夜のさんぽ あるいは男子高校生のとりとめのない

 小学生の頃、学校の行事で地域のゴミ処理場に行った。燃えるゴミ、燃えないゴミの中のビンカン、鉄くず、木くず、大きなゴミ……集められたゴミがどんなふうに燃やされて、リサイクルされるのかを学ぶ、どこの小学校でも必ず行う社会見学だ。
 一通り施設を回った最後に、そこで働くおじさんに話を聞いて、質問をする時間があった。たしか事前学習のときにあらかじめどんな質問をしようか、グループで考えていたと思う。そのときに先生が「こんなことを聞いてみよう」と提示したのが、『どうしておじさんはゴミ処理場で働くことを選んだの?』という質問だった。それだけならともかく、先生は、頭に、『ゴミを回収し処理する仕事なんて、くさいし汚いし、みんなが嫌がる仕事なのに』とつけていた。
 みんなは素直に、そのとおりにおじさんに質問をしていたと思う。でも、ぼくは、それをそのまま他人にぶつけることに恐ろしさを感じていた。いくら小学生の無邪気さがあるにしたって、「他人が嫌がる仕事」つまり「自分がやりたくない仕事」をあなたはしている、ということを本人に指摘して良いのだろうか。
 というかそもそも、ぼくは、これも今から思えば小学生の無邪気さで軽く考えていたのだけれど、ゴミ回収の仕事を嫌だなんて思わなかったのだ。ゴミを回収車に放り投げることってなんだかわくわくするし(こんなこと、家でやったら大目玉だけど、仕事でなら合法的にぶん投げることができる)、走って回収車についていくのは大変かもしれないけれど、ときどき、走っている回収車の横に捕まって移動するのって楽しそうだし、車の中で大きな羽のような板がごうんごうんと回って放り投げたゴミをつぶすのを見るのもなんだかスカッとしそうだ。そして集められたゴミ置き場で、ゴミ同士がくっついて巨大な化物になって……。それを倒すヒーローに憧れたよね。ぼくだけ?
 そのときは、たしかおじさんは、子どもの悪意のない質問にも笑顔で、「だれかがやらなくてはいけないから」と答えていたと思う。

 自分が気にしていなくても、それを「お嫌でしょうに」と同情めいて指摘されると、モヤッとするものだよね。
 ぼくにとってそういうことは、ゴミ処理場のおじさんが、小学生から質問されるのと同じレベルで日常茶飯事だったりするのだけれど。しかし、いささか疲れてしまって、それを意識しなくて良い友人との深夜徘徊に癒やしを求めている今日このごろなのである。

「大丈夫ですか? 助けが必要ですか?」
 その友人、蚊鳴屋帯刀は電柱のかげにぽつんと座っているものに声をかけている。妖怪と呼ばれるその存在は、しかし物語に描かれる姿、ときにはチャーミングにさえ描かれるものと実際はちょっと違って、形容が難しい。帯刀が今声をかけているのは、顔というか目は、ウルトラマンに似ている……けれど、どこからどこまでが顔なのかちょっとわからない。
 そいつは、帯刀を見上げると、少しびっくりしたようだった。たくさん人間がいる中で、自分のことが見えている人なんてほとんどおらず、声までかけてくるなんて、何年かに一回あるかないか、なんだそうだ(似たような状況で出会ったほかの妖怪に教えてもらった)。
「……」
 妖怪は、目の下の切れ目みたいな部分をもぞもぞと動かした。あ、そこが口? でも、ぼくたちにその声はちゃんと届かない。声、というよりは夜中に家の中から聞こえる風のような音がした。
「俺? 俺は蚊鳴屋っていいます。こっちは峯田」
 何故か帯刀は初対面の妖怪の言うこともわかるらしい。妖怪は帯刀を、そしてぼくを見た。大きな目が、ゆっくりとなめらかに動くので、見ているところがすぐわかる。妖怪はぼくをじっと見ている。そして何か言った。
「峯田はハーフですよ、だから目の色が薄いんです」
 妖怪はなるほど、まずそう、というようなことを言った。こういう言葉はちゃんと聞き取れるんだからふしぎだ。
「じゃあ、お元気で。この辺をしょっちゅう歩いているので、何かあれば声かけてください」
 経験上、こういう場合は最初にしつこくあれこれ世話をやこうとするより、何度かにわけて来た方が良い。まあぼくの経験ではなく、帯刀の経験だけどね。というわけで、ぺこりと頭を下げて立ち去る。

 ぼくたちは高校生なので、この夜の徘徊を好きなだけ続けるというわけにもいかない。宿題もやらなくてはいけないし、寝なくてはいけない。遊ばなくちゃいけないし、クラスメイトから来るメールにも返事をしなきゃいけないし……。
「あれ、彗星かな」
 ふと帯刀が顔を上げて虚空を指さした。
「彗星?」
「うん、今近づいてるんだって。でもさすがに肉眼では見えないよな」
 指の先をたどると、ぼんやりとしたものが空にかかっている。
「あんな感じなの?」
「うん、近づいてるって言ったってすごく遠くの話だから、ぼんやり雲みたいに見えるって新聞に書いてあったんだけど、でもあれはたぶん……普通に雲だな。街明かりもある中、あんなふうに見えるはずないし、大きすぎる」
 ぼくはそうなんだ、と言った。帯刀が新聞を読んでいることが意外だったけど、それをからかったら帯刀が気にするかなと思ったので同意だけ。新聞かあ。うち取ってないんだよなあ。図書館に行ってみようかな。
「そろそろ帰るか。テスト近いし」
 いつの間にか三条大橋まで来てしまった。あんまり明るいところに妖怪はいないので、切り上げるなら今だろう。帯刀は立ち止まって、大きくあくびをした。あ、これは、勉強しないで寝ちゃうパターンだな。
「テストって、なんで終わらないんだろうな。期末テストがあって、その間に実力テストがあって、その間に外部のテストがあって……テスト期間じゃないときなんてないよなあ」
「実力テストは、実力テストなんだから、勉強なんてしないで実力で受ければいいんだよ」
「そういうわけにはいかないよ。成績落ちたら浮葉さんにも心配かけるし、仕事減らされる」
 ぼくたちは、目まぐるしく変わる世界に戸惑っている妖怪たちに声をかけて、助けてあげる、というバイトをしている。まあぼくは帯刀のあとを歩いているだけだけど、でもいちおうお金をもらってるんだよ。助けてあげるといえば聞こえはいいけれど、実際妖怪たちは人間の子どもとわかれば襲い掛かってくるし、自分が困っていることを認めないし、話は通じないし、苦労している。でも辛抱強く話を聞いてもらって、そして人間社会に溶け込んでいく妖怪たちを見るのは嬉しいけど、これが「やりがい」なのかなあ。ちなみに、浮葉っていうのはぼくたちに仕事を持ってきてくれる、チームのリーダーみたいな人。
「ねえ、帯刀はどうしてこんな仕事してるの?」
「おまえ、似たようなことときどき聞くな」
「そうお?」
 それを指摘されたこと、つまり前の会話を覚えていてくれたことがうれしかった。
「前なんて答えたか忘れた。けど、今は、うーん、まあ、誰かがやらなくちゃいけないから、かな」
「ふーん。でもそれが帯刀である理由はべつにないんじゃない?」
「なんだ、もしかして、峯田は俺が嫌々やってると思ってるのか?」
「……そうじゃないけど、そうなの?」
「俺、妖怪のことかわいいと思うんだけどなあ。自分にとってかわいいと思う存在が困ってたら助けたいと思うだろ? まあ、こっちがいくらかわいく思ったって、基本襲い掛かってくるんだけどさ……」
 そうそう、帯刀はそうなんだよね。他の人から見ると異形のばけものだけど、彼にとっては魅力ある存在だし、そう思う人だって現にこの周りに集まっているんだから。
「ちなみに、ぼくは?」
「何が?」
「かわいいと思う?」
「べつに思わないけど……」
「えへへ」
「この答えで満足なのかよ……」
 ぼくたちはくるりとUターンして、来た道を帰る。さっきの妖怪はいなくなっていた。また会えば、きっと帯刀は声をかけるんだろう。
ぼくたちは家の近くまで戻ってきて、いつもの場所で別れた。


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サークル名:cieliste(URL
執筆者名:壬生キヨム

一言アピール
こちらの関連作・ほんわかもののけボーイズラブ『あくだま』はこの十年後くらいのお話です。(この年代のエピソードも収録されています)カップリングは物腰丁寧な若いきつねの妖怪(この話には出ておりません)×悪役プロレスラーの人間(この話に出て来る「峯田」の将来の姿)。

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