僕は嘘の多い人生を送っとうからね

「僕は嘘の多い人生を送っとうからね」
 これがサイジョーの口癖だ。刻む文章の秀逸さは語るまでもなく、唇から発せられる戯作のエッセンスは至宝の雫と呼ぶにふさわしく。それでいて飾らず無邪気によく笑い、ときには醜態を晒す――俺たちの親友なのである。
 作家、斎城梅雪が商業出版の舞台に上がったのは、大学二回生の冬だった。
 もっとも小学生の頃からあらゆるアマチュア文学賞に応募しては大賞やら最優秀賞やらを獲り、最近じゃ賞金稼ぎとして生活していたような奴なので、遅い登場とも言える。
「お前の嘘つきはただの創作だろ」
「せやで? 物書きとほら吹きは紙一重で、僕はどっちかっちゅうとほら吹きの方や」
「それがもう嘘だな、センセー」
「いややわあ、梓河あずかわかってセンセーやんか、仁川センセー。僕の相棒なんやで?」
「仁川梓はただの助手ですよ、斎城梅雪先生」
 サイジョーは異様に筆が早い。ただし、没頭し始めたら寝食も風呂をも忘れて書き上げる。そうでないと精神の平穏が保てなくなってしまう人種らしい。
 そんな残念な親友のために、俺たちは欠落した要素を補ってやることにした。料理を希一郎がやり、華凜が料理以外の家事を引き受け、大学関係の世話は松馳が焼いて。俺は取材代行とマネジメント、雑用。
 去年右手首を折ったときなど発狂寸前で、俺が口述筆記を引き受けてやった。これがまた大変で、声が枯れるまで続けるし俺は腱鞘炎になるし、散々だった。
 とはいえ、そうやって書き上げた一本がとある大手出版社の新人賞の選考に乗り、この賞では実に十年ぶりとなる大賞に輝いたのだから苦労も報われたというものだ。
 そんな経緯のある作品でデビューするが故に、せめて俺だけでも共著にしてもらわないと困ると言って譲らなかった。俺の言葉など一文字も入っていないのに、斎城梅雪の隣には仁川梓の名が並び、年の瀬迫る中行われた授賞式にも揃って出席することになったのだ。
「しかし担当さんの驚いた顔は見ものやったなあ。まさか僕がこんな格好をしてくるとは思わんかったんやろうけど」
「俺もびっくりしたわ。てっきりスーツで行くと思ってた」
「いや、華凜がな、どうしてもこのドレス着てほしいって聞かへんかったんよ」
 臙脂色のミニドレスから大胆に露出した肩は思っていたよりずっと華奢で、何より胸元が、もう本当に驚愕するくらいボリュームがあって。
 梅酒のロックを傾ける横顔は、バーの間接照明に照らされながら美しく笑っていた。

 後泊に取ってもらった部屋は風呂の広さが尋常ではなく、自腹では絶対に選ばないランクのホテルであるのは確かだった。
 シャワーから出ればこれまた広いベッドにサイジョーが寝転がり、ポメラのキーボードを叩いていた。取れかけたパーマが湿気で戻ってくるくると横顔を隠す。耳から顎にかけて落ちた影にどきりとする。
 ベッドサイドに脱ぎ捨ててあるドレスとコートは、後できっと俺が片付けるのだろう。
「今日は久々におめかししたな、サイジョー」
「学祭ぶりかなあ。ほんまはメイクとかしたい気分の日もあってんけど、なんせ原稿忙しいて無理やった」
「髪も伸びたしな」
「そうやねん。やっと落ち着いたし、明日鴉原からすはら帰ったら絶対短くするー」
 バスローブの襟元が湿るほど放置された髪にタオルを乗せて同じベッドに上がり、腰を跨ぐように膝を突き、頭をわしわし拭いてやる。
 サイジョーの身体は基本的に女性のものだ。間違っても折らぬよう、体重がかからぬように気を付ける。
「おー、ありがとう」
「冬はちゃんと乾かせって華凜にも言われてるだろ」
「面倒くさいし、どうせ梓河やってくれるやろなーって」
「はいはい。先生のご指示とあらば」
 耳周りの水滴をとるのに指を突っ込めば、サイジョーはくすぐったそうに身をよじった。
「うへ、意地悪やなあ、梓河」
「お前が勝手にもじもじしてるんだろ」
「欲情する?」
「しーなーい」
「えー、でも最初の頃一回誘ってきたやん」
「顔は好みなんだよ、顔は」
 ぐりぐりと耳の穴を攻める。
「うへへへ、顔以外は?」
「普通」
「えー」
「ああ、でも」右の耳に唇が触れるほど近づいて、わざといい声で言ってやった。「お前の文章は死ぬほど好きだ」
 喋りながらも一切滞らなかったタイピングが、初めて止まった。
「……は、恥ずかしいやんか」
「本心だから仕方ないだろ」
「あー、もうそうやって梓河は好きな人落としてくんやな、今度小説に書いたろ!」
「そりゃ光栄なことで」
 ドライヤーで軽く熱を加えて顔の輪郭に沿わせてやると、少し幼く高校生くらいにも見えた。
 喉が渇いたとのオーダーにはいよと応えて小銭入れとルームキーを掴み、廊下の自販機を目指す。
 サイジョーは好き嫌いが激しい。飲み物だと苦いのやどろっとしたの、シュワシュワするのは駄目だ。酒なんか梅酒のロックしか飲まない。だから林檎ジュース。缶ビールは俺の分。
 部屋に戻ればサイジョーがテレビのチャンネルをあれこれ回していた。家にはないから新鮮なのだろう。書きたいだけは書いたらしく、ポメラは開きっぱなしのキャリーケースに放り込まれている。
「ほれ。後は水かコーヒーしかなかった」
「ありがと。そういや、なんか光っとったで?」
 指差す先には俺のスマホ。充電器に挿してあったそれを見ると担当編集者からのメール着信。件名は【(お詫び)ホテルの部屋について】。
 そりゃそうだ。まさか斎城梅雪が女性とは思っていなかったから俺とサイジョーはツイン一部屋なわけで。何度も重ねた打ち合わせではいつも典型的な男子大学生の格好をしていたし、無理もない。
「安易に相部屋にしてごめんだと」
「へー。そんなん気にせんでええのになあ」
 サイジョーがスマホを貸せと手を伸ばす。返信してもいいかと聞くので頷けば、ぎこちないフリック入力を始めた。サイジョーは自分の携帯端末を持っていない。
「なあ、なんでドレスにしたんだ?」
「せやから、華凜が」
「それ、嘘だろ?」
 図星らしい。指が止まって、悩んでいるのが伝わってくる。
 ビールを開けて一気に半分。ロング缶にすればよかった。
 リモコンをいじってみたが、テレビの編成は年末特有の偏ったもの。この時期のバラエティは普段より数倍安易に人を馬鹿にするから好きじゃない。ニュース番組でさえも事件被害者の過去のエピソード紹介。放っておいてやれよ、個人情報だろ。
 テレビを消そうかと思ったところで、サイジョーが口を開いた。
「この先作家を続けていくんなら、両方見せとかなしんどいかなって」
 ああ、なんかそんな気はしてた。
 サイジョー、齋城飛鳥は不定性だ。どっちも、なのだ。
 どちらかというと男性寄りの自認があるらしいが、それは身体に反発しているだけのことで、実際には男女両性の人格をほぼ均等に有している。
 幸運なことにサイジョーは見た目や振る舞いについて非難を受けることなくこれまでの人生を送ってきた。その類稀なる才能で心無い刃をかわしてきたのだ。
「……それをしないための嘘つきサイジョーじゃなかったのか」
 素の自分を理解させるのは至難の業だ。そんな労力を使うより、自分が仮面をかぶって嘘で欺く方がよほど楽で賢しい。そう言ったのはサイジョーのはずだった。
「僕かてもう二十歳やで。さすがに逃げてばっかりもいかんよ。腹くくらな」
 林檎ジュースを頬に当てて、目を逸らして言う。顔赤いぞ。
「馬鹿だな。お前はそんなの頑張らなくていいのに。そういうのは俺らに任せとけ」
「あかんて。ただでさえみんなにはお世話になってんねんから、こういうのは先陣切って後のみんなに楽させんと」
 サイジョーが気を遣っているのは俺たちそれぞれの秘密のことだ。それは鎖であり、あるいは枷であり、毒沼の形をしている場合もある。
「後のって。俺はもう引きずり出されちゃっただろ」
 俺たちの共通項は文章作品を作っていること。全員それで飯を食いたいと思っているのに、俺は実力とは関係ないルートで名前だけデビューしてしまった。
「僕が梓河を選んだ理由は分かっとう?」
「さあ」
「僕に一番似とうから」
「似てる?」
『彼は、己の底にある傷跡を隠すために両の手を使ってしまい、眼前を横切るチャンスをただ眺めているだけなのでした』
 サイジョーの小説から取り出された一節は、的確に弱点を突いた。
「……だから無理矢理引きずり出したってか」
 受賞作を投稿したのは俺の独断だった。さっさと階段を上がれと勝手に応募した仕返しに道連れにされたのだ。
「僕は嘘の多い人生を送っとうからね」
 いつも通りの口癖のはずなのに、まるで違う言い回しのように真摯な響き。
 サイジョーは続ける。
「家族もおらんし、自分が何者かもいまいち分からへんし。何にも信頼できへんから嘘で人生形成してきた。自分で作ったもんは信じられるから」
 さらに。
「でも、華凜と希一郎と松馳、梓河入れた四人は偽物やないし安心できるし、好きやなって。生まれて初めて安心できてんよ。せやから、傷つけたくないねん」
「……嘘つきが」
「あんな、梓河」サイジョーはまるでさっきの仕返しのように俺の右耳を捕まえて。「こればっかりは、ほんまなんやで」
 恥ずかしいから他のみんなには秘密にしてほしいのと笑った。

 翌朝、上越新幹線の切符では東海道新幹線のホームには入れないと初めて知った。
 いつもは新大阪から東京経由で地元まで通しの切符を買っているから気づかなかったのだ。ホームまで荷物を持ってやるつもりだったが、入場券を買うにも行列しているのでサイジョーとは改札で別れることになった。
「ほなね、よいお年を」
「ちゃんと飯食うんだぞ」
「はいはーい」
 ジーンズにPコート。小さなキャリーを引く後姿が人ごみに紛れていく。
 このときどうして俺はサイジョーを一人で鴉原に帰してしまったのか。
 五周忌を迎えた今日も悔やまずにはいられない。


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サークル名:春夏冬(あきなし)(URL
執筆者名:姫神 雛稀

一言アピール
関西系創作サークル春夏冬(あきなし)です。ジャンルごった煮、季節風に左右される。今春は新刊……何冊か出るかなあ。
今回の参加作は「大学生がホテルでいちゃいちゃするだけの話」※全年齢向けです

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