星間

「ジョー、アレックス。二人とも居るか」
 空気が圧縮される音と共にハッチが開き、赤毛の男が顔を出した。片手は壁に添えられ、無重力の宇宙船内で体が進みすぎないように軽い制御をかけている。
 居室にいた二人の男が、声に同時に反応した。金髪の男が固定用ベルトを外しベッドから体を起こすと、ゆるりと宙に浮きあがる。
「なんだいビル、また打ち合わせかい? そうじゃないなら後にしてくれよ」
「残念ながらその『また』だ、アレックス。一時間後に集合がかかった」
 アレックスの面倒そうな声に、ビルと呼ばれた赤毛の男が淡々と答える。その目が黒髪の男へと向けられると、応じるように男がタブレットのカバーを閉じた。
「わかった、準備しておく」
「頼んだ。……このくらい素直な返答が欲しいものだが、アレックス」
「ジョーは真面目なのさ! ……で、ジョー、お絵かきはもう終わりか?」
 ジョーと呼ばれた黒髪の男は一瞬目を丸くすると、東洋系の整った顔に、照れたような笑みを浮かべた。
「見ていたのか」
「ああ、ずっと横目でな。何か楽しそうにペンを動かしているなって」
「……そうだな、なかなか楽しかった」
 その返答に、アレックスの瞳が輝いた。軽い力で壁を蹴り、ふわりと移動する。その勢いのままに鍛えた腕を男の首に回し、タブレットがのぞき込めるよう横並びの位置で動きを止めた。ビルも居室の入り口近くに佇んだまま、好奇の色をわずかに浮かべている。
「どんなのだい、兄弟? 俺にも見せてくれよ!」
「ジョーが絵を描くとは知らなかった」
 アレックスとビルが口々に言う中、男は顎に手を遣った。彼の考え込むときの癖だ。そして大抵、この癖が出るときは、否定的な返事が来ることはない。それを知っているからこそ、二人はただ静かに、期待を込めて、見守るだけだ。
 やがて小さな吐息と共に、視線が持ち上がった。
「……わかった。笑わないでくれよ」
 言いながらもタブレットのカバーを開くと、ロック画面に「MINORU T.」の文字が浮かび上がる。
「ジョー、もう正式に、ミノル・『ジョー』・タケダにしたらどうだ?」
「はは、それも良いかもしれないな」
 アレックスの言葉に、ジョー、――もとい、武田穣たけだみのるも、目を細めて軽く応じた。
 「ジョー」という愛称は、穣が昔から使っているものだ。漢字を音読みすると、外国の名前のように聞こえる。友人たちとのそんな遊びから使い始めたこの名前は、今ではおそらく、宇宙船フロンス号のクルーとして、本名よりも知られている。
「……ちょっとしたものなんだが」
 とん、とアイコンをタップすると、スケッチブックのアプリが起動する。やがて現れた絵に、アレックスが目を丸くした。
「こりゃ、……宇宙船か?」
 その言葉に、今度はビルが近くの壁を蹴った。天井にあたる壁に手をつき、上からタブレットをのぞき込む。
「宇宙船というより、スペースコロニーじゃないか?」
「ああ。よく映画やアニメに出てくる形で描いてみたんだ」
 三つの視線が集まる先には、丸みを帯びた金属の建造物があった。天井部分を切り取るようにして露わになっている内部は、色と線できっちりと区分けされている。柔らかな緑が広がる区域、小さな四角が整然と並ぶ区域。豆粒のような人と、その動線らしき線もあちこちに描かれている。
「3Dの設計図が描けるアプリも入れてあるから、いつか立体的にしてみたいとも思っている」
「ふぅん。航空宇宙工学の本領発揮、だな」
 しげしげと眺めながらつぶやいたアレックスの背に、ビルが腕を伸ばした。思い切りつねりあげると同時に、アレックスの短い悲鳴が上がる。
「ジョーはいつでも、どんな仕事にも全力で取り組んでいるだろう」
「いや、皮肉じゃないんだよ。こういうのがジョーのやりたい事なんだって、思い出しただけさ」
 ビルの言葉に、アレックスは大げさに眉根を寄せながら、背をさすりつつ反論する。両脇の二人に交互に視線を送りながら、穣は頷いた。
「そうだな。地球に戻ったら、開発業務に回るのも良いな。まあ、あと十年は先の話だし、今は船内のメンテナンスや改良が楽しいから」
 小さな居室を見回し、窓の外に広がる漆黒の宇宙へと目を遣ると、穣は小さく笑みを浮かべた。その姿を見ながら、ビルが口を開く。
「しかし、ジョーはこのところ気を張りすぎだ。船内の不調を直してくれるのは心強いが、少しは休息をとったほうが良い」
「そうさ! こんな大きな船だ、君一人が責任を負うべきものじゃないんだからね」
「アレックス、君はもう少し――」
「ああ、お説教は今度にしてくれないかな」
 この船内で過ごした五年のうちに、すっかり恒例となったやりとり。苦笑しながら、穣もゆるりと体を伸ばす。
「休息ね。……久しぶりに草むらか、畳に寝っ転がりたいなぁ」
「タタミ? ニンジャが盾にする、草のマットか?」
 アレックスの首根っこをつかもうとしていたビルが、動きを止めた。アレックスも、ニンジャ? と口にしながら目を輝かせる。四十も半ばの二人が、同時に少年のような瞳を向けてくることが、とても面白い。笑いを深めながら、穣は応じた。
「忍者が盾にするかはわからないけれど、昔の家にはごく自然にあったものらしい。……ほら、ここにも」
 再びタブレットを立ち上げ、アプリのページを一枚めくる。そこには、簡単な家の間取りが書かれていた。薄い緑色の長方形が並べられた部屋が、数か所。二人が体を動かし、タブレットをのぞき込んだ。
「今度は家か?」
「ああ。純和風――昔からある、日本の家の間取りを書いてみたんだ。博物館にでも行かないと、なかなか体験できないけれどな。……行きつけのラーメン屋には、畳敷きの席があってさ。よく腹いっぱい食ってから、親友と寝転がっていたよ」
「その話はまた今度聞きたいね! で、この部屋の真ん中にある砂は何だい?」
 ふ、と思い返すような表情を浮かべた穣を、アレックスの声が遮った。数秒後、短い悲鳴が上がる。
「これは、囲炉裏だ。備え付けの暖房器具で、簡単なキッチンの役目もしていたらしい。コロニーで裸火は使えないだろうから、床からの照明かIHで真似できないかと考えている」
「ふぅむ……ずいぶんと作り込んでいるな」
 アレックスに制裁を与えて空間に放り出した後、ビルがまじまじと画面を覗き込む。
「君が住みたい家なのかい?」
 空中を泳いで戻ってきたアレックスに対し、穣は顎に手を当てた。
「そうだな……、畳以外は経験したことがないから、住みたいかと言われると、わからない。……でも」
 ぽつり、ぽつり、と穣は言葉を紡ぐ。
「なんとなく、馴染みがあるんだ。ああ、これは現代いまでも使われているなとか、逆に初めて見た、とか。体のどこかに根差した”懐かしい場所”なんじゃないかって、思う」
 ビルとアレックスが、唸るような声を上げる。
「なんというか……穣は感性が豊かだな」
「同感だ。ワビサビ、だったか?」
 首をひねりながらのアレックスに、ビルが追従し、頷く。どことなく腑に落ちないという表情の二人を見ながら、穣は何かを考えるように黙り込む。
「そうだな、……ビル、コッツウォルズのはちみつ色の石で、川のほとりに家を建ててみたくないか? アレックス、さっきのコロニーの中に、ルート66を再現してみるのはどうだ。コロニーを縦走する一直線の通路で、道端にはカントリー調の酒場が――」
「最っ高だ!」
 アレックスが、両手を叩いて大声を上げた。その声に眉根を寄せつつも、ビルもしきりに頷いている。
「なるほど、そういった感覚か」
「たぶん、そういうのが近いんだと思うんだ」
「よぅし、ルート66を再現するために、俺も協力するよ!」
 親指を立てて見せるアレックスに対し、ビルが穣からの視線を遮るように立って、再び画面をのぞき込む。
「庭には何があるんだ」
「ん? この辺は、石をいくつか。……庭には石を置くものらしい。こっちは小さな菜園にしたいな。植物を露地栽培できるかわからないけれど、何でもできるって思っていたほうが、夢があるだろ」
 アレックスも穣を挟むようにしてビルの反対側に回り、液晶画面に影が落ちる。
「この隅にある緑は、何の植物だ? 隣との境目の役割か?」
「これか? これは竹藪で、……」
 ビルが指さした緑色の空間を、穣の瞳が捉えた。僅かな間の後、いたずらっぽい光がその瞳に宿る。ゆっくりと顔を上げると、ビルとアレックスの視線が集まるのが見えた。重々しい声で、穣は告げる。
「……忍者の修行の為だ」
「ニンジャ!」
 大の大人が二人、競うように声を上げる。くつりと笑った直後、穣は真剣な表情を浮かべた。
「竹は成長が早い。だから、忍者が毎日、飛び越える修行をする。そうすると、竹が成長したころには――」
「とんでもないハイジャンプができるようになるってことか!」
 アレックスが的を射た表情で叫んだ。ひとつ頷き、穣は続ける。
「それだけじゃない。竹の若い芽、タケノコは、炊き込みご飯にするとうまい」
「タキコミ?」
「米と具材を一緒に煮ることだ。醤油とみりん、酒……日本伝統の調味料でな」
 にっと笑って見せる穣に、アレックスの瞳が一層輝いた。
「なんて美味そうなんだ、ぜひ日本に行ったら食べさせてくれよ! できれば、君のママの味が良いな!」
「ああ。十年後にな。あと、ラーメン屋にも行くか、クルー全員で」
「よし、しかと聞いたぞ。ミーティングで皆に伝えよう」
「勘弁してくれ、ビル」
 三者三様の笑みが居室に広がった。そろそろ行くか、と誰かの声を皮切りに、居室の外へと泳ぎだす。
 ハッチが閉まる直前、窓の外には漆黒の宇宙空間に、満天の星が広がっていた。


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サークル名:うずらやの小金目創庫(URL
執筆者名:轂 冴凪

一言アピール
うずらやの小金目創庫は、『うずらや:轂冴凪』『小金目創庫:領家るる』の合同サークルです。ひたすら梟とうずらを愛でる折本や、(少しふしぎ/含)SF本など書きたかったものだけを引っさげて参りました。「鳥散歩」「300字SS」「おさじょ」他企画参加致しますので、宜しくお願い致します。

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