王泥棒の息子

「嘘つきは泥棒のはじまりよ」
 幼い頃、僕は母に幾度となくそう言われた。そしてそのあとには必ずこう続く。
「お父さんのような立派な泥棒になるために、あなたは沢山嘘をつきなさい」
 父は世界を股にかける大泥棒だ。難攻不落のセキュリティーを鮮やかに打ち破り、比類なきお宝を華麗に盗み出す。時には盗み出したそれらをあるべき人の元へひっそりと返す、義賊めいたこともまでしている。父を崇拝ないし支持する人々は父のそのような行動から、泥棒の中の泥棒と言う意味を込め『王泥棒』と呼んでいる。
 だがそれも過去の話である。僕が生まれて間もない頃、父は亡くなった。引ったくりの男に出会い頭に刺されるという、残念な死に様だったらしい。
 死に様はともかく、僕は父のような立派な泥棒になるべく、母から熱心な教育を受けて育った。

 熱烈なスポットライトが僕に当たった。
「いたぞ! あそこだぁ!!」
 警官の声が闇夜に響き渡る。僕は大きくマントを翻し、風を切るようにしてその場から走り去る。
 声にもならないような声と地鳴りにも似た足音が、背後から絶え間なく聞えてくる。一般人なら危機感を煽られる音だろうけれど、僕にとっては気分を盛り上げてくれるお気に入りのナンバーと同等だ。この血肉沸き踊る感覚はどんなお宝よりも価値があるかもしれない。
 刹那、進行方向の先でまたしてもスポットライトがたかれた。有象無象の人影が待ち構えている。その中であってもあいつの人影はすぐに見つかった。
「怪盗K! 今日こそお前を逮捕する!!」
 拡声機によって、キヨシ警部のがなり声がより一層引き立てられる。
「総員、かかれー!!」
 警官たちが一斉に押し寄せてきた。さも黒い波のような恐ろしさがある。だが今の僕の高揚感の前ではその波でさえ乗りこなせそうな気がした。
 挟み打ちになる寸前、僕は大きく跳躍した。靴に仕込んだ装置のお陰で10m近く跳ぶことが可能だ。
 驚きの声が上がって間もなく、キヨシ警部の配合辺りから、僕に向かって網が発射されてきた。袖の仕込みナイフの刃を出しそれを斬ろうとしたが、僅かな傷さえつけられなかった。うん、さすがに対策してくるか。
 マントに仕込んだウイングを展開し、無理矢理に網を引き千切る。そして地面に落ちる寸前に急上昇し、青い月を目指して飛行した。
「諸君、また会おう!!」

「あら、ケイスケ。いらっしゃい」
 母は僕に向かって微笑んだ。力のないそれは僕の心をじわじわと締め付ける。ベッドの白さも相まって、ますますやつれている印象を受けた。
「今日は顔色いいね」
「それはそうよ。だって――」
 母は手元にあった新聞の一面を見せつけた。そこには『盗まれた純血の心ルビーハート! 怪盗K絢爛と参上!!』の文字が踊る。
「息子の活躍が大々的に報道されているんですもの、うれしくならないわけがないわ」
「そう言ってくれると、頑張った甲斐があったよ」
 僕は上着の内ポケットから件の代物を取り出し、母に渡した。
 まるで新鮮な血液を凍らせたかの如く深い赤色を放つルビー。ハート型にカッティングされ、さらには男の拳ほどもあるそれを一目見れば、誰も彼もがその美しさに魅了されることだろう。だが母は十秒足らず眺めただけで、間もなく僕にそれを返した。
「お疲れ様。次の活躍も期待しているわ」
 その後取り留めのない世間話をしたり若かりし頃の父と母との思い出話を聞き、僕は病室を出た。そしてそのまま病院の中庭へと向かう。
 コートを脱ぎたくなるような暖かな日差しが燦々と降り注いでいる。だが吹き抜ける風はなおも強く冷たいからに、僕は襟をグッと立てた。
 彼は噴水の近くの花壇の縁に越しかけ、単行本を読んでいた。少し歩けばベンチがあるというのに、わざわざそこにいる。足音か気配で気づいたらしく、顔を僕のことを見た。だがすぐに本に視線を戻した。
 少し間隔を開けて隣に座る。
「何読んでるの?」
「怪人二十面相」
 彼の声にはまるで覇気がなく、ボソボソと聞き取りづらかった。読書の邪魔をするなと言いたそうだ。まったく、相変わらずオンとオフの切り替えが激しいなぁ。
「容態は?」
「元気そうにはしてた。無理してる感じもなかった。けどやっぱり、大分衰弱してるよ……」
「そうか」
 キヨシは栞を挟んで静かに本を閉じた。しばらくはジッと石畳を見つめていた。
 あるタイミングで、僕は純血の心ルビーハートをキヨシの前に出した。キヨシは無言でそれを受け取り、上着の内ポケットにしまった。
 寒さに耐えきれないこともあって、僕は腰を上げた。
「いつまでこんなことをやらせる気だよ」
 数歩歩いたところでキヨシが言った。その声には少し力が篭っていた。
「俺にだって、立場っていうものがあるんだぞ」
「キヨシが母さんに会いに行くか、俺が一人前になるまでかな」
 キヨシが深く溜息をついたのが聞こえた。
「何度も聞くけど、こんなやり方で本当にいいのかよ。親子の縁を切った俺が言えた台詞じゃないけど、こんな姑息なこと、父さんの名前に傷を付けるばかりか、母さんにだって――」
「これでいいんだよ」
 もはや自棄になっているところはあるけれど、でも父のようになるには、母を少しでも元気にするには、今はこれしかない。それを自分に言い聞かせる意味も込めて、僕はキヨシに言う。
「だって嘘つきは泥棒のはじまりなんだから」
 再びキヨシの溜息が聞こえた。
「出来の悪い弟を持つと、苦労が絶えなねぇな……」


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執筆者名:紙男

一言アピール
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