でこぼこの調和

『次号企画案(仮):学年で目立つ人物選手権』。
 会議室の黒板に大きく書かれた題目を背にして、熱く語る広報部員の弁で、第七十九回機関紙企画会議は始まった。

 曰く、

 十代の頃、学生の感性というものは、繊細で鋭敏だ。我々学生は入学直後から神経を張り巡らせ、初対面で互いに探り合っていて、ひと月もすれば位置関係が納まるべきところに納まる。まるで十年来の友人のように仲良くなる者もいれば、最初の頃は挨拶をしていたが気付くと言葉を交わさなくなっている者もいる。それは性格の違いや相性を見極め、今後の長い共同生活の中で無駄な衝突を回避するために、初歩的だが重要な処世術だった。
 区分の仕方も色々あって、頭のいい奴、気の弱い奴、真面目で融通の利かない奴、調子に乗りやすい奴、関わると面倒な奴、──そしてこれが特に重要なことだが、自分よりも上の奴か、下の奴かだ。いつの時代も、学生たちのほとんどは、意識的にせよ無意識にせよ、上下関係に敏感だった。
 全寮制の学校に通って半年も経てば、その程度のことはお互いすっかり把握している。一つしかない国立の高等士官学校には伝統的に男子の割合が高く、打ち解けやすかったのも幸いした。特に嫌いな教師に対する嫌がらせのための団結力や、難解な試験で有名な科目での非公式過去問集の情報伝達の速さなどには、どんな魔法を駆使するよりも優れた男子学生たちの才能が、見事に発揮されていた。
 今年も後期の授業が始まって、ふた月ほど経った。そろそろ、一年生の人間関係に着目した取材をするのが面白くなる頃だ。

 我々、生徒会広報部は次の機関紙の企画を決めると、敏腕の記者たちを各寮へと放った。

  *

 コン、コン、コン。

 どうぞ、開いている。
 ああ、昨日連絡をくれた、広報部の取材だね。
 途中から編入した私などでも構わないということだったが、どういった記事だろうか。……『学年で目立つ人物選手権』? 変わった企画だな……私に面白い話を期待しないでもらえれば、ありがたいんだが。
 まずは自己紹介か。記事に、取材された側の個人名が出たりはしないだろうね。一年の後期から、推薦枠で入学したサイアッド・シュフィールだ。制度についての説明は今さら不要だろうけれど、士官や貴族からの推薦を受けた徒弟が、基礎課程を省略して編入する枠が毎年設けられている。私の場合は、父の推薦だな。
 
 さて、目立つ人物ということなら、私が入学して真っ先に目に入ったのは、エマニエル・ブラトー。予想通りすぎてつまらないかもしれないが、あの風貌はどうしても人目を引く。きっと誰に聞いても同じ答えが返ってくるんじゃないだろうか。どう表現したものか、あんな髪の色はこれまで見たことがないんだが、金髪のようでいて、わずかに桃色のようでもある。光の加減で色の変化する美しい髪は、優しく儚げな彼女によく似合うと思う。──あのう、この取材、本当に名前は伏せられるんだろうな?
 もう一人挙げるとすれば、キサラギ。彼は私の親しい友人でもあるので、身内のような立場から推すのは少し憚られるが、とても優秀で自慢できる人物なんだ。目立つところは……、そう言われると、ぱっと思いつくものが無いな。いや、そんなはずはないんだが。面倒見が良く、何でもそつなくこなせる器用さがある。よければ直接彼に会って取材してみてくれ。あるいは、もし他の生徒にも聞いてみてもらえたら、やはり2番目には彼の名前が挙がるんじゃないかと予想しているよ。

  *

 コン、コン、コン。

 開いてるぜ。
 ──ええと、あんた誰だっけ。取材? そうか、初対面だよな。
 別にかまわないが、俺なんかを取材して何を書くんだ。ああ、まぁ、何でもいいけどな。上手い話はできないが、好きなように書いてくれ。
 目立つ奴の話っていったら……、先に自己紹介をしろって? 一年、キサラギだ。以上。

 で、学年で一番目立ってるのは、何と言ってもエマニエル・ブラトーだな。あのナリを見れば、説明は不要だろう。きらきらした長髪に女みたいな顔で、成績がいいので教師たちの覚えもめでたく、後ろ盾には金持ちのブラトー家がついてるってんだから、これで目立たない方がおかしいわな。何を期待してるのか知らんが、あんまりタチの良くなさそうな取り巻き連中が常に側をうろついている。
 ん? 女みたいな顔、だ。女じゃない。たまに間違えられるみたいだがな。
 言っとくが、性格はキツいぞ。美人で金持ちで成績もいいなら友達が多くても不思議じゃないんだが、学年の中でもあいつに近寄りたがる連中と避けたがる連中は、はっきり分かれてる。俺か? そういうのには興味ないからなぁ……別に嫌っているわけじゃないし、用があれば話もするが。向こうから話しかけてくることもあるしな。あんたも、あいつに直接話しかけてみるといい。外から眺めているだけじゃ、あいつが実際どんな奴なのか、よく分からないだろう。
 サイアッド? 何でここにその名前が出てくるんだ。目立つかって言われたら、まぁ、上流推薦入学組なんだから、嫌でも目立ってるな。俺たち一般入学組の僻みややっかみもあるんだろうが、実際、あんまり出来のよろしくない坊ちゃん連中の編入枠っていうのが実情だから、仕方がない。あいつ自身の出来がいいかどうかは、俺からは何とも言えんな。知り合いというか……サイアッドの父親が、俺の保証人になってくれたおかげで俺はこの学校を受験できたんだよ。

  *

 コン、コン、コン。

 忙しいんだ、明日にしてもらえるか。
 取材するなんて話は聞いてないが。……キサラギの紹介だと……? あいつは何を勝手に、人の都合もおかまいなしで。まったく。仕方がないな、話だけなら。
 私の自己紹介? おまえは馬鹿か? エマニエル・ブラトー、知ってて話を聞きに来たんだろう。名前以外に話すことなんてないよ。

 私が学年で一番目立っているというなら、それは単に、外見が多少派手で物珍しいというだけだろう。髪や顔がちょっと綺麗だからと男にちやほやされても嬉しくはない。ましてや成金ジジイの金目当てなのが分かり切っている連中なんかは、虫唾が走るね。記事にしてもいいかって? どうぞ、お好きに。
 私に言わせれば、一見すると地味で目立たないキサラギの方こそ、目立つ存在だよ。どう説明すればいいかな……、自分から何かをばら撒かなくても、何となく級友たちがまわりに集まってくる、そういう奴だ。あいつは他人に上下を付けないし、他人に頼らず一人で立っている。そんなところが好かれる理由なんじゃないか。
 成績も態度もパッとしない奴だと思っていたが、後期から始まった実戦演習で突然やる気を出し始めた。実戦演習というのはつまり、数人ごとに分かれて戦略だとか戦術だとかを競い合うんだが、あいつが率いた部隊は今のところ無敗記録を伸ばし続けている。格闘術も強いよ。あいつに格闘で勝てる奴はなかなかいないだろう。ただし、魔法に関しては私の方が上だからな。まあ、今のところは一年生の中だけでの話だけどね。
 目立つ奴とは違うが、愉快な誤解を続けている奴なら一人、心当たりがある。サイアッド・シュフィールだ。私ともよく話をしているくせに、一体どこに目を付けているんだか……面白いから、サイアッドが自分で気付くまで放っておくことにしているんだ。そうそう、記事の中で私の性別をはっきりさせるようなことは書くなよ。
 他の連中のことは知らない。正直なところ、私は他人をいちいち気にするほど暇じゃないんだ。学期末の考査で学年三位以内から陥落したら、ただちに援助を打ち切ると言われているんでね。何故って、はは、私をブラトー家の親戚か何かだと思ってたのか? いいや、生徒会の広報部なんかに教えてやる義理はない。話は終わりだ、お引き取り願おうか。

  *

「──以上が総括です」
「なるほど、実に興味深い結果が出たな」
「はい。今回取材した一年生は二十名、そのうち十七名が彼ら三人について『学年名物の三人組だ』と名前を挙げたことからも、この三人組の企画性は非常に高いと考えられます。取材した限りでは、彼らは三人一緒にいることが多く、一見して共通点が見い出せないことや、仲が良さそうとは想像しがたい点からも注目されています」
「よし、では次号の企画はこの三人の特集に変更。今回の取材で集めた全員の証言をもとに内容を構成し、必要な裏は全部押さえるんだ。ただし裏が取れなかった情報についても捨てるなよ」
「はい。慎重な表現を使って、もっともらしく装飾して、随所にちりばめます」
「その調子だ。若き記者諸君、今回もよく取材してくれた。君たちの記者魂のおかげで、次号はますます熱い機関紙となって我々の広報活動が学校中に広く知れ渡ることだろう」

 若き記者の一人が、黒板に『次号企画:今、この三人組が熱い! ~噂の真相に迫る~』と板書する。そして、現実を正しく理解した。こういうことばかりやっているから、生徒会の広報部であるにもかかわらず生徒会から存在を煙たがられているのだろう、と。


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サークル名:えすたし庵(URL
執筆者名:呉葉

一言アピール
ファンタジー長編小説「ESTASIA」シリーズを中心に書いています。少年少女がなかなか協力し合わないながらも剣と魔法と銃でそれぞれの人生を切り拓いていきつつ最後に世界を救うかもしれない物語。テキレボ公式アンソロと300字SSポスカでは、本編の主要キャラの親世代の話をオムニバス的に書き続けています。

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