嘘とゲームと幼なじみ

「おまえさぁ、嘘つくの止めておけ。下手だからすぐバレるぞ」
 チャットアプリに着信があった。相手は幼なじみで、なにかと思えば痴話喧嘩という名の惚気話。まったく、聞いている身になれっての。しかも嘘をついているのがバレバレだったので、軽く突っ込むと慌てるあいつ。わかりやすい奴だ。

 とあるMMORPGがある。マウスクリックだけで移動や攻撃ができるつまらんゲームだ。俺と幼なじみはかつてそんなゲームをプレイしていた。俺はオフェンス、どんくさいあいつはヒーラーにして方々へと連れ回した。しかし、あいつはいつまでたっても上達しやしない。俺が厳しいといえばそれまでだが、それにしても反応が悪すぎる。回復魔法が遅すぎて死んだことは一度や二度ではない。
 ある日、幼なじみのあまりのポンコツ振りにイラッとした俺は、殺伐とした世界を求めてFPSゲームをやると言い残しMMORPGを辞めてしまった。

 FPSはいい。自分が強ければ勝てるし、弱ければ負ける。実力がもろに出る世界。そんな世界が性に合ったのか、俺はすっかりのめり込み、気がつけばこのゲームで上位に位置するほどの腕前になった。プロゲーマーにならないか、という誘いも何度かあった。面白そうではあったが、年がら年中こんな殺伐とした世界に身を投じるのは流石に躊躇いがあったので全て断った。
 MMORPGもFPSも上位は面倒臭いことが多々あるようだ。匿名掲示板でああだこうだとあることない事書かれることもあるらしい。ものの弾みでオンラインのトーナメントを優勝した俺は、例によって妬みやっかみで匿名掲示板にボコボコに叩かれた。匿名の有象無象に何を言われてもだからなんだそれがどうした、としか言い様がない。しかし、少し疲れたので癒やしを求めて幼なじみがいるMMORPGに戻ることにした。

 久しぶりに目にした幼なじみは成長していた。良い意味でもダメな意味でも。良い方は、ヒーラーとしての腕前が見違えるほど上達したこと。ダメな方は、腕前の上達に貢献したマジシャン、通称親分が居ないとダメな体になってしまったことだ。曰く、親分さんと一緒にいると幸せな気分になれるのだとか。何が幸せだ。そのうさみみ付けた女マジシャンの中の人がどんな人物なのかわかっているのか。ネトゲの性別と中身は性別は同じとは限らないんだぞ。
「普段のお前からは信じられん成長ぶりだわ。愛の力すげぇなー」
 嫌味混じりに吐いた言葉の真意はあいつには届かなかった。

 季節は秋。幸せな時間は長く続かないものなのか、数ヶ月も経たないうちに事件が起きた。俺と幼なじみは学生なのだが、あいつは朝弱いくせに夜遅くまでゲームやっているものだから、授業中に居眠りをしてしまった。不幸にも校内一面倒臭い教師に咎められ、親御さんにまで話は行った。普段は学校のことなんか無関心なくせに虫の居所が悪かったのか、親御さんも激怒して、パソコンを取り上げたようだった。幼なじみは相当堪えたようで、目指していた三カ年皆勤賞をも忘れて不登校になり、引き籠もってしまった。

 親分にも「不幸な事件」が起きた。この件で心底疲れたらしく、ギルドを解散し、ゲームを辞めてしまった。流石にこれは一大事だということで、幼なじみにメールやら電話したが出やしない。埒があかなかったので、親御さんと交渉してパソコンを取り戻し、引き籠もったあいつに一式を渡して、事の次第を伝えた。
「私はどうしたらいい? あの人に何が出来るかな?」
「さてな。忘れて辞めてもいいし、親分を待ってもいい。ただ、どんな結果になっても後悔だけはするなよ」
 学生である俺らができることなんか数えられるほどしかない。だから出来る限りのことをして、どんな結果になっても後悔しないことだ。

 それから、あいつは一年間親分を待ち続けた。そして「奇跡」が起きた。奇跡の裏で何があったのかは明言しないでおく。野暮ってもんだ。

 この一件以降、あいつは学校に行くようになったし、明るくなった。何もかもが上手く回っているような感覚があった。ただ、親分依存症はネトゲだけでなくリアルにも浸食しているようだ。通話したら声がかわいかっただの、写真が送られてきただの、話していても親分のことばかり。それを二つ返事で聞いている最中に親分からチャットが来ると、俺が横にいても放置なんて一度や二度じゃすまない。なんなんだろうな、この虚無感。
 あぁ、念のため言っておく。俺はあいつをただの幼なじみとか見ていない。剣道段位持ちのくせに豆腐メンタルな面倒臭い女の事なんか腐れ縁以外でなんとも思っちゃいねぇ。そこは勘違いしないでくれ。危なっかしいから放っておけないのは否定しない。あいつは幼稚園の頃、からかわれたのが悔しくて、身体弱いくせに強くなりたいと言い出して剣道を始めた。腕はからっきしだと思っていたけれど、成長するにつれてどんどん強くなった。気がつけば病気知らずの身体に段位持ちだ。これだけは本当に褒めたい。メンタルはお察しだがな。

 季節は冬。俺らにも今後の進路を決めるのに重要な時期がやって来た。
 俺は大学に行って勉強する気にもなれず、かといって働くのも何か違うと感じていた。ニートも悪くないが、働けニート予備軍とあいつに叱られたので、しつこくプロゲーマーにならないか、と誘ってくる知人のツテでプロゲーマー見習いをすることにした。あいつは、学びたことがあるらしく地元の大学を受験するつもりだった。更に四年勉強とか物好きなものだ。

 雪が降るある日、FPSの練習をしているとあいつが血相を変えてやって来た。なんだかわからんが大事らしい。落ち着かせて話を聞くと、親分がストーカーかなんかに自宅を襲撃されかけたらしく、酷く怯えているらしい。なので、これから親分の家に行くので、飛行機代やら旅費を出世払いで貸して欲しいと言われた。親分はここから千キロ近く離れた大都会に住んでいる。いくらなんでもそれは無謀だろう。ここは落ち着いてストーカーやらは警察に任せるべきじゃないかと言う。だが、あいつは行くと譲らない。どんなことしても構わないから一生のお願いと土下座までされた。そこまでされたら流石に何も言えない。仕方ないので俺はなけなしの貯金から旅費を少し多めに渡す。返済はある時払いの催促なしにした。
 あいつはしっかりと感謝の言葉を述べた後、その足で空港に向かい、最終便で都会へと旅立っていった。飛びだって行く飛行機を見送りながら、俺は哀れなストーカー野郎の身を案じた。あいつが得物に持っていったのは竹刀ではなく木刀。本当はホンモノを持っていきたかったようだが、流石に全力で止めた。剣道では竹刀を使うが、より実戦的なそれ――剣術ではホンモノを使う。あいつが俺の爺様から学んだものは木刀でも危険だ。まぁ、手加減はしてやれよ。

 季節は春。俺達は高校を卒業し、俺はプロゲーマー見習いなんていうなんとも微妙な肩書きになり、あいつは大学生になった。ただし、地元ではなく大都会の、だ。何故わざわざ遠く離れた大都会の大学に行くことになったのか。親分と同棲したいからという流石の俺もドン引きの助平根性を出したからだ。
 学びたいものは都会の大学にもあったから、チャンスがあるなら行きたい。あの事件の後、親分を連れて帰っていたあいつは、両親にそう告げたらしい。親分の人柄と説得にやられた親御さんは二つ返事で了承したようだった。
 ちなみにストーカー野郎は全治三ヶ月の重傷程度で済んだらしい。生きているだけ運が良い。過剰防衛もいいところだと、あいつは警察にこっぴどく叱られた。ただ、千キロを文字通り飛んでやって来た剣道少女が想い人に仇成す敵を叩き斬るなんてカッコいいことやったものだから、ちょっとしたニュースにもなった。
 親御さんを説得した後、俺のもとにも報告しにやって来た。写真で顔を知っていたが、実物の親分は、一言で言うなら魔的な魅力を持った存在だった。背は小さく、可愛い系。喋りもおっとりとしていて、男が優しくされたら勘違いはしそうだな。女でもコロッといった奴がいるが……。
 都会に行くのは俺がどうこう言うことではない。行きたきゃ勝手に行けばいい。腐れ縁で産まれてからずっと一緒にいたが、一生このままで行くわけがない。わかっていたし、今がその時なんだ。ただ、それだけなんだ。
 ……なのに、なんでこんなにも空虚な気分なんだろうな。

 季節は夏。コンビニのバイトをしながらプロゲーマー見習いをしていた俺は、とあるゲーム大会で決勝に進むことになった。決勝の会場は大都会だということで、渋々田舎から飛行機で出てきた。
 都会は好きじゃない。言葉、音、人間が過剰だ。モノレールを降りた後の満員電車でもうギブアップしたかった。オタクの聖地とかいう駅でへばっていると、不意に声をかけられた。できれば逢いたくなかった相手、親分だった。人混みに疲れたので少し休みたい旨を伝えると、彼女は行きつけの落ち着いたカフェがあると言い、連れて行ってくれた。
 親分と二人で話なんかできるのかと思ったが、意外にも話題は多く、話すことができた。殆どはあいつの事だったがな。たわいのない話をしていると、不意に親分はこんな事を聞いてきた。
「貴方は本当にあの子がこっちに来ることになってよかったの?」
 なにを今更。あいつはあんたに目が眩んでこっちに来たんだ。それに俺は、ただの幼なじみであいつの人生にどうこう言える立場の人間ではない。そう、だから問題は無いんだ。
「嘘、ついているのバレバレよ」
 全てを見透かしたかのような目で見ないでくれ。これを認めたらダメなんだ。
「嘘なんかついていない」
 だから、俺はそう嘘をつくことしかできなかった。ドチクショウ。


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サークル名:ナキムシケンシ(URL
執筆者名:谷町悠之介

一言アピール
ハッピーエンドが大好きな谷町悠之介のサークルです。現在はオリジナルの冒険活劇小説「るい×とれ」を書いています。少女が大きな銃担いで、仲間と共に頑張る話です。そろそろ新しい話も書きたいですね!今回のお話は、とある話の続きです。ぶっきらぼうで素直になれない男の子は好きです。これも続きを書きたいです。

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