fragile

 世界樹の街十二番街《黄昏通り》三番地。大樹に寄りかかるようにしてどうにか建っている小さな店こそが《ユージーン骨董店》だ。
「おいこら、おっさん!」
 『準備中』のまま釘で打ちつけられた札を無視して扉を蹴飛ばせば、奥から気の抜けた返事が響いてくる。
「今日は怠いから休みだよ~」
「うっせえ! 届け物だ!」
 扉の隙間からぬっと顔を出して、なあんだと呟いたのは、『くたびれた』という言葉がそのまま形になったような風体の男。適当に掻き集めて着たのだろう服はちぐはぐで、端正な顔は無精髭のせいでむさくるしいことこの上ない。唯一やる気が見えるのは、適当に括った金髪を掻き分けるようにして伸びる長い右耳くらいか。孤高の種族と名高い《古の森人エルダーエルフ》であるはずの彼は、いつだってこんな有様だ。
「まだ寝てたのかよ、おっさん。もう昼だぞ」
「あれ、もうそんな時間?」
 欠伸交じりに答えた男は、呆れ顔の配達員・《鴎》のオルトの背後をひょいと指差した。
「ところで、届け物ってその子?」
 些かばつが悪い顔で、ええとその、と指をつつき合わせるオルト。
「それがよお――」
わたくしは人形です。『その子』ではありません」
 玲瓏たる声でそう答えたのは、今朝方『取扱注意』指定でやってきた『届け物』だった。
 長い銀の髪。紫水晶の如き双眸。肌は白く透き通って、『まるで陶磁器人形のような』という賛辞が実にしっくりくる少女。しかし、当人が「人形です」と主張するとなると、また話がややこしくなる。
「ええと……郵便屋さんっていつから生物ナマモノまで配達するようになったの?」
「今も昔もしてねえよ! ったく、こいつのせいでえらい騒ぎになったんだからな」
 今朝早く荷馬車で届いた荷物の数々、その中でも異彩を放っていた『壊れ物注意』『上積厳禁』『水濡厳禁』等、ありとあらゆる注意喚起が貼られた木箱。謎の威圧感を放つそれを荷台から下ろそうとした係員が、緊張のあまり手を滑らせてしまったのが、すべての始まり。
 勢いよく放り出された木箱は地面に激突し、「いったあい!」という悲鳴を上げた。
 仰天した係員達が遠巻きに見つめる中、内側から弾け飛ぶように蓋が開き、出てきたのは――銀髪の美少女。
 当然のことながら、局内は上を下への大騒ぎとなった。
「それで、こいつなんて言ったと思う?」
「私は人形です。れっきとした配達物です。そう申し上げました」
 つんと澄ました顔でオルトの台詞を横取りした『人形』は、呆然と佇む男を認めて優雅に一礼してみせた。
「《ユージーン骨董店》店主のユージーン様でいらっしゃいますか」
「そうだよ。君は?」
 のんびりと答える男に、少女は首から下げていた荷札を外し、無言で差し出す。
「ええと、カルディアの街……ああ、君はヴォルフのところから来たのか」
 髭だらけの顎を掴み、なるほどね、と頷く男。何やら納得しているようだが、配達員としてこれだけは言っておかねばなるまい。
「おっさん、その送り主に言っといてくれよ。俺達は生物の配達はやってない。人間を送るなら、ちゃんとした交通手段を使えって」
 こんな方法がまかり通ってしまったら、各種交通機関はおまんまの食い上げだ。
「私は人形です。生物ではありません。故に規約には抵触しません」
 平坦な声で繰り返す彼女の腹から、奇妙な音が鳴り響く。
「……え?」
 それまで無表情だった顏にぱっと朱が差して、慌てたように腹を押さえる『人形』。
「最新型の『魔導人形』は食事を魔力変換して動力を得ているのです。ですからこれは動力の減少を知らせる警告音です」
 補給を要請します! と迫ってくる少女に肩をすくめて、男は少しだけ身体を横にずらすと、この奇妙な客人を店内へと招き入れた。
「ようこそ《ユージーン骨董店》へ。……ああ、オルト君も寄っていけば? お茶くらい出すよ」
 予想外の言葉にぎょっと目を見開くオルト。最初の頃に名乗った記憶はあるが、この男がその名を口にしたことなど、これまで一度もなかったのに。
「まあ、ちょうど配達も一段落したところだし、呼ばれてやってもいいけどよ」
 照れくささを隠すように帽子を毟り取れば、男は良かった、と手を打ち合わせた。
「ところでオルト君。お茶、淹れられる?」
 へ? と間の抜けた声を出したところに、たたみかけるような台詞が続く。
「僕、お茶を淹れるの下手でさ。というより料理全般苦手なんだけど。ところで、女の子って何を出したら喜んでくれるだろうね?」
「おっさん……端からそのつもりか!」
 そう食ってかかるも、のほほんとした笑顔は揺らがない。そして肝心の『人形』はと言えば、二人を置いてさっさと中へ入り、あまつさえ商談用の長椅子に陣取って、悲愴感漂う声音で「補給を要請します」を繰り返している。
(待てよ? カルディアって確か……)
 カルディアは北方の港町だ。世界樹の街までは、最速の荷馬車を使っても十日以上かかる。その間、彼女はどうやって『補給』を行っていたのか。
「……仕方ねえな。おっさん、台所はどこだ!」
 腕まくりをし、男を押しのけるようにして扉をくぐる。訳が分からないことだらけだが、今はそれより『補給』をさせないといけない。それだけは飲み込めた。
「なんだよこのきったねえ台所は! やかんはどこだ! 茶器は!」
 悲鳴じみた叫びが響き渡ること、約二十分。
 およそ二人前の食事をぺろりと平らげた『人形』は幸せそうな吐息を零しながら、深々と頭を下げた。
「あなたは命の恩人です」
「よせやい。こんな在り合わせのもので、そこまで感謝されることはねえよ」
「いやー本当に美味しかったね」
 優雅に茶器を傾けている男をぎろりと睨みつけて、大体、とまくし立てるオルト。
「茶でも出す、が聞いて呆れるぜ! 茶葉は封を開けたままほったらかしだわ、茶器は鍋と一緒に積んであるわ! しかも食材がほとんどねえって、どんだけいい加減な生活送ってんだよ!」
 口から火を噴く勢いのオルトに、男はにこにこと笑ったまま、しーっと指を立てる。
「?」
 指し示された方向に目をやれば、いつの間にやら長椅子に伏した少女が、すーすーと幸せそうな寝息を立てていた。
「こいつ……!」
「疲れてたんだろうね。足も伸ばせないような窮屈な木箱に押し込められて、長い間荷馬車に揺られてたんだろう?」
 そうだ。先程は『警告音』騒ぎでうやむやになってしまったが、そもそも彼女は一体何者なのか。なぜ駅馬車などを使わず、わざわざ『荷物』としてやってきたのか。
「なあ、こいつの送り主っておっさんの知り合いなんだろ?」
 少女を起こさぬよう声を潜めて問いかければ、男は小さく頷いてみせた。
「古い友人だよ。腕のいい魔導技士でね、カルディアの街に工房を構えているんだ」
 説明しつつ、応接机の上に詰まれた新聞に手を伸ばす。
「オルト君、これ読んだ?」
 差し出されたのは半月前の新聞。目を惹いたのは『カルディアの領主が急死! 泥沼の後継者争い』という見出しだ。そして記事は複雑な『お家事情』を根掘り葉掘り書き立てている。曰く、領主は前妻との間に娘を一人もうけているが、彼女は生まれつき体が弱く、人前にはほとんど姿を現さない。一方、後添えの妻には連れ子が二人おり、どちらも絵に書いたようなろくでなしである――。
「よくあるお家騒動じゃないか」
「そう言わず、ここを見て」
 そこには泥沼の争いを繰り広げているとされる三人が似顔絵つきで紹介されていた。筋骨隆々の長男、小太りの二男、そして『妖精のような』と評された娘の容姿は――。
「……銀髪に菫色の瞳? おい、どういうことだよ?」
 詰め寄るオルトに、しかし男は穏やかな笑みを浮かべたまま「さあ?」と小首を傾げる。
「さあ、じゃねえ! 何となく想像ついてるんだろ。白状しやがれ!」
 掴みかからんばかりの勢いに、わあ怖い、と慄いてみせる男。そしてひょいと肩をすくめてみせると、とんでもないことを言ってのけた。
「ヴォルフの専門は『魔導人形』だ。彼女が『最新型』だと言ったのもの、あながち嘘じゃないかもしれないよ」
「馬鹿言え、いくらなんだって――」
 あり得ないとは言い切れず、黙り込むオルト。そんな彼を横目に、男は例えば、と声を潜める。
「本当の娘はすでに亡くなっていて、彼女は代わりに作られた人形なのかもしれない。あるいは、ヴォルフが妙な人体実験をして、娘を人形に変えてしまったのかもしれない。それとも――」
どんどん青ざめていくオルトに気づいて、男はごめんごめんと手を振った。
「勝手な想像は良くないね。何もかも、彼女に直接聞けばいいことだ」
 ずずず、と茶をすする男。その緊張感のなさに脱力して、オルトは大きな溜息を吐いた。
「何でもいいけどよ、受け取った以上はちゃんと面倒見てやれよな」
「あれ? 僕、まだ受け取りの署名してないよね」
 しまった。確かにその通りだ。そして署名をもらうべき荷札は、先程少女が男に差し出して――。
「あれえ、どこに行っちゃったかな?」
 わざとらしく声を上げ、きょろきょろと辺りを見回す男。
「おっさん……わざとだろ」
「署名がないとオルト君も困るよね。最後まで見届けるのが郵便屋さんの仕事だもんね。……ところで夕飯は何を作ってくれるのかなあ?」
「それが目的か! さらりと俺を巻き込むな!」
 賑やかなやり取りは午後の鐘が鳴り響くまで続き、根負けしたオルトが折れる形で決着を見た。
「荷札が見つかるまでだからな!」
 帽子を被る時間も惜しく、足早に店を後にするオルト。白翼が揺れる背中を、呑気な声が追いかける。
「お仕事がんばってー。早く帰って来てね~」
 熱い声援も、今は空腹を訴える雛鳥の囀りにしか聞こえない。
「ちっくしょおおおおお!」
 切なさを胸に、蒼穹へと舞い上がる。自慢の翼を力強く羽ばたかせれば、街並みはあっという間に遠ざかり、心地の良い風が頬を撫でていく。
 今日の風は随分と塩辛い、そんな気がした。


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サークル名:空想工房(URL
執筆者名:小田島静流

一言アピール
2016年秋に結成した創作サークルです。漫画・イラスト・小説など、様々なジャンルの創作者が集まっています。関東圏のオリジナル創作イベントを中心に参加を予定しています。テキレボ5では会誌「カケラ」準備号を頒布予定。その他、メンバーの個人誌や無配などもございます。ぜひお立ち寄りください!

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