
 さらに顔を近付け、光忠は堀川の耳元で囁く。
ここにはふたり以外ほかに誰もいないのに、堀川さえ聞き逃してしまいそうな小さな声だった。
「寝床を共にした次の朝くらい、僕のことだけ話してくれないかな」
「…っ……」
「ね。分かるでしょう?」
 顔を真っ赤にした堀川に、光忠はにっこりと微笑んだ。
「夕べは、あんなにたくさん僕の名前を呼んでくれたのに。同じその口で、君はほかの男の名を紡ぐのかい?」
「あっ あのっ しょ、しょくだいきりさ!?」
「ダーメ。もっと甘い声で、僕の名を呼んでごらん。堀川くん」
「ちょ……っ ダ、ダメです……!」
 堀川の手首を取り、引き寄せる。体格差もあって、太刀が脇差の動きを片手で封じるなど容易かった。
「どうしたの。まだ慣れない?」
 光忠は『なに』にとは明言しなかったが、その『慣れない』は、あらゆる事柄に掛かる言葉なのだろう。堀川が思わず顔を背けると、光忠は困ったように眉を寄せ、しかし楽しそうな表情をした。
「だから、もうちょっと眠っていればよかったのに。当番なのは僕だけなんだし。体だって、まだ辛いでしょ?」
「……だって。目が、覚めちゃうんです……」
 いつも手伝っているから、と堀川は続けた。
 掴んだ手首から緊張が解れてきたので、光忠も掴んだ力を弛める。そして今度は、両手で堀川の手を優しく握り締めた。
 空が、白み始めていた。
 火に掛けている鍋と蓋の隙間からは、蒸気が噴き出している。その蓋が時折、カタカタと音を立てていた。
「……それに」
「……うん?」
 消え入りそうな声の堀川に、光忠は先を促すように相槌をした。包み込む手に力を込めると、観念したように、蒼い大きな瞳が光忠を見上げる。
「もっと。もっと――燭台切さんと一緒に居たかった……し」
「――ごめんね。今度は、一緒の非番のときにしようね」
「しっ し、しないです!」
「ん? なにを想像したのかな、堀川くんは」
「うぅ……。なんでもないです!」
「そう。それは残念」
 普段は、脇差よりもっと身の丈の大きな相棒を諌め論破するような口振りの彼ばかり見ているが、こと己が相手となると口籠もるこの少年がとても愛おしかった。ここは自惚れてもいいよね、と光忠は瞳を細め、堀川を見つめた。
 小さな恋人は頬を染めながら、上目遣いで光忠を見ている。
「僕は君に体を休めていてほしかったし。正直言うとね、今朝は堀川くんの顔、見たくなかったな」
「え……」
 思ってもみなかった言葉なのか、堀川の表情がさっと曇った。
 あぁ、もう。一から十まで全部言わないと気が付かないのかなこの子はと光忠は、心の中で盛大な溜息をついた。
「だってね。君のあんな顔を見て、声を聞かされた次の日だよ。僕、今日はどんな顔をして過ごせばいいんだい」
「! あっ あんな顔ってなんですか!?」
「そこはもう言わなくても分かるよね。それとも、言ってほしいのかな。そういうプレイ?」
 ごめんなさいと堀川は再び顔を背け、口を噤んでしまった。少しだけ膨らんだ頬が、あなたはいけずです、と訴えかけているのが分かった。
「ごめんね、違うんだ。だって仕事じゃなかったら、きっと今頃、まだ君のことを離してあげられなかった。なんで僕は君と一緒に非番じゃないんだろうって、ずっと思ってる」
 叶うのなら、一日中引き籠もりたい――光忠の言葉に、堀川は僅かに肩を震わせる。それに気付いた光忠は、堀川を咎めるように不機嫌そうな声を上げた。
「なぜ、笑うの」
「だ、だって。燭台切さんが」
 ふふッと声を洩らして、堀川は光忠の顔を見つめる。
「いつもカッコいいのに。燭台切さん、まるで子供みたい」
 朝露にほころんだ花のような顔をして、堀川は笑った。
 本当に君は、ひとこと多い。
《おわり》


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サークル名:シンプルテキストと浅草六区(URL
執筆者名:ろく号室の住人。

一言アピール
同人活動では、二次創作(刀剣乱舞、銀魂、etc)、一次創作(ホラーだったりファンタジーだったり、男女だったり男男だったり。ライトノベル系…?)で活動しています。
ときどき商業で、女性向け恋愛ゲームのシナリオや、成人向け内容を含んだ小説など書いております。
冒険活劇やSF系作品にも挑戦したい、今日この頃。

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