そらふね

 鮮やかな色の果物や野菜が並ぶ八百屋の店先。客の邪魔にならないように愛車であるバイクを止めて、男は煙草をふかしていた。細い煙が、風に乗って空へと溶けていく。つい、と空を見上げれば雲一つない快晴。少し遠くに太陽が見える。昼頃には真上にやってくるのだろう。今日も暑くなりそうだ、と煙を一口。
「ごめんね、お待たせしちゃって」
「いや、気にしないでくれ」
「そうだぞ、おばちゃん。これも仕事だからな」
 申し訳なさそうな顔でこちらにやってきた八百屋の店員に、バイクのサドルの上で丸くなっていたフェレットも答える。白い毛並みが少し茶色くなっているのは、ここまで来るのに砂埃の多い道を通って来たからだ。くしくしと毛づくろいをしたものの、あまり効果はなさそうだ。ぷるぷると身体を震わせたフェレットを横目に男は吸っていた煙草を携帯灰皿にしまう。
「品物は無事だったか?」
「あぁ、ばっちりだったよ。いつもありがとね。あんたのおかげて大助かりさ」
「これも運び屋の仕事なんで」
 にこりと笑顔を浮かべている運び屋に、フェレットはじっと何か言いたげな視線を向けている。だがそれをばっさりと無視して、運び屋は八百屋の店員と仕事の話を続ける。今回の報酬は指定口座に振り込むこと、また来月も同じ場所から荷物を届けて欲しいことなど仕事の話を一通りしてから、少しの世間話を始める。情報収集も運び屋の大事な仕事なのだ。一見、何でもない情報でもそれを必要とする人は世界のどこかしらにはいるものだ。
「あ、そうだ。兄ちゃん達、明日は暇かい?」
「まぁ、次の仕事まで時間はあるが……」
「なんだいおばちゃん、追加の仕事か?」
「いやいや、そうじゃないよ。よかったらここに行ってみないかい?」
 そう言って店員が取り出したのは一枚のチラシと、チケットだった。運び屋はそれを受け取り、フェレットはぴょいと男の肩に飛び乗って内容を確認する。見出しには大きく、造船フェスティバル、と書かれていた。開催地はここからバイクで三時間ほどの街、アイルビー。造船業を生業とする街で、その技術はとても有名である。世界を駆ける船の半分はこの街で造られている、と言っても過言ではない。広い海に面しているため海産物も豊富だ。運び屋も何度か仕事で訪れたことのある街だが、このような催し物にかち合うのは初めてだった。
「その年に街で造られた船の中でどれが一番優秀なのか、って決めるイベントさ。毎年行ってるんだけど、明日は店を空けられなくてね。よければ行ってきてくれないかい?」
「お、屋台も出るんだって! なーなー、行こうぜ!」
 ぐいぐいと髪を引っ張るフェレットに運び屋は無言ででこぴんを一発。ぴゃ、と小さく悲鳴を上げてフェレットはころりとバイクのサドルへと落ちていった。
「気持ちは嬉しいが、他に渡す奴はいなかったのか?」
「ここらへんの人間はみんな同じのを貰ってるのさ。あそこの街とはそれなりに交流もあるからね。ご近所さんじゃぁ譲り先がないんだよ」
「そういうことなら、ありがたく」
「よかったよかった。これでチケットが無駄にならずにすんだよ」
 店員はにこにこと嬉しそうに笑った。それから、これはおまけだと店頭に並んでいた林檎と蜜柑を幾つか紙袋に入れて運び屋に持たせた。気前のいい店員はいつもこうして何かをくれる。運が良ければ少し痛んでいるからと高級果物を貰えることもあるので運び屋はともかく、フェレットはそのお裾分けを楽しみにしている。それもしっかりといただいて、運び屋は八百屋をあとにした。
 その後、行きつけの店に入り、よくよくチラシを読んでみると、どうやら開催は明日から三日間のようで、入場料はかからないようだ。投票券は各自一枚ずつ記入することができ、気に入った船に投票することができるらしい。実際の船、ではなくそのレプリカが展示されているので実際に乗ることもできるため、船好きには堪らないイベントだということがわかった。
「入場料はいらないってんなら、このチケットはなんなんだ?」
「一緒に貰ったんだから、関係はあるだろうが……」
 フェレットがひらひらとチケットを揺らす。小さな手の中からそれが飛ばない内に回収した運び屋は、ふとその裏側に目を留める。
 『あなたのとびきりの嘘を記載してください』
「嘘?」
「そんなもの何に使うんだろうな?」
「さぁな。明日会場に行けばわかるだろう」
 予定通り今日一日はこの街で過ごすのだ。今あれこれ考えるより、明日会場で聞いた方が確実だ。何より、店員が何も言わなかったのなら、重要なことでもないのだろう。それなら、今は何も考えなくてもいい。
「苺尽くしパフェとマンゴーたっぷりアイスかまるごとメロンゼリーか、どれがいい?」
「え、待って、考えさせて!」
 一人と一匹はとりあえず、目の前のメニュー選択に全力を注ぐことにした。

◆◆◆◆◆

 翌日、バイクを走らせて到着した街は大賑わいだった。雑踏の声に混じって、今朝とれた貝だよ、とか、自慢の肉だぞ、と景気のいい男の声が聞こえる。色とりどりの旗で飾り付けられた屋台エリアを抜けると、広場に辿りついた。そこには帆船、飛行船、潜水艦など様々な船のレプリカが所狭しと並んでいた。楽しそうに笑う子どもや、熱心にカメラのシャッターを切る大人など、様々な人で溢れていた。
「賑やかだな」
「大盛り上がりだね」
 先ほどの屋台街で調達した小羊の串焼きを齧りながら、運び屋はゆっくりと会場内を見て回る。それぞれのレプリカの前には船の種類と名前、設計者の顔写真と造られた経緯などが書かれた看板があり、全く船のことを知らなくても楽しめるようになっていた。気に入った船があれば、受付に行って投票用紙を貰って船の名前を書いて投票箱に入れる仕組みだ。フェレットは子どもに混じってレプリカの中に入り込み、隅々まで探検をして楽しんだ。途中、幼子に捕まって毛が何本か抜けてしまったが、些末なことだ。運び屋はそんなフェレットに付き合いながら看板に目を通し、職人の気概を熱心に読んでいた。同じ仕事人として、気になる部分があるのだ。そうして、それぞれが思い思いに船を堪能し、受付にやってきた時は既に太陽が傾いていた。
「お好きな船はございましたか?」
「あぁ」
「でしたら、こちらにご記入を。そちらのフェレットさんもどうぞ」
「お、やったね」
 受付の女性はにこやかに笑って二枚の投票用紙とそれぞれが使いやすい長さのペンを用意した。手慣れた様子からは、様々な種族を相手にしていることが容易に伺えた。さらり、と気に入った船の名前を書いた投票用紙は四つ折にして、投票箱へ。かさり、と紙の擦れる音がした。
「ありがとうございます!」
「……あぁ、そうだ。聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんでしょうか?」
 運び屋は昨日八百屋の女性から貰ったチケットを見せる。すると、女性はおもむろに会場の地図を取り出した。
「これは、特設会場で使ってください。ソラフネを作るのに必要なので」
「ソラフネ?」
「あれ、ミゼットの方では……?」
「いや、俺達は知り合いから行けないからとチケットを譲ってもらったんだ。このイベントに来るのは初めてで、使い道を知らなくてな」
「そうでしたか。失礼しました。では、簡単に説明をさせていただきますね」
 受付の女性曰わく、運び屋が貰ったチケットはこの造船イベントのもう一つの催しであるソラフネ造りに参加するためのチケットとのことだった。ソラフネとは、この街だけで造られる飛行船の名称で、高く遠くまで飛べることを売りにしているとのこと。製造方法は企業秘密だが、嘘を基に使っており、たくさんの人が集まるイベントを利用しているのだという。
「なるほどな」
「嘘は紙より軽い、ってことだね」
「そんなところです」
 素敵な嘘をお願いしますね、と受付の女性は手を振って一人と一匹を見送った。特設会場は、すぐ近くだった。ソラフネの説明がされた看板の前には、昨年造られた船のレプリカがあった。紙切れに書いた嘘からできたとは思えないほど、頑丈で立派な船だ。説明されなければ、こんな製法で造られたなんてわからないほどだ。現に、このソラフネはそう明記せずに市場に出回っており、このイベントはある意味、答え合わせの場でもあるのだ。近くにいた人々からは、今年はこれか、かっこいいなぁ、と感心する言葉が口々に出てきている。
「まさか、役に立つ嘘があるとはな」
「吃驚だよね。で、書いて入れるの?」
「折角だからな。嘘をつくことを推奨されるのもここくらいなものだろう」
 そう言って、チケットをひらひらさせながらしばらく悩んでいた運び屋だったが、何かいい嘘を思いついたのか近くに設置されている記入台に立ち、さらさらとペンを走らせた。それを肩の上から覗き込んだフェレットは、微妙な顔をした。
「俺に、センスを期待するな」
 小さく笑って、運び屋はチケットを二つ折にして近くの回収箱に入れた。そこからは、紙の擦れる音は聞こえなかった。


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サークル名:宵闇の月を見たか?(URL
執筆者名:暁 湊

一言アピール
オリジナルはほのぼのファンタジー(古書店の話、質屋の話、運び屋の話)を、二次創作では刀剣乱舞を中心に活動しています。何か作品を書くと高確率で食べ物と動物が紛れ込んできます。今回は運び屋の話から仕事後の彼らのちょっとした寄り道を「嘘」を絡めました。楽しんでいただければ、嬉しい限りです。

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